喪服令嬢は復讐劇の幕を開ける~バカ王子が盟約を破ったので遠慮無く滅ぼさせて頂きます~

あさぎかな@電子書籍/コミカライズ決定

それじゃあ復讐劇を始めましょう 前編

 その日、王族が主催する夜会で王太子とは思えない馬鹿王子は発言した。


「陰気くさいお前との婚約は今日限りで終わりだ。代々我が王家に仕えて来たからと言っていつまでも王家がお前達一族を重宝すると思うなよ!」


 豪華絢爛な内装に天井から下がった一際大きなシャンデリアが、ダンスホールを明るく照らす。そのホールの中央で私と馬鹿王子は対峙する。

 金髪碧眼の美しい王子の傍に、真っ赤なドレスに身を包んだ金髪の美女は縋るように馬鹿王子の腕にくっついているのがベール越しに見えた。


(ああ、その言葉を――ずっと、ずっと待っていたわ)


 思わず口元を緩めてしまったが、ベールで隠れているので誰も気付くまい。

 喪服令嬢と陰口を叩かれるほど私の姿はパーティー向きではない。黒いベールに、烏のような真っ黒なドレス、黒のレースグローブ、ヒールの高い黒い靴。

 不吉と言われようとこれが私、メアリー・アーテル・ロゼ・ナイトメアの正装は黒と決まっている。


 

 怒りでどうにかなりそうなのを堪え、平静を保って念を押して確認する。大事な作法だ。


「そうですか。ではナイトメア家との盟約を解消する、ということでよろしいのですね」

「無論だ! 王家の伝統など俺の代で終止符を打つ。その第一歩がお前との婚約解消だ」

「ステキですわ、ガルヴィン王子!」

「なにを言う。ジョアンナ、君がいたからこそ僕は真実の愛に目覚めることができたんだ。古くさい伝統など僕と君の愛の前に意味をなさない」

「ガルヴィン王子っ……」

「ジョアンナッ!」


 この茶番劇に怒りを通り越して呆れてしまった。

 本当にこの馬鹿王子は、自国の歴史をなにも学んでいないのだろう。そして私たちを取り囲む貴族たちも馬鹿王子と同類のようだ。下卑た笑みを浮かべて私を笑いものにしている。


 ここまでの構図なら前世で読んだ悪役令嬢とヒロインの断罪シーンにぴったりだろう。だが転生したこの世界は乙女ゲームのような甘っちょろい世界設定とは全く違う。

 その証拠に──。


 キィン。

 私の左の薬指に収まっていた黄金の指輪がするりと抜けて、絨毯に転がった。

 これは盟約解除の決定的な証であり、復讐の幕が上がった瞬間でもあった。

 鐘の音が鳴り響く。


「ガルヴィン王子、これは?」

「我が王国では女神の祝福の際に鐘が三度鳴るという。この婚約破棄も女神がお喜びになられている!」

「まあ!」

「おお! 素晴らしい!」

「さすが次期王になられるお方だ」

(本当にこの国は女神様をなんだと思っているのかしら)


 王都の大聖堂にある鐘が鳴り響くとき、その音が三つなら祝福を。

 その音が四つなら不吉と破滅を――。

 今回鳴った鐘の音は四つ。


「あれ? 鐘の音が四つですけど?」

「愚かにも多く鳴らしてしまったのだろう」

「さすが──」

「そんな訳ないじゃないですか。神聖な鐘が過ちを犯すなんてありえませんし、四つの音であっていますわ」

「なっ──」


 憤慨する馬鹿王子は何か言おうとしたが、その前に私は今まで邪魔だった黒のベールを剥ぎ取った瞬間、黒薔薇の花びらへと形を変えて絨毯に落ちた。

 露わになる素顔。


 私の髪は、本当は黒ではなくエメラルドグリーンの美しい髪で、瞳も黒ではなく本当は緋色の美しい色。醜女だからベールを常にしている訳ではなく、ジョアンナよりも美しい顔立ちをしている。胸は彼女ほど豊満ではないが、それなりにはあるのだ。


 漆黒のドレスも私が軽く手を叩けば一瞬で鮮やかなワインレッドドレスに早変わりする。両肩と背中の露出が多く、けれど優雅さを保ったマーメードドレスには、薔薇の生花に飾られて宝石よりも美しい。

 がらりと別人のように雰囲気を変えたことで馬鹿王子だけではなく、この場にいる誰もが息を呑んだ。

 愚かでこの国の最後の王子に私は微笑んだ。


「ジョアンナ様とのご婚約、おめでとうございます。これで私も心置きなくやりたいことができます」

「あ、なっ、ま、待て」

「はい?」


 馬鹿王子は顔を引きつらせつつ言葉を続けた。


「お前がどうしても引き留めて欲しいというのなら、王妃は無理だが側室になら──してやらないこともない」

「ガルヴィン王子、それはあまりにも優しすぎます!」

「そうだろうか。けれど君の負担を減らすためにも──」

(ダメだ、この馬鹿王子。事の重大さがまったく分かってない)


