第19話 コンビニバイトに行くと新人さんがいました
俺のバイト先のコンビニまではバイクで20分程度行った田舎町にある。バイクが手に入るまでは自転車だったので40分以上はかかっていたな。坂とかめっちゃ多いし。バイクになってからめちゃくちゃ楽になった。今思うと、よくチャリで通勤してたな俺。何て思う。
田舎町なので客数が少ない。
別に客数が少ないから選んだって訳じゃない。家の近くや学校近くのコンビニは高校生不可しかなく、探しまくった結果、縁もゆかりもない町で働く事になった。
コンビニバイトがしたい! って訳じゃなかった。何となく風の噂で楽だと話に聞いていたからコンビニバイトにしてみただけだ。
楽をして金を稼ぎたい。人間なら誰しもが思う事じゃないだろうか?
だが現実は楽なんて事は全くなかった。
客が少ない。そうは言ってもお客さんは来る訳で、その中でも色んな人がいる。優しい人から理不尽な人まで様々な性格の人を相手にする接客という仕事がいかに大変であるか身に染みる。
勿論コンビニの仕事はそれだけではない。
品出し、検品、発注やら――。
細かい事で言えばネット通販やら、郵便やら、なんやらかんやらほいほいで、覚える事は山の様にある。
まだウチのコンビニは客が少ないからマシであるが、これで客が多い日にゃ身震いしてしまう。
この世に楽な仕事なんてないんだよな。
アヤノの所の仕事だって楽とは言えない仕事だよな。朝めっちゃ早起きしないといけないし。
「――っざまーす」
コンビニ店内に入りレジにいたパートのおばちゃん2人に挨拶すると「おはよー」と愛想良く返してくれる。
2人は一応俺よりも後輩にあたるので愛想よく話をしてくれる。前までいたおばちゃんは先輩で無愛想で偉そうでうざかったが、引っ越しをしたとの事で辞めてた為に最近は平和なのである。
今日は店長とのシフトか。
あの人バックヤードに引き篭もってタバコしか吸わないんだよなー。めっちゃ良い人なんだけど。
そんな事を考えながら店内のスタッフ以外立ち入り禁止の扉を開けて、店の商品が保管してある倉庫を抜けてバックヤードに入る。
「はよーござまーす」
狭いバックヤードに入ると「おはよう」と40代の男性店長がパソコンと睨めっこしていた。
その後ろには女の子が立っていた。
「あ、おはようございます」
俺に気が付いたサユキより少し短めの肩にギリギリかからないくらいの髪の女の子が挨拶をしてくれる。
「――? ざいまーす」
あれ? 今日は店長とのはずだけど……。なんて思いながらバックヤードの壁にかけてある名札入れから自分のを取り出し、店長のパソコンを奪い取って、名札のバーコードをスキャンして出勤にする。
「南方くん。今日新人の子来てるから指導してくれる?」
操作をしていると店長にそう言われる。
「新人?」
あー。この子は新人さんね。そういや新しい人取ったって言ってた気がする。
振り返り顔を見ると軽く手を振られた。
「あ……。水野」
新人の女の子の顔をよく見ると、いつも癒しの笑顔を振りまいてくれるクラスのアイドル
コンビニ制服も似合うなこの子。
「知り合い?」
「はい。クラスメイトっすね」
「あーそうなんだ。だったら教えやすいね」
「そうっすかね……」
自分的には全然知らない人の方が変な先入観がないから良いんだけど……。
なまじ中途半端に知っていると学校での彼女と比べてしまう。それは相手も同じだろう。
「よろしくお願いします。南方くん」
軽く頭を下げてくる水野。
「あ、ああ。よろしくお願いします」
♦︎
「――これで商品をスキャンすると、レジに金額が出るから、客層キー。このボタン押すとレジが開く」
「はい。分かりました」
2つあるウチの1つのレジをトレーニングモードに切り替えてレジ打ちを教える。まずはこれが基本。これが出来ない事には始まらないからね。
カゴに普通の商品とレジ操作が異なる商品、それから宅急便の紙を入れて、まずは普通の商品から教えていく。
「あれ……。出来ない……」
水野は何度も赤外線センサーをバーコードに当てるが、スキャン出来ないでいた。
「ちょっとバーコードがシワってるから、こういう時は軽くだけ引っ張ってあげると――」
――ピッ。
「こんな感じで出来るよ」
「なるほど……。勉強になります」
「そしたら、そこの客層キーを押して」
「えっと……。どの数字を押せば良いんですか?」
「これは一応お客さんの大体の年齢なんだよ。青が男性で赤が女性でって感じで。正直適当で、どれでも良いんだけど――」
そう言ってレジの後ろにあるタバコを適当に取りスキャンする。
トレーニングモードだから客側の方は何も表示されない。
「タバコとか、お酒とか買っていった人がいて、この客層キーを押すと――」
――ビー!
「弾かれるんだよ。だから、適当にここら辺を押すと――」
――シャッ!
