第18話 朧げ
消えた……本当に消えた。
誰もいない洞窟の奥を、俺はただただ見つめている。さっきまでそこに居た人が消えるなんて、到底信じることはできない状況。けど、現に千那は目の前で消えていくように居なくなった。
いざそれを目の前にしたらやっぱり夢なんじゃないかって疑ってしまう。だけどそれを否定するように、心臓の鼓動が体の中に響き渡って、それを聞く度に有り得ないことが当たり前のように起こる……ここはそういう場所なんだと、改めて身に染みる。
じゃあなにをすればいい……この有り得ない現実でおれは何をしたらいい。
『姉様を助けてほしい』
そんな俺の頭の中に、不意に千那の声が浮かんでくる。それは千那の願いであり存在している訳。そして俺がここに呼ばれた理由だった。
助けるだけならいくらだって助けてやる。だけど、その姉様はどこにいる? なにをしている? 年は? 特徴は? なにをどうしたら助けたことになる? 話しかける? どこかに連れていく? 全然分かんねぇ……
ゴールは見えるのに、そこへ行くための道が分からない。まるで、迷路にでも迷い込んだ状態だ。
一体どうすれば……
目線の先には、変わらないゴツゴツとした岩肌。気が付くと俺は洞窟の天井を見つめていた。特に理由なんてない。ただ、黙ってうつむいているのが嫌で、無理やり上を向いたんだと思う。それに黙っていても何も始まらないってことは自分が1番分かっていた。
分からない……
だったらもう1度起こったこと、千那から聞いたこと、それらを思い出して……動くしかない。
思い出せ……そしてそれを繋げて、1本の紐になるように解いていけ。
頭の中で、必死に今までのこと、千那から聞いたことを思い出していく。
まず、千那とおれは昔会ったことがある。だけど川で溺れて、それから俺は千那が見えなくなったんだよな? それで、昨日なぜか見えるようになった。だから俺をここに呼んだ。
ここまでは大丈夫。ただ、なんで千那を見えてたのか。あの出来事の後見えなくなったのか。なんで昨日になって見えるようになったのか……その理由は分からないしし、千那がいなくなった以上その答えを聞くことはできない。
それは仕方ないとして……次にここのことだ。名前は確か、式柄村という忘れられた村。
俺はもちろん、爺ちゃん達からも聞いたことないから、千那の言うことが事実なら、本当に忘れられたんだろう。
そもそもなんで忘れられた? 少なくとも150年前は存在しているはずだし、その後なにかあった?
村が無くなるっていって思い当たるのは、ダムとか建設するにあたって底に沈むとか、あとは……地震とか災害で被害に遭ったとか。 でも考えてみれば、150年前にダムの建設は厳しいか……
だとすれば自然災害による全壊って線が一番近いかもしんない。実際にその村見てないから何とも言えないけど、千那が嘘を付く理由もないし、洞窟出た先に本当に存在してるんだろう。1868年の式柄村が……
改めて考えてみると、自分の置かれている状況がいかに現実離れしているのかがわ分かる。いつも自分が想像していた、世にも奇妙な怪奇現象に遭遇してそれを解決する。そんな妄想は妄想だからいいんであって、実際に目の辺りにしたら、高揚感も緊張感もそんなもの一切感じない。その代わり、悪い意味の緊張感と不安だけがのしかかってくる。
やっぱちゃんと見るまでは何とも言えないよな。それに問題は千那の言ってた姉様だ。名前は……耶千って言ってたかな? 助けてってことは、千那自身では助けれない? じゃなきゃ150年も居やしないか。普通に考えれば捕まっているとか閉じ込められてるってことだと思うけど……あいつ時空を超えてんじゃん? それで助けれなくて、俺が助けれるって根拠もよくわかんねぇな。
てか、助けるってどういう意味なんだ? 150年前ってこと、それに千那の様子から言って、もう……死んでるってのは察せる。だとしたら姉様もなんじゃないのか? まぁここでは1868年だから生きてるとして、このまま助けたら姉様が生き延びたという歴史に変わるのか? もしそういうことなら自分も助けてくれって、そう言うのが普通じゃないか? なんで姉様だけなんだ?
それに千那が言ってた『おまえも見たはずだ。なぜかここにいる、いるはずのない人間』って言葉。そいつらもここへ来れるって言ってたっけ。
もう見た? いつだ? 落ちて、目が覚めて、洞窟を歩いて……声が聞こえ……。 あっ!
