第17話 お嬢様の為に料理のレパートリーを増やそうと思います
気分を変えて朝のアラームを変更した。
ここ2日は人生の中でもトップクラスの早起きで、俺を起こそうとするお気に入りの音楽がこのままでは嫌いになってしまいそうになるからだ。
だから今日の朝はあんまり聞かないサユキの好きな曲をチョイスしてみた。女性シンガーの声が部屋に響き渡り俺の耳を癒してくれる。それは起こすというより眠りへ誘う様な歌であり、俺は嫌悪感なく2度寝の快楽へと旅立とうとしていた。
「――って! あかんっ!」
バッ! っと起き上がりスマホから流れ出る音楽を止める。
危なかった。このまま2度寝したら遅刻するところであった。
この曲は危険だ。次は違う曲にしないと。
そんな事を考えながら寝巻きから制服に着替えて部屋を出る。
「――ん? おはよう?」
リビングへ行くと今日も朝早いサユキが朝ご飯をいつもの通りに食べていた。
しかし、彼女の表情は疑問の念でいっぱいと言った様子である。
「おはー……。ふぁーあ……」
欠伸をしながらダイニングテーブルのいつもの席に腰掛けてテレビに目をやる。
サユキの気分なのか、いつもの朝の情報番組ではなかった。
「今日は気分変えて違う局の番組見てんのか? でも変えて良い? 俺、いつものやつが良いんだよね」
そう言ってリモコンを手にすると「え?」と声を上げる。
サユキにしては珍しい。いつもリモコンの権限は無条件でくれるのに。この番組に好きな俳優なりが出てるのだろうか?
「兄さん? 随分と早起きだけど……。今日学校?」
「おいおい。昨日も一昨日もバイトで早起きだったろ? 最近はずっと早起きなんだよ」
「えっと……」
サユキはポンと手を叩いて「ジャジャン!」とお手製の効果音を口で言った後に問題を出してくる。
「今日は何曜日でしょう?」
「んぁ? 今日は――」
――今日は……。何曜日? えっと……。
「土曜日?」
答えると「ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル」とこれまたお手製のドラムロールを口で鳴らしてくれる。
「せいかーい。次の問題です。土曜日は学校ですか?」
「――違うね」
「ピンポンピンポーン! だいせいかーい! そんな兄さんには今日1日学校に行かなくて良い権利をあげまーす」
「それ、元々俺の権利じゃねーかよ。――あー! しくった……」
「あはは! 珍しいね。兄さんが休みの日を間違えるなんて。それともバイト?」
「バイトは今日はコンビニだけ……」
「だったら制服に着替える必要も早起きする必要も無かったね」
「はぁ……。くっそ……。めっちゃ損した気分だわ」
「あはは! ホント珍しい」
「――サユキはそんな間違い絶対しないよな。いつも朝早いから」
「それが良いのか悪いのか分からないけど、早起きして損した気分にはならないね」
「そりゃ羨ましいこって――大会。来月だっけ? 対戦相手とか決まったの?」
「まだまだ。今月末位かな。だけど、どんな所が相手でも良い様に今のチームは仕上がってきてるよ」
「ほほぅ。そりゃ楽しみだな。こっそり応援しに行こうかな」
「えー。来るの?」
「はは。身内が来るのはやっぱり恥ずかしいよな。だからこっそり見に行くんだよ」
「こっそり来られた方が恥ずかしいかも」
そう言いながら食べ終えた食器を片付けるサユキ。
「あー。置いときなさい。俺が片しとくから」
「ホント? ありがと兄さん」
「休みの日もこんな朝早くから朝練に行く妹にせめてもの手伝いだよ」
「優しいね兄さん。それじゃあ行ってきます」
「あいあい。気を付けて」
ここ最近、サユキとの会話は早朝のちょっとした時間だけだ。
彼女も部活がしんどいのか午後10時には部屋に篭っている。その時間に俺が帰ってくるので顔を合わせる時間が極端に減った。
そういえば今日の部活は昼までと言っていたな。俺のバイトは夕方からだ。
たまには昼飯作ってやるか。いつも母さんが作ってるしな。
そんな事を思いながら立ち上がり、サユキの食べ終えた食器をキッチンのシンクに運んで洗う。
いつもなら溜まってから洗うのだが、やる事もなし、目が覚めて2度寝をする気にもならないので暇つぶしだ。
洗っていると和室の襖が開いて母さんが寝ぼけた顔して出てきた。
「あれ? 涼太郎。今日学校?」
カウンターキッチンなので襖からこちらの格好が見えた為に首を傾げて聞かれてしまう。
「休み。今日学校と思って間違えた」
「あら。それは残念ね。ゆっくり寝られるチャンスだったのに」
そう言いながら母さんはキッチンに入ってきて、食器棚からコップを取り出し、冷蔵庫から自家製のお茶が入った容器を取り、ダイニングテーブルのいつもの席に座る。
「今日は綾乃ちゃんの所はなしなの?」
母さんに綾乃の世話役を任された事を言った覚えはないが、その事を知っているという事は十中八九綾乃のお父さんが母さんに言ったのだろう。
「今日はなし。コンビニのバイトがある」
「今日はコンビニバイトね。中々忙しい子ね」
「まぁ。お金はあった方が良いしね」
「――あ! でも稼ぎ過ぎは注意よ」
「ん?」
「涼太郎はお父さんの扶養に入ってるんだから、稼ぎ過ぎたら扶養から外されるわよ」
「あー……。100何万円とかってやつ?」
「それそれ。気をつけなさい」
「そっか……気をつけるよ」
すっかり忘れてたな。
でも、アヤノの所は手渡しだしバレないんじゃ……。
あーダメダメ。後でややこしい事になるかもだから、そこはしっかり計算しないとな。
――って事はやっぱりコンビニバイト辞めた方が良いのかな……?
