第39話 秘奥義の使い所を間違えました
テスト本番の朝。
アヤノの対策問題にかなりの時間を取られてしまい、自分の分が追いついていなかった。
やむなく効率が悪いのであまり使わない秘奥義【
この奥義の効果発動! この奥義が発動された時、机にいる南方 涼太郎は多大なる知識を脳内にインプットする事が出来る。
「ぐっ! はっ!」
しかし【
多大なる知識を得る事が出来るが、HPも多大に減ってしまう。
「――zzZ….…zzZ……。――ハッ!? いかんいかん」
今……完璧にいってたわ……。
ここで寝てしまったのならば俺のHPを削ってまで発動させた秘奥義が無駄に終わってしまうのでそこは踏ん張らないと。
現在時刻は朝の5時40分。
「ゴホッ。ゴホッ。ッホー!」
早めにアヤノの家に向かう事にする。
♦︎
アヤノの家のリビングへ入るとお父さんが優雅にモーニング珈琲を飲んでいた。
「お? 今日は随分早いんだね」
「今日はテストですので、いつもより早めに出ようと思いまして」
「テストか――ん? 涼太郎くん、なんだか顔色が優れないね」
お父さんはマジマジと俺を見つめてくる。
「昨夜は遅くまで勉強していまして、少し寝不足気味なんですよね」
「寝不足? ふむ……」
お父さんは立ち上がりリビングの棚から体温計を取り出して俺に渡してくれる。
「熱を測ってみてくれないか?」
「え? あ、はい」
言われるままに脇に挟むタイプの体温計を使用すると5秒位で体温が測れる。
なにこれ。早すぎるだろ。こんな体温計あんの?
「熱は?」
体温計の早さに圧倒されている中、お父さんから体温を聞かれたので確認すると36.5°の数字が機械的な数字で表示されていた。
それを見せると無意識に頷きながら体温計をウェットティッシュで拭いて元に戻す。
「うーん……。テストでなければ休むのを勧めるが……。もしかするとすぐに体調が悪くなるかもしれないから、その時は直ぐに病院を受診するんだぞ」
「あ、は、はい」
俺に忠告するとお父さんは珈琲タイムに戻る。
「君もどうかな?」
「よろしいのですか?」
「構わない」
そう言われたので、それじゃ遠慮なく貰おうとキッチンへ向かおうとして「待ちたまえ」と制止される。
「私が淹れよう。涼太郎くんは座ってなさい」
「そんな、悪いですよ」
「ははっ。気を使わなくても大丈夫だよ。昔から珈琲を淹れるのは私の仕事でね。こう見えて淹れるのは得意なんだ」
そう言ってキッチンに置いてある高そうな珈琲メーカーから珈琲を作ってくれる。
あれ? これってボケてるの? 「珈琲淹れとるの珈琲メーカーやんけ!」ってツッコミ待ち?
しかし、そんな勇気を持ち合わせていない俺はツッコめずにいた。
「お待たせ」
ドヤ顔でお父さんが俺に珈琲を差し出してくれる。
「ありがとうございます。いただきます」
俺は砂糖とミルクを入れて珈琲を1口飲んだ。
あ……。やば……。
「うま……」
家のやっすい奴と全然違う。これは良い豆使ってるな。あー……。オールの身体に染みるぜ……。
「だろ? 私の淹れた珈琲は美味しいだろ」
さっきから、これはボケてきてるの? どうしたら良いの? 「高級珈琲メーカーと高い豆使ってるからだろ!」って言った方が良いの?
困っているとお父さんが苦笑いをする。
「あはは。機械が苦手な私が家で唯一出来る事なんだよ」
あっぶね……。ガチだったわ。ツッコミ入れてたら気まずい雰囲気になってたな。危ない危ない。
「良く霧乃――妻に怒られてね。『テレビの配線位して下さい』ってブツブツ言われていたよ。未だにアンテナなんて物が良く分からないがね」
機械音痴か……。意外だな。てか、そんな人が院長な病院は大丈夫なのか?