その時、頭の中に記憶が甦ってくる。洞窟の入り口の前で後ずさりしていた半袖短パン姿の男……と髪の長い女の姿。そして、その後に起こった光景。その1つ1つが少しずつだけど繋がっていく。
あの男……衝突事故の犯人。まさになぜここに? ってやつじゃん。それにそいつを追いこんでた女。たしか着物を着ていた……ってことは時代的に150年前の人じゃないか? あんな刃物持って挙句の果てにあいつを……あんなの普通じゃない。
だとしたら千那の姉様は、あの女の人に追われている? それかどこかに閉じ込められてるんじゃないか? それにもし、あの女が原因で村がなくなったとしたら……極端な話、村人が全員殺されたとかだったら? どうにかしてあの女から姉様を助け出す。
それなら千那の言ってたことも少しは繋がってくるのはくるけど、そうなるとますます分からなくなってくるな。千那が自分と姉様両方助けてくれって言わないのが。
まぁそれも、今の段階じゃ何とも言えないか。だったら後は……あの犯人だよな。逃走中の犯人がなんでこの1868年に? いったいどうやって……
「あっ、あのっ!」
その時だった。完全に自分の世界に入り込んでいた俺の耳に、聞こえてきた一筋の声。突然の出来事に、一瞬ビクっと体が浮き上がる。
「はい……?」
声のする方を振り向きながら、情けない声が口から零れた。すると、その先には立ち上がった桃野さんが俺の方をずっと見ていた。
あっ、桃野さん……桃野さん? そういえば桃野さんもなぜかここに来た内の1人じゃないか。でも、さっき千那に言われた後、結構あせってたしな……さすがに直球では聞けな……
「ごめんなさい。いきなり女の子が出てきてびっくりしちゃって……それなのにいきなり話し掛けられちゃってもう焦っちゃって……」
それはある意味俺の予想を裏切る光景だった。ただ、思いのほか元気そうな声が聞こえ、少し安心する。
まぁ、いきなり女の子が出てきたらそりゃびっくりもするよな。
「私……家族で湖に来てたんです。それでみんなで泳いでで……私溺れたんです。手は動くのに足が鉛みたいに重くて、そのうち口に水が入ってきて……必死に助けて助けてって頭の中で叫んで、それで気付いたらあっちにある洞窟みたいな所で寝てたんです。自分でも信じられなくて、そんな話誰も信じてくれないと思ってたけど、さっき宮原さんが話してるの聞いて……そういう場所なんだって分かって少し安心しました」
言い終えた桃野さんは、心なしかホッとしたようなそんな表情をしていた。俺だって、ここに穴を転がって来たなんて言っても誰も信じてくれないと思うだろう。俺は桃野さんの様子を見ながら立ち上がると、
「まぁ気にしないで。てか千那のこと見えてたんだ。てっきり俺にしか見えないと思ってた。でもよかった、おれ1人で話してたり怒ってたり……変な人に見られたかもって思っちゃってた」
少し苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと桃野さんの方へ歩いて行った。
どのみち洞窟を出なきゃいけないし、案外普通な感じなら桃野さんから聞きたいこともあった。
「あっ、はい。私そういうの見たことなかったんですけど……あの女の子、千那ちゃんでしたっけ? あの子ははっきり見えたんです。最初は普通の子どもだと思ってたんですけど、しゃべり方とか妙に大人びてて……それで本当に消えちゃったから……」
「やっぱりびっくりするよね。俺も最初は結構びっくりした」
桃野さんもやっぱり見えてた。そもそも桃野さんは今までそういう類を見たことなかったみたいだし……そういうのが見える空間? ってことなのかな? てことはここに来た人全員が見えるってことになるのか、千那やさっきの着物を着た女とか……女に関しては実際に見たしなぁ。
桃野さんにも千那が見えていた。それが分かった瞬間、考えるべき道筋が頭の中に浮かんでくる。少しずつでも進むことができる実感がちょっとだけ嬉しくて、そのまま桃野さんの目の前で立ち止まった。
「千那のこと見えてたなら話は早いね。信じられないと思うけど、ここは1868年の式柄村ってところで、千那の姉さん、耶千さんを助けないとここから出られない……らしい。それが本当ならかなり面倒なことに巻き込まれちゃったね」
ここまで来たら、桃野さんと協力してここを出るしか方法はなかった。それにこの状況で案外普通な感じの桃野さんなら、多少変なことを言っても信じてくれそうで、話がしやすい気がする。
「それはお互い様ですよ」
そんな桃野さんの笑顔に癒されながら、次にどうするべきか頭の中で考える。
とりあえず……ちゃんとした自己紹介かな?
「とりあえず、簡単に自己紹介だけするよ……。さっきも言ったけどおれは宮原透也、高校3年生。一応この村があったと言われてる青森県石白市に住んでます」
「あっ、わたしは桃野真白って言います。同い年なんだね、わたしも高校3年生。住んでたのは東京なんだけど……やっぱり、改めてさっきの話びっくりするよね? 東京にいたはずなのに青森県にいるんだもん」
東京か……うらやましいな。
初めて話をした時から、訛りが無くてイントネーションが違ってて、こっちの人じゃないってことは薄々感じていた。それがまさかの東京住まい……それを聞いた瞬間、真っ先に感じる羨ましさ。会話の標準語1つ1つにも少し憧れを感じてしまう。
「東京か……通りで言葉が綺麗だと思った。俺、東京に憧れててさ」
「そうなの? 綺麗って……あっ、さっきのあれもしかして標準語が綺麗って意味だったの? 恥ずかしい……」
「いやいやそういう意味じゃ……。てかおれも恥ずかしいんだから掘り返さないでよ」
「だって……。ごめんなさい。ふふっ」
照れ笑いをするような桃野さんの表情に、釣られるようにおれも笑っていた。ここに来て初めてだったし、むしろ本当は笑えないのかもしれない。それだけにちょっとでも笑えたこの瞬間が、少しだけ嬉しく感じる。
できるなら、この時間が終わって欲しくなかった。
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