第30話 お嬢様の様子がいつもと違います②
着替えを終えたアヤノがリビングにやってくる。
見慣れた夏服の制服だけれども、先程の事があったのでいつもの何倍も可愛く見えてしまい、心臓のスピードが上がる。
しかし、彼女はいつも「紅茶」と一言だけ言って着席するのだが、今日は何も言わずにそのまま座ってしまう。
「アヤノ?」
速くなった心臓のスピードを抑えて彼女の名前を呼ぶと、ピクッと身体が反応してこちらを見る。
「な、なに?」
「紅茶。要らないのか?」
「い、いる……。頂戴」
「りょーかい」
キッチンからいつも通り紅茶の準備を済ます。毎勤同じ作業をこなしている為、ちょっとくらい心臓のスピードが速くても身体が勝手に動いて秒で紅茶が出来上がる。そもそも誰が作っても秒で出来るものだけど。
「お待たせしました」
いつもの紅茶を彼女に提供する。
彼女はカップを持ち上げていつもみたいに――はいかないみたいであった。
いつものクールで優雅なティータイムは何処へやら。
手は震えており、口は可愛いアヒル口ではなく、間抜けなアヒル口になってしまっている。
アヤノの奴、あからさまに動揺しているな……。
そんなアヒル口にカップが届く事は無かった。
なぜなら、震えが大きくてカップを落としてしまったからだ。
テーブルに落としてしまったカップは中身をぶちまけてテーブルに簡易湖を作ってしまった。
「アヤノかかってないか? 火傷とかしてない?」
運良く彼女とは逆方向にカップの口が向いていたので大丈夫だろうとは思ったが聞いてみる。
「だ……。大丈夫」
「良かった――っと……」
俺はすぐさまキッチンからフキンを持ってきてテーブルを拭く。
結構な量だが、吸引力のあるフキンだったのですぐさま簡易湖は干からびてしまった。
拭き終えた後に、大丈夫と言っていたが一応彼女の確認をしておく。
上の服、下のスカート――。一通り見て、特にかかった様子も無さそうだ。シミになっちゃったら面倒よ? 制服のシミ落とすの。
そんな折、アヤノと目が合った。
いつもならジッとこちらを見てくるのに、今日は目が合うとプイっと目を逸らされる。
「紅茶は? 新しいのいる?」
目を逸らされて多少ショックを受けつつも、転がったカップを回収しながら聞く。
「い、いい……。もう、い、いらない……。学校行く」
「え……。そ、そっすか……」
回収したカップをキッチンへ運ぶついでにリビングの時計に目をやると、まだ7時にもなっていない時間であった。
♦︎
「――今日の範囲はテストに出るからな。しっかり復習しておくように」
そう言い残して3限の授業であった社会の担当先生が教室を後にした。
もうすぐ期末テストなので各担当教科の先生達はテスト範囲を教えてくれる。
今の所はテスト範囲ね……。うむ……。
先生の言葉を頭の中で繰り返して教科書をしまいトイレにでも行こうと思っているとア◯レちゃんに絡まれる。
「涼太郎くんってノートとらないよね?」
「そんな事ないって。とってるぞ?」
「でも、板書された所とって無かったと思われる」
「板書された奴は大体教科書に書いてある内容と同じだろ? ノートって教科書に載っていない補足を先生が話してくれるから、それをとるメモみたいな物だろ?」
「ほへー? どう思う? 蓮くん?」
教室を出て行こうとしていた蓮に夏希が話かけると、彼は優しいので爽やかに首を傾げてこちらにやってくる。
「何の話?」
「授業中のノートの話」
「ノート?」
「うん。蓮くんは黒板に板書されたのんを全部ノートに写すよね」
「そりゃな。ノート書いておけばノート点もくれるからな」
「ノート点?」
聞き馴染みのないワードが出たので首を傾げると2人は「知らないの?」とシンクロさせて言ってくる。
「ちゃんとノートを写して出せば授業態度が良いとみなされて多少は内申点が上がるってやつ」
「まぁあれさー。救済処置みたいなものなのさー」
「そんな制度があるのか……」
知らなんだ……。
「涼太郎くんは成績良いからねー」
「ああ。そういえば意外だよな。涼太郎。この前の中間で知ったけど学年トップクラスなんだろ?」
「その通り。涼太郎くんは成績優秀なのですじゃ」
俺への質問に鼻高々で答える夏希。
「しかし、このクラスの2強には勝てず終い。学年及びクラス3位という【秀才キャラ】と胸を張って言えずの中途半端な位置にいるのですじゃ」
「やかましっ! 真実をえぐってくるな。結構気にしてんだよ!」
「にゃほっほっ! 悔しかったら1位を掴み取るのじゃ」
「何で仙人キャラなんだよ」
俺のツッコミを無視して夏希は仙人っぽく笑い続ける。
「学年3位とか充分過ぎる程に秀才だろ。めちゃくちゃ頭良いんだな涼太郎」
蓮は曇りのない尊敬の眼差しで俺を見てくる。
「ほんっと君は良い人だね。ほんっとモテる理由が分かるわ。そりゃモテますわ。まじで」
「え? え?」
「おっと……」
思ってた事が口に出てしまった。でも仕方ないよな。あんなん男でも惚れてまうで……。いやいや、俺は惚れてないよ? 腐女子歓喜な展開にはなりませんからね!