「珈琲メーカーもね、何回も何回も霧乃に教えてもらってね。ようやく覚えたから忘れない様に珈琲は私が淹れる事になったんだよ。ふふっ」
嬉しそうに過去を語ってくれるお父さん。
「だから、そんな『結局珈琲メーカーが珈琲作ってるじゃないか』みたいな顔はやめてくれたまえ」
「ぶっ!」
珈琲を吹き出してしまった。
「あっはははっ! やはり図星かね」
「い、いや、その……」
「構わない。はははっ! ホントに昔の隆次郎に似ている。まるで高校生の頃の隆次郎といるみたいだ。あっはっは!」
お父さんは子供の様に無邪気に楽しそうに笑っていた。
そんなに父さんと似ているのだろうか……。
「はは――。あー……いや、すまない。あまり似ていると言うのは個人の否定に値するな。涼太郎くんは隆次郎じゃない。涼太郎くんは涼太郎くんだ。すまないね」
「い、いえいえ。僕の方こそ、その……。失礼な事を……」
謝ろうとするとお父さんは珈琲を一気にあおって飲み干した。
「構わない。そういう扱いには君のお父さんで慣れてるからね。――あ……。いや、折角謝罪をしたのだからあれだな」
お父さんはカップを指差して言ってくる。
「私は今から出るから、謝罪の念があるならカップの洗浄を頼むよ」
「あ、は、はい」
「では私は行ってくる。涼太郎くん。テスト頑張りたまえ」
「はい。行ってらっしゃいませ」
♦︎
「――リョータロー。そっちじゃない」
アヤノの家の最寄り駅の改札を超えてエスカレーターに向かっていると、ふと聞こえてきたアヤノの声。
その声に反応して振り返る。
「んー?」
「学校方面はこっち」
そう言われて指差す方を見る。
「あ……。あははー。そっちか。あははー」
苦笑いを浮かべながらアヤノに駆け寄って、本来の目的地へ向かうホームへ繋がる上りエスカレーターに乗る。
「大丈夫?」
アヤノにしたら珍しく心配した様な表情で聞いてくる。
「何が?」
「体調」
「体調? ――っと」
エスカレーターを降りる時に軽くコケそうになるが、持ち前の運動神経で何とか耐える。
「大丈夫、大丈夫」
「大丈夫じゃなさそうなんだけど」
「あれだよ。今日オールしちゃってさ。ただ眠いだけだよ」
「オールしたの? 何で?」
「何でって……。そりゃテスト勉強だよ」
「オールしなきゃいけない位にやばかったの?」
「うーん……」
何と答えるべきか。
確かに自分の分が追いついていなかったのは事実だが、それをそのまま伝えるとアヤノに気を使わせてしまうよな。
でも、オール明けの俺の脳じゃ良い言葉が思いつかず黙り込んでしまう。
「私のせい?」
申し訳なさそうに言ってくるアヤノ。
このまま肯定するとテストに影響が出ちまうかも……。
「ふはは! この南方 涼太郎が波北 綾乃の世話程度で追い詰められる訳がなかろう。ふはははは!」
「深夜のノリだ……。うざい……」
ジト目で見てくるアヤノ。
「その目。ちょっと好きだぜ」
グッジョブしてやると「ダメだコイツ。早く何とかしないと」と本気で言ってくる。
「俺の事より、アヤノはどうなんだ? テスト」
俺の言葉にピタッと瞬間冷凍されてしまうアヤノ。
そして、電車が来る音楽が流れると共に解凍される。
「――あ、ほらリョータロー。電車来たよ。早く乗らないと」
「ホントだ。来やがったか。あちゃー、このタイミングで電車来やがったか。誤魔化すのにちょうど良いタイミングで来やがった。くっそ。上手く誤魔化されたぜ。これじゃもうテストの話題は出来ないな。まんまとアヤノの策にハマったって訳だ。アヤノだけに」
「何にもかかってないよ……。――ホントに大丈夫?」
アヤノが本気の心配をしてくるので俺は「だいじょーV」と返すとシカトされた。
それでもめげずに「筋肉の話しよーぜー」と話題をふるがシカトされた。結果的に俺の話題は全部シカトされた。
♦︎
教室内は何とも言えない静寂に包まれている。