考えながらサユキの食器を洗い終えて、キッチン用にかけてあるタオルで軽く手を拭いて冷蔵庫を開ける。
「母さん朝ご飯食べる?」
しかし寝起きで少し腹も減ってるのでしっかり考えるのは後回しにする事にした。
「作ってくれるの?」
「いつも作ってくれてるし、たまに早起きしたから作るよ」
「ありがとう。それじゃあ頂きます」
「おっけー」
冷蔵庫から味噌と豆腐、卵を2つ、ウィンナーのパックを取り出して、野菜室からキャベツとレタスを取り出し、戸棚から乾燥わかめを取り出してキッチンに並べる。
片手鍋に水を適量入れて3口ガスコンロの左手の所に置いて湯を沸かす。
その間にまな板を取り出してキャベツを軽く千切りしてレタスを適量手でちぎり皿に盛る。
違う皿にウィンナーを4つ取り出してオーブンレンジでチンをする。
フライパンを取り出して軽く油をひいて、熱したら卵を2つ割ってめだま焼きを作る。
作り終えたら湯が沸いたので出汁の素を入れ、味噌をこして、豆腐を適当に四角く切り、乾燥ワカメを入れる。
レンジが終えて、ウィンナーを取り出し、先程のフライパンで適当に焼いて皿に盛る。
めちゃくちゃ簡単だが、朝ご飯の出来上がり。ご飯は昨日の分があるのでそれを使用する。
「――はーい。お待ちー」
カウンターキッチンの天板に料理を置くと母さんが立ち上がり「はーい」と言ってダイニングテーブルに運んでくれる。
軽く手を洗って俺もいつもの席に座る。
母さんがご飯を茶碗に入れて俺の前に出してくれる。
「いただきまーす」
「はい。どうぞ。俺もいただきますっと」
めだま焼きに醤油をたらして口に運ぶ。
うん。結構上手く焼けたかな。
「ホント涼太郎は家事が出来て助かるわー」
ご飯を食べながら母さんが感謝の意を込めて言ってくる。
「普通、高校生が家事なんてやらないでしょ? ウチの兄さんも全然やらなかったし」
「あー。叔父さんはやらなそうだよね」
「そうそう。たまにキッチンに立たせるとめちゃくちゃになるし、未だに洗濯機なんて使い方すら分からないんじゃないかしら」
笑いながら母さんが言う。
「まぁ俺は媚びてるからね」
「媚びてるの?」
「バイク欲しかったし。ほら、あんまり親って子供にバイクとか乗って欲しくないって聞くからさ。媚びておこうと思って手伝い始めてたんだよ」
「なるほどね。別に涼太郎も紗雪も勉強頑張ってるし、やりたい事あるなら止めないから別に良かったんだけど」
「まぁ結果として家事出来る様になったから良いんだけどね」
「そうね。将来必要だし。料理も上手いに越した事ないわよね。今日の料理も普通に美味しいし」
「まぁほとんど盛っただけだけどね」
笑いながら言った後に母さんから出た『料理』と言うワードで思い出す。
「そうだ母さん。料理のレパートリー増やそうと思うから今度教えてくれない?」
「別に良いけど、どうしたの?」
「あ、いや、その……」
ここで素直に「アヤノに食べさせる為」なんて言うとトコトン事情を聞かれそうだからやめておこう。
しかし、母さんのラブ探知機をなめていた。
「もしかして綾乃ちゃんに?」
顔をニヤつかせて聞いてくる。
「いやいや。別になんとなーくだよ」
「なんとなくねぇ……。それなら別に増やす必要ないわよ。今のままで涼太郎は十分」
「いやいやいや。なんとなく1人暮らしの為に増やしておこうかな的な?」
「1人暮らしならコンビニ飯で十分」
「栄養バランス偏るだろ」
「若いんだから大丈夫よ」
これは素直に言わないと教えてくれないやつか。
でも、母さんは恋愛話になると面倒なんだよな。サユキはそういうの好きだから楽しそうに話してるのを見るけど、俺はあまり得意じゃないからな。