「涼太郎。また機会あれば勉強教えてくれよ。――ごめん。トイレ行きたいからちょっと行ってくるわ」
「おおっと。蓮くんごめんね。いきなり呼び止めて」
「全然オッケーだっての。ただトイレだけ行かせて」
そう言って蓮はグッジョブポーズを取りながら教室を出て行った。
「イケメンはトイレを我慢しててもイケメンだな」
「だねー」
2人して蓮の行く末を見守った後に同意の言葉が出た。
「さてさて、ほんじゃ俺も微妙に出そうだから行っておこうかな」
「それは早く行って。涼太郎くんが我慢してても地獄絵図だから」
「ちょっと待った」
夏希の言葉に立ち上がろうとした俺は立ち上がらずに彼女に抗議する。
自分ではイケメンでない事など承知しているが、第3者から言われると物議をかましたくなるのさ。それが男のプライドという奴さ。分かっている。分かっているよ自分がイケメンでない事など。
「そりゃ一体どういう意味でぃ?」
「イケメンは何をしてもイケメン。トイレを我慢しててもイケメン。フツメンは何をしてもフツメン。何をしても良い訳じゃないのさー」
「つまり俺はイケメンではなくフツメンだと?」
「涼太郎くんはフツメンでもない」
コケそうになった。
「じゃあブサメンかよ……」
「ブサメンでもないぞよ」
「俺は一体何メンなんだ?」
「涼太郎くんは――」
夏希が答えを出そうとしてくれた所で俺の服の袖が引っ張られる。
振り向くとアヤノが俺の後ろに立っていた。
「ちょっと来て」
「え?」
めっずらしい事もあるもんだ。
教室で直接アヤノが俺に話かけるなんて初めてではなかろうか……。解読の難しいメッセージならスマホに送ってくる時があるけど。
「あ、ああ」
夏希にジェスチャーで断りを入れると彼女は意味深なグッジョブを見せてきた。
何かとんでもない勘違いをしていると思うが、今はどうでもいいか。
俺は先にスタスタと歩くアヤノの後ろに付いて行く。
教室を出ると、真前の廊下の窓で立ち止まる。
「こんな時間に呼び出すのは珍しいな。何かあったか?」
尋ねるとアヤノは俯いたまま黙り込んでいた。
その顔が少しだけ赤い。
「アヤノ? 大丈夫か?」
もしかして、風邪っぽくてしんどいのではないか?
今日雨の中の登校だったし身体が冷えてしまったか?
そう思い無駄だと分かっているが、彼女のオデコに手をやる。
いや、無駄じゃなかったっぽい。ちょっと熱い。
「きゃ!」
「おっと」
本日2回目の小さな悲鳴と共に瞬時に手を払われてしまう。
「ね、熱は……。な、ないよ……」
「まじでか? ちょっと熱かったぞ?」
「だ、大丈夫だから。熱とかじゃない……から」
「そ、そうかぁ?」
本人が言うならそうなのだろうが……。では何故俺は呼び出されたのだろう。
「そんじゃどうしたんだ? わざわざ教室出て」
「あの……。その……。えっと……」
アヤノは顔を赤くして挙動不審になっていた。
風邪ではなく、これほどまでに顔が赤いのは――。
え? うそ? もしかして告白とか? まじか!
だって……。ねぇ? いきなり呼び出して、風邪じゃないのに真っ赤な顔して挙動不審で――って……。これ完璧に告白なんじゃない?
ど、どどどどしうしよう。なんて返事すれば良いかな。
そして――。
「リョ……。リョータロー……」
「お、おぅ……」
「リョータロー……は……」
ゴクリ……。
生唾を飲んで彼女の次の台詞を待つ。
「リョータローはイケメンじゃないよ」
――は?
「――は?」
思ってた事と同じ声が漏れる。
彼女はそれだけ言い放って教室に戻って行った。
え? なに……? それを言う為にわざわざ呼び出したの?
いや、ね? 告白じゃないとは思ったよ。ぶっちゃけね。そりゃこんなタイミングで告ってくるとかどんなタイミングだよ! ってなるからね。まぁちょっとはね? ちょっとだけそれかなー? 程度には期待してたけどね? でもさ、これは誰も予想できなくない?
なにこれ? あの子、俺の事イケメンじゃないって伝えたかったの? 今? わざわざ呼び出して? 今じゃなきゃダメだったの?
取り残された俺は本当に訳も分からず立ち尽くしてしまった。
「考えても意味ぷだしトイレ行こう」
そしてトイレに向かう途中に皮肉にもイケメンとすれ違ってしまって改めて顔面の現実を突きつけられた。
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