第48話 花火大会(ニ)
彼女から目が離せないでいる。
長い髪を肩にかからない位に短く切ったショートレイヤー――段カットというのだろうか……。
髪の毛を短くした事によりアヤノの綺麗な顔が強調されている。
水色を基調とした綺麗な浴衣を身に纏っているが、今は浴衣を見る余裕はなく、彼女の顔ばかりを見てしまっている。
俺の知っているアヤノではない感じがする。
その度に心臓の鼓動は早くなっている気がして、地に足が着いていない感覚に陥る。
「リョータロー?」
「は、はひ?」
いきなり声をかけられて噛んでしまう。
「あれ食べたい」
花火大会会場になっている河川敷までの道。人波に流されながらアヤノが指を差して言う。
そこには花火大会の客をターゲットにした露店がズラーっと並んでおり、彼女はその中からフランクフルトの露店を差していた。
「た、食べる?」
尋ねるとコクリと頷き、お互いに人波を横切る。
その時、人波に流されそうになるが、何とか露店まで到着してフランクフルトを買う。
露店のおっちゃんからフランクフルトを受け取って再度人波の中に戻り歩き出す。
「リョータローは食べないの?」
「俺は……。良いや……」
つい沈み気味な声が出てしまった。
先程から心臓の高鳴りが凄いので食欲がない。
この心臓の高鳴りは彼女がイメチェンして印象が変わったからという単純な言葉では片付けられないだろう。
「はい」
「ん?」
アヤノがいきなり食べ終えたフランクフルトの串を俺に渡してくる。
「ゴミ」
「だな」
「ゴミ箱ないから持ってて」
「俺が?」
聞くと頷かれた。
「ポイ捨ては環境破壊。それはダメ」
「そりゃそうだけど、自分で持つって選択は?」
「それはない。リョータローが持つべき」
あ、この感じ。やっぱりアヤノだわ。髪型変わってもアヤノはアヤノだわ。
「何で俺が――」
反抗しようとしたが、アヤノはすぐさま違う露店を指差した。
「次はあれ」
彼女はからあげの露店を指定する。
「まだ花火大会に行く途中なのに結構食うなー」
「しょーがないでしょ。お腹空いたんだから」
「もうちょい我慢したら? 河川敷の方にも露店いっぱいあると思うけど」
「良い。今、食べたいの」
そう言ってスタスタとからあげの露店の方へ歩いて行く。
「あ! アヤノ!」
彼女が数歩離れただけで人波に流されてしまい逸れてしまう。
「あ、ちょ……。さーせん」
幸いにも彼女の目的地は分かるし、目と鼻の先なので、適当に謝りながら人波を横切り、からあげの露店前に来る。
しかし彼女の姿は見当たらない。
何処行った?
キョロキョロと辺りを見渡して探す。
しかし、水色の浴衣を着ている超絶美少女が見当たらない。
「アヤノー! アヤノー!」
どうして良いか分からずに無意識に手を口に持っていき彼女の名前を叫ぶ。
いや、叫んだ後に気がついたけど、冷静に考えればスマホで連絡取れば良いんだよな。
何て思っていると「リョータロー……」と少し恥じらいを感じる声が聞こえてきた。
「あ、アヤノ。良かった。見つけた」
「こんな所で叫ばないでよ……」
彼女が恥ずかしそうに言ってきた後に大学生らしきカップルが「良かったねー。彼女見つかって」「初々しいカップルだなー」何て声が聞こえてきたので心臓がトクンと跳ねる。
周りからはカップルと思われてるのか……。いや、まぁ花火大会に男女で来てるんだから当然と言えば当然か……。
周りからはどう思われてるのかな?