「――そういえばさ。アヤノのお父さんから聞いたんだけど、3人は幼馴染なんだってね」
ここは遠回しに話を持っていく作戦に出る。
「秀くんから聞いたの?」
「シュウくん?」
「あ、綾乃ちゃんのお父さん」
「あー」
あの人の名前秀って言うんだな。
「そうよ。私達は幼馴染。秀くんはめちゃくちゃ頭良くてね。良く勉強とか教えてもらってたんだ」
「へぇ。医者……だよね?」
「そうよ。あそこの――マンションの近くの病院の院長さんよ」
「いんちょ!?」
はぁ……。そりゃ金持っとるわな。
「それで? 遠回しに上手い事聞こうとしても無駄よ?」
「え!? なにが!?」
「ふふふ。何年涼太郎の母親してるのよ。何考えてるか何てお見通し」
ニヤニヤしながら言葉を続けてくる。
「綾乃ちゃんの為にねぇ。うふふ。綾乃ちゃん可愛いもんねー。そりゃ涼太郎くんも惚れますねー」
「ち、ちげっ! ちげーよ! そんなんじゃないっての!」
「えー? 好きな女の子に料理作ってあげるなんて素敵じゃない?」
「だっ! ちげーよ。俺がアヤノに料理作ってあげるのは――」
「――やっぱり綾乃ちゃんの為なんじゃない」
「あ……。カマかけやがったな……」
「こんなに簡単に引っかかるなんて恋愛が絡むと男って弱いわよねー」
ニヤニヤしながら言ってくる。
「恋愛とかじゃなく……。俺の料理はアヤノのお母さんの料理に似てるからって言われて……。それで作ってあげようと思っただけだよ」
そう言うと母さんは真面目な顔付きに変わる。
「そっ……か。あー。そっかそっか……」
うんうんと頷きながら呟く。
「俺と母さんの料理が似てて、母さんとアヤノのお母さんの料理が似てるって言ってたけど?」
「そりゃ当然よ。私は霧乃ちゃんの師匠だったもの」
「キリノちゃん?」
「綾乃ちゃんのお母さん。高校の後輩だったのよ。私が霧乃ちゃんに手取り足取り教えたんだから」
「へぇ。そうだったんだな」
ウチの家族と波北家って結構繋がりがあるんだな。その割には子供同士の交流は無かったけど。
「そうよ。霧乃ちゃんとはめちゃくちゃ仲良くてね……。うん……。仲良くて……」
母さんの歯切りが悪くなった。
「綾乃ちゃんからお母さんの事何か聞いた?」
「いや、母さんと俺の料理が似てる程度しか聞いてない」
「そう……。なら……。うん……。私からは……」
母さんが何を言いたいかは察しがついたが、追求するのはやめておこう。
「まぁそういう訳だから、もう少しレパートリー増やそうと思って」
「そう……。そうね。最近は男の子が好きな女の子に料理を振る舞う時代だもんね」
「話聞いてた?」
「聞いてたわよー。つまり涼太郎は綾乃ちゃんが好きなんでしょ?」
「なんでそうなった?」
「違うの?」
「ちげーから」
「あんなに綺麗な顔なのに?」
「まぁ……。外見はタイプだけど」
「ほらー」
「中身が苦手なんだよ。無表情だし、何考えてるか分からん」
「――それは涼太郎が開拓してあげたら良いじゃない。涼太郎の手で表情豊かな女の子にしてあげなさい。それが涼太郎の仕事でもあるでしょ?」
「いや、それは俺の仕事じゃないっての。あくまで俺は世話役なんだから」
「世話役ねぇ……。ふふん。さてさてこれからどうなるやら楽しみねぇ」
「絶対に母さんの思い通りにはならないよ」
「どうなる事やらー」
良い年して何でも恋愛に持って行こうとするなこの母親は――。
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