「レジが開くと。OK?」
「はい」
「ここまでは大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「あー……」
俺は頭を掻いて水野を見る。
「あのさ。見ず知らずの人なら何でも良いんだけどさ。水野はクラスメイトだし、そういう話し方だと違和感があるからやめない?」
そう言うと水野はクスッと笑う。
「でも、私は新人で、南方くんは先輩なので……。手取り足取り教えて下さい。先輩」
ゾクっとしてしまった。
手取り足取り。クラスのアイドルを――水野を手取り足取り指導。
なんか響きがエロいな――。
クラスのアイドルが新人として仕事場にやってきたから先輩として教育的指導をしてやる。
なんかあれなビデオなタイトルみたいだな。
あ、ダメだ。邪な事しか考えられなくなった。
「やっぱりダメダメ。月曜日に学校でどんな顔して良いか分かんないから」
「そう? なら普通でいくね」
「頼んます。――そんじゃ次はこれだけど――」
ある程度レジ打ちを教え終わる。
大体レジ打ちで仕事が出来る人と出来ない人に分かれるのだが、水野は出来る人だと思われる。
全てを1回で理解して、質問もガンガンしてくるので、恐らく社会人になっても仕事の出来る人間として活躍する姿が容易に見える。
まぁあくまで俺の主観だがね。
「水野はどうしてここでバイトしようと思ったの?」
クラスのアイドルがコンビニバイトっていうのは少しイメージからズレている気がしたので聞いてみる。
「何でも良かったんだけど……。働くって事はしんどいって事だと思ったから。だから働く場所は近場で探して、ここになったって感じだよ」
働くのはしんどいから何でも良いか。
俺とは何でも良い理由が真逆だな。
「へぇ。水野ってここら辺なんだな」
「そうだよ」
「学校遠くない?」
「遠いよー。電車通学だもん。それで40分位かかるもん」
そりゃそうだわな。ここら辺から学校まで多分自転車で1時間位かかるだろう。電車と自転車の時間がたった20しか変わらないけどチャリで1時間はしねるから必然的に電車になるわな。
「何でそんな遠いウチの学校選んだの?」
「1番は――制服かな」
「せーふく?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
制服で高校を選ぶ人が存在する事に驚きであった。
「可愛いでしょ? ウチの学校の制服って」
アンタは何着ても可愛いよ。
なんて下心なしでサラッと言える奴がモテるんだろうな。そんな勇気は持ち合わせてないけど。
「可愛いのか?」
普通のブレザーにチェックのスカートの気がするが?
「うーんと……。私の地元――ここら辺の高校の制服見たらめちゃくちゃ可愛く見えるよ?」
「もしかして……。あの何て言うの? 言葉に出来ない様な白っぽい緑色でエプロンみたいな制服とか?」
「そうそう。それ私の1番近い高校」
「あと、白のYシャツなのに白のブレザーに白のスカート?」
「それ2つ目に近い高校」
「あれかー……」
そりゃウチの学校の制服がお洒落に思いますわ。
あれを3年間着る――修行だな。3年後には何着ても恥ずかしくない鋼の心が作られる事になるだろう。
「今の学校は制服の可愛さと偏差値の釣り合いが良かったかな。距離はちょっと遠くなっちゃったけど」
「でも絶対遅刻しないよな。てかいつも朝早くない? いつも朝来たら居てるし」
「そりゃ学校が好きだからね」
水野はクラスのアイドル。常に人に囲まれて楽しそうにしていて癒しの笑顔を振りまいている。
裏がありそうなポジションだが、今のところは本心で話をしている気がするので学校が好きだというのは本音だろう。
朝早く、常に人に囲まれている――アヤノとは真逆な存在であるな。
「南方くんだって朝早いほ――ここ2、3日は遅いね?」
「ん? そ、そうだな」
寝坊助お嬢様を起こしていると教室に入るのが極端に遅くなる。
恐らく誰よりも早く起きていると思われるのだがね。
「それに波北さんと教室に入って来てる気がするし」
おっと? やっぱり見られてたか。アヤノはなんやかんや目立つもんな。
「いやー。最近朝眠くてさー。起きられなくなってきてねー。それで寝坊しちまってギリギリに登校すると、たまたまね? うん。たまたま昇降口でアヤノに会うんだよなー。たまたまよ? ホントたまたまだからね。うんうん。そんで向かう場所は一緒だし、クラスメイトだから声かけるんだけどね。クラスメイト。あくまでクラスメイトで声をかけるけど、うん。たまたま会話が続かなくてさー。あっれ? 続かない? 続かない感じで教室まで行っちゃう? 行っちゃう? 行っちゃったー……。会話なしで教室着いちゃったー。みたいな感じね」
そう言うと水野は口を緩めた。
「ふぅん? 付き合ってる……とか?」
何で一緒に教室入っただけでどいつもこいつも付き合ってるとか聞いてくんだよ。あー……井山の事思い出してきて腹立ってきた。
「何で?」
「だって『アヤノ』って呼んだから」
「あり?」
呼びま……したね。
「それはあれだよ? あれあれあれ。ほら、水野だって風見の事『蓮くん』って呼ぶだろ? それと同じノリだよ」
「それは蓮くんが皆に名前で呼んでって言ってるからでしょ?」
「それそれ。それと同じノリだよ」
実際そうだしな。呼んで欲しいって言われたし。
「波北さんは皆に名前で呼んで欲しいの? そんな感じじゃないと思うけど」
「さ、さぁな。まぁあれだよあれ。そんな感じだから、名前で呼んでるから付き合ってるなんて事はないだろ?」
「そっか。じゃあ付き合ってはないんだね?」
「付き合ってませんよ」
そう言うと「じゃああれは――」と小さく呟いた。
「あれ?」
「えっと――」
水野の呟きに反応して聞くと扉が開いてお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませー」
「あ、い、いらっしゃいませー」
俺の挨拶に続いて水野が見様見真似で挨拶をする。
「――っと仕事中に立ち話ばっかりじゃダメだな。実際にお客さんの対応してもらうよ」
「あ、は、はい。頑張る!」
「横に立ってるから分からなかったら聞いて」
「はい!」
今が仕事中だと言うことを忘れていた。あんまりぺちゃくちゃ喋っていると店長に叱られてしまう。
その後は仕事を教えながら時間が流れていき、水野のが言ってた『あれ』を聞くのを忘れていたな。
ま、相手も言ってこないということは大した話じゃなかったのだろう。
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