美女と野獣? いや、俺は別にガタイよくないし……。美女とモヤシ? 嫌なカップルだな……。
アヤノの方をチラリと見ると、彼女も少し頬が赤くなっている気がした。
「も、もう。勝手に逸れないでよね」
「俺!? 今の俺のせい!?」
「そう。だいたいリョータローのせいなんだから」
理不尽過ぎるだろ……。
「まぁなんだ。俺のせいとかは置いといて。人が凄いから、とりあえずは目的地に真っ直ぐ向かおう」
「分かった」
そう言ってアヤノは俺のTシャツの袖を掴む。
その行動にまた心臓が跳ねてしまう。
「ま、また逸れない様に、も、持っててあげるよ」
「あ、ああ……」
アヤノに俺の心臓の音が聞こえてないか気になりながら目的地へと向かったのであった。
♦︎
花火大会会場。
早い物勝ち。その言葉がピッタリであった。
良い場所は早くから来ている人達で埋まっていた。
そんな訳で俺達は離れた芝生の所へ追いやられてしまう。
だが、追いやられはしたが、人口密度はそこまで高くないのでこれはこれで良しとしよう。
レジャーシートを持って来ている人をチラホラと見かけるが、大体は家族連れみたいだ。
若い人達は皆立ってそれぞれのグループで談笑している。俺達もその一員だ。
「まだかな?」
アヤノがこぼす様に言う。
陽は沈み。辺りは薄暗くなって来ていた。
花火が上がるのはまだ少し時間がかかるだろう。
そんな薄暗い中、彼女の顔にまた目が行ってしまっていた。
先程は衝撃が強すぎて思考が停止してしまったが、今はまだギリギリ動いている状態だ。
「――ん?」
俺が顔を見つめているのに気が付いて軽く首を傾げてくる。
「あ……。いや……」
見つめていたのがバレて口籠もってしまう。
するとアヤノはジト目で見てくる。
「また変な事考えてた?」
「ち、ちげーわ!」
「じゃあなに?」
「それは……」
「それは?」
「えっと……」
「ジー」
ジッと目を見られる。
俺は頭を掻いて小さく言う。
「髪……。切ったんだなー……。と……」
そう言うとアヤノは無意識に自分の後髪を触る。
「ようやく髪の話題になった」
「いや、今日会った時から気にはしてたけど……。タイミングが中々……」
「気にしてくれてたんだ」
「そりゃ。雰囲気全然違うし。めちゃくちゃ気になるよ」
「そっか。そっか……」
アヤノは嬉しそうに呟いた後にこちらを余裕のある顔で見てくる。
「聞かないの?」
「髪を切った理由聞いて良いのか?」
「女の子が髪を切った理由を簡単に聞けると思ってるの?」
「どないやねん!」
俺がコテコテの関西弁を使うとアヤノが笑った。
「ぷくく。仕方ない。教えてあげるよ」
相変わらず上から目線だが、そこは何も言わずに彼女の話に耳を済ませる。
「簡単に言うと……。【決意表明】かな」
「決意表明?」
アヤノの言葉で、この前コンビニバイト中に水野が言っていた事を思い出す。
そういえば女の子が髪を切るのは【決意】とか熱弁してたな。
「うん。テスト前にリョータローに将来の夢を聞かれたでしょ?」
「あ、ああ。聞いたな」
「あの時も、その後も、今もなんだけど……。考えても自分の将来の夢ってまだ見つからないんだ」
「そう簡単な物じゃないよな」
「それでね。遠い未来じゃなくて、進学か就職か。進学するにしても大学か、短大か、専門か……。近い将来を考えてみたんだけど――」
「お。決まったか?」
「まだ分かんない」
コケそうになった。
「ま、まぁ。まだね。まだ時間はあるから」
「それでね。将来の夢とか漠然としたものじゃなくて、目に見える目標を作ろうと思って」
「目標か。それは良い事だな。目標に向かって頑張って努力して、それを達成する。その達成感の経験値は絶対に将来の糧になると思う」
そう言うとアヤノは無意識に頷いた。
「その目標って?」
「えっと……」
アヤノは照れながらもすんなり教えてくれる。
「友達作り……」
「友達?」
俺の返しにアヤノはコクリと頷いて話してくれる。
「最近、サユキちゃんと遊ぶ事が多いんだ」
あの野郎……。受験勉強サボって遊び呆けてやがるな。帰ったら説教が必要だな。説教が。
「それで……。本当の友達ってこういう事を言うんだ……。って実感して」
そういえば前にスポーツ専門店で友達の定義がズレてたな……。
「私ね。昔、仲良かった――」
言いかけて首を横に振る。
「仲が良いと思い込んでた人達がいてね……。『遊ぶならお金払うのが普通だよ』って言われて……。私もそれが普通と思い込んでて……」
いきなりヘビーな話の内容になっていた。
しかし、とんでもない事をいうガキがいたもんだ。
所謂金づるにされていた訳か……。
そんな奴等が世の中には存在するのだな……。
そいつらに不幸あれ。
だが、そこで1つの疑問が生まれる。
今の学校もそうだけど、昔から普通の学校に通っていたのか?