いつもの喧騒はまるでテストというモンスターに飲み込まれてしまった不気味な静けさ。
聞こえてくるのは教科書やノートを巡る音のみ。
これがテスト本番直前の我がクラスの様子である。
良く言えば最終確認。悪く言えば悪あがきと言ったところだろう。
俺は机に肘付いて瞳を閉じ、今日までの事を振り返る。
結局、アヤノの奴は俺が用意した対策プリントを満点どころか、半分も取れなかったからな。
本番が俺の練習問題よりも優しくあれと願うばかりである。
「――おい。大丈夫か?」
ホームでは何も答えてくれなかったので、やはり心配になった為、声をかけておこうと後ろを振り返って聞いてみる。
「え? えっと……。ま、まぁまぁかな」
後ろの席には俺の思っていた相手は座っておらず、吉田くんが座っており、何とも曖昧な答えを返してくる。
しまったわ……。テストの時は窓際から名前順の席に変わるの忘れてた。オールのせいかボーッとしてしまう。
ま、まぁ吉田くんとはちょこちょこ話すので別に気まずい雰囲気にはならないから良いんだけどね。
「それより南方くんこそ大丈夫かい? 顔色悪いけど?」
今日は心配される日らしい。
そこまで酷いのか……。俺の顔色……。
「そ、そうか?」
「オールでもしたのかい?」
「まぁちょっとな」
「へぇ。南方くんがそうまでして……。もしかして学年1位を狙ってるとか?」
「ん……。んー……。そんな事よりもっと大事な事かな」
意味深な言葉を吉田くんに残して前を向く。
恐らく吉田くんは?マークを頭に浮かべているだろう。だが聞き直してこないという事はそこまで興味がないのだろう。
しかし、あれだな……。なんだか呼吸が乱れてきた。
緊張してるのかな? 確かに緊張する。アヤノが点を取れるのか。
♦︎
これはちょっとヤバイな……。
テストは難なく解き終えた。
まぁ90点は超えたね。
だが、難易度で言えば俺の対策問題よりもレベルは高い気がする。
なのでヤバイというのは、アヤノの事が心配のヤバイと自分の体調がちょっと怪しくなってきた的な意味でヤバイと言うことである。
関節がちょっと……ね、痛い。
これあれだ。風邪の初期症状だよ。
うわぁ……。ここに来て【
こりゃ次のテストは保健室でテストだな。
保健室でテストとか……人生で経験がない。初めてだ。なんかレアだな。
そういや保険の先生って絡んだ事ない。
確か若くて綺麗な先生だって噂で聞いた気がする。
若くて綺麗な保健の先生の側でテストか……。それ逆に熱上がるんじゃない? しかもきわどい白衣とか着てた日にゃ――にへへ。
おっと……。ふふ。まだこんな妄想出来んだから、俺の症状も大した事はないだろう。
だが、大事を取って早めに先生に伝えるか。
アヤノのお父さんにも早めに病院を受診しろって言われたしな。
ありがたい事にテスト期間中は早く家に帰れるからな。テスト終わったら即病院だ。アヤノには悪いけど今日はテスト勉強なしにしてもらわないと。
病院って午後やってたっけ?
ま、やってなかったらそん時はそん時だ。
俺は立ち上がり手を上げて、試験官を担当する先生へ
センセ。ちょっとしんどいから保健室行ってきてもいっすか?
そう伝えた。
すると先生が慌てた様子でコチラに駆け寄ってくるのが分かった。
そんな慌てて来なくても「あいよー」位のノリで良いのに、何て思っていると視界が段々と傾いていった。
そして頭に衝撃が走ったと思うと、段々と目が開けられなくなってくる。
あれ? 俺どうなった? 今どんな状況?
なんだか色々な声が聞こえてくる。
しかしその声達はなんだか酷く篭っていた。
まるで自分が海の中にいて、海の外にいる人達の会話を聞いている様な、そんな感じ。
そのまま俺は海の深くまで沈んでいく様に意識が途切れていったのであった。
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