 もう面倒だからさっさと茶番劇を終わらせて、復讐を始めてしまおう。

 そう手を翳そうとしたときだった。

「何事だ!」と、この国の重鎮である宰相が姿を見せる。

 思ったよりも早い到着だったが、やることは変わらない。私はなるべく平静さを保ちつつ、ドレスの裾を掴んで頭を下げて宰相に挨拶をする。


「宰相閣下。ご覧の通りガルヴィン王子からたった今、婚約破棄を言い渡されました」

「なっ」


 一気に厳格だった宰相の顔色が真っ青になり、王子を睨んだ。


「王子、本当ですかな!?」

「あ、ああ。いつまでも伝統にこだわっていては――」

「我が国を滅ぼすおつもりか!」


 激高する宰相の言葉に王子を含め、その場にいた貴族たちの表情も凍りついた。並々ならぬ気配に周囲がざわめき始める。


「ど、どういうことだ。宰相」

「メアリー殿はナイトメア家の現当主であり、このロザラウルス国王と契約を結んだ女神の系譜に連なる尊きお方なのです。喪服や顔を見せないのは盟約によるものですし、婚約者というのもこの国の王位継承者の儀に女神の祝福として黄金の指輪を賜るための名目上であり、本来ならば我々が貶めていい存在ではないのですぞ!」

「なっ、馬鹿な……。そ、そんな話、一度だって聞いたこともな──」

「講義をさぼっていたからでしょう。少なくとも二百年前までは国民全員が知っていたけれど、ナイトメア家で代替わりをする度にこの手の話は少しずつ失われていった。王侯貴族では習慣や伝統として残ったけれど、それも形骸化してしまったわ。この間の花祭りや、収穫祭も元を正せば女神様の一族を労うためのものだったのに、それも忘れてしまうなんてね」


 私が転生したのは今から十年前。

 ずっと泣いていた小さな女の子女神様が私を呼んだことで、この体に憑依した。この国の人たちが大切だったのに、苦しくて、悲しくて、優しくて甘い魂が潰れそうだった。

 私と入れ替わる代わりに、女神様は眠りについた。

 そこで私は代替わりして行った女神様が、どのように扱われていたのかを知った。


 もともとこの国は砂漠の真ん中にあり、作物が育たない貧しいところだった。

 当時の王族は民を思い、厳しい環境であっても水と大地の恵みに感謝をして慎ましく生きていた。それを知って女神様は人の世界に降り立ち恩恵を与えた。


 最初は感謝され、崇められ、大事にされた。

 人の心に温もりを感じ、女神様はこの地に留まり──盟約を結んだ。

 人の笑顔が見たくて。大切だったから。


 けれど特別なことが長く続けばそれは当たり前となり、感謝よりも、「もっと、もっと」と厚かましい願いが溢れ出す。

 女神様は代替わりをして生まれ変わる。そのたびに王に力を与えるため黄金の指輪を差し出していった。

 忘れ去られてもなお、人を信じていた女神様。

 とても優しくて、温かで、争いや憎しみを嫌う。甘くて天真爛漫な――私は女神サラティローズ様が大好きだった。

 

 私だけは知っている。

 甘いものが好きで、猫舌で。

 聡明で、気高くて、自分が損するよりも悲しむ顔が減ることを喜ばれる。憑依してずっと見ていることしかできなかったのが悔しかった。

 壊れそうになっているサラティーローズ様を抱きしめてさし上げたかった。


 私の中で酷く傷ついて弱っているサラティーローズ様は、自分が助かるよりもこの国の人を生かしたいと思ったのだろう。けれど、それは看過できない。

 この国の人よりも私はあの方を生かす。

 再び目が覚めてこの器を返すときまで、サラティーローズ様を苦しめる楔全てを私が叩き潰す。


「殿下、最後に一つ教えて差し上げましょう。大聖堂の鐘が三つ鳴るときは祝福ですが、四つ目は破滅の調べなのですよ」

「──ッ!」

「この国の成り立ちを王族も貴族も忘れてしまうとはね。たかが五百年でこの体たらくとは、笑えないね。なあ、メアリー」


 私の影から一人の男が突如姿を見せた。彼もまたこの土地に縛り付けられた不老不死の男神様だ。褐色の肌に、真っ白な長い髪、琥珀色の双眸、整った顔立ちに黒い燕尾服を着こなした眉目秀麗の男が私の隣に立った。


 本来なら見惚れるほどの美男子だろうが、その男が背に黒いコウモリの羽根を生やした瞬間、周囲の貴族たちから悲鳴が上がった。


 私の薔薇魔法に関してはまったく反応していなかったのに、彼の登場で事態は一変するなんて少し腹が立った。

 私の苛立ちに反応して影から漆黒の棘が生き物のように蠢き姿を見せる。それは群がる虫あるいは触手のようでダンスホールは一瞬で棘に囲まれ、逃げ惑う貴族たちの足や腕に絡みつく。


 一瞬にしてホール内は阿鼻叫喚の煉獄と化した。

 悲鳴と、命乞いばかり。別に今すぐ殺すつもりはないのだけれど。


「今すぐ神官たちをたたき起こし、鎮魂の儀を──」

「宰相、無駄ですよ。盟約が絶たれた今、これ以上は何をしても焼け石に水」

「メアリー様、しかし」

「五百年という、その恩恵を忘れたものはみな同罪よ。私の元いた世界でも善き神が愛していた土地を追い出され、氏子子らと引き剥がされて閉じ込められ、封じられ名を上書きされ、奪われ、形骸化させられていた歴史を書物で何冊も読んだ。神の零落した姿を妖怪モノノケと称する人もいた。災厄をまき散らす側面を持って産み落とされた存在──私はお前たちにとってのソレだ」

「メア」


 宰相は漆黒の棘の波に呑まれて目の前から消えた。

 彼もまた政治的に女神様を利用し、形骸化させた一人だ。そう簡単には殺さない。

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