金持ちのボンボン学校なら、勝手なイメージだけど金をせびる様な事はしないと思う。
何で普通の学校通ってたんだ?
「前も言ったかもしれないけど、運動会でコケて以来その子達にお金を払う事は無くなったんだ。離れて行ったから」
この話もよくよく聞けば疑問点があるよな。
運動会でコケた位で離れるか?
「でもね。私にはママがいたから。ママがいれば友達なんていらないって、ずっと思ってた」
アヤノは顔を伏せてしまう。
「――ママがいなくなって……。パパも忙しくて……。1人になっちゃって……。漫画や雑誌。ネットもあるし、それで良い。1人でも全然楽しいって……。でも、1人は寂しい……。けど、友達なんて要らない。お金は要求されるし、すぐに離れていくし……。ははは……。矛盾な葛藤をずっとしてた……」
そして顔を上げて微笑む。
「でも本当の友達は違った。本当の友達は金銭を要求してこないし、平等に接してくれる。友達っていうのは本当はこういうもので、こんなにも楽しいものなんだって実感できた。今まで思ってたものがひっくり返ったよ」
アヤノは髪を触りながら「だから――」と言って話を続ける。
「髪を切ったのは昔の自分と決別する為、新しい目標の為の【決意表明】だよ」
「そう……だったんだな」
アヤノが髪を切った理由は、辛い過去の自分への決別。そして未来の目標の為の決意。
素晴らしい理由があっての思いっきった行動だったんだ。
ただのイメチェン。単純に「髪を切っても可愛い」なんて言葉じゃ済まされるものではないみたいだ。
話をしていると辺りは一気に暗くなっていた。
もうすぐ花火が上がる事だろう。
そんな暗闇の中でアヤノがこちらをジッと見てくるのが分かる。
いつもみたいにジト目ではなく、普通に見てくる。
「ん?」
「今の嘘」
「はい?」
「嘘じゃないけど、嘘」
「どういう事?」
「本当は――」
アヤノが微笑む。
「リョータローがショートヘアが好きって言ってたから」
その言葉と同時に今年の記念すべき1発目の花火が夜空に咲いた。
周りの観客は記念すべき花火に歓声を上げた。
アヤノも「綺麗……」と花火に見惚れていた。
けど、俺は花火の光と共に『女の子が長い髪を切る時は失恋。それか決意。それと【好きな男の子の好みに合わせる】時だけなんだよ』という水野の言葉がフラッシュバックしていた。
アヤノは俺の好みに合わせてくれたというのか?
少し前、教室でした夏希と水野との会話が聞こえていたのか? それで俺の好みがショートヘアと思って長い髪を切ってくれたのか? 俺の為に?
『女の子が長い髪を切る時は失恋。それか決意。それと好きな男の子の好みに合わせる時だけなんだよ』
『女の子が髪を切るのは好きな男の子の好みに合わせる時だけなんだよ』
『好きな男の子の好みに合わせる』
アヤノは俺の事が好き?
好き?
俺の事が好き?
途端に心臓が破裂する程の早さで加速する。血流がとんでもない早さで流れる。呼吸が早くなり、身体が熱くなる。
アヤノとの花火大会。折角の花火大会。夜空には何万発もの花火が夏の夜空に派手に咲いて、儚く散った事だろう。
しかし、俺はそんな夏の風物詩を現地まで来たのに1発も見る事が出来なかった。
何故なら、隣にいる花火よりも綺麗な夏の夜空の下に立つ女性の事しか頭に入って来ず、彼女の横顔に釘付けになってしまったから。
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