第9話 お嬢様は朝が苦手みたいです

 コンコンっとリズム良く扉をノックする。


 「アヤノ? 起きてるか?」


 彼女の名前を扉に向かって呼ぶが何も返答はない。

 そりゃそうだ。もしこれで返答があれば、こんな朝っぱらから俺が来た意味が無くなる。

 それはそれで仕事が1つ減るから良いんだけど――。


 もう1度同じ様にノックする。


 「アヤノー。起きてるかー?」


 返答はない。


 次は太鼓を叩く様にリズムに乗って扉を叩く。


 返事はない。


 アヤノは勝手に入ってきて良いと言っていたけど流石にノックなしで入るのは失礼だと思った。

 だから一応ノックしたが、ここまで何の反応もないとう事はまだ寝てるってことかな?

 仕方ない。彼女の言う通り勝手に入らせてもらおう。

 もしかしたら着替え中のラッキースケベに遭遇出来るかも……。昨日に引き続き美味しいところ頂けちゃいます? いやーでもそれはそれで仕方ないよね? だって入って良いって言っているんだから。うっしっし!


 そんな期待を込めて乙女の部屋へGO!




 ――開けたドアの先を見ると、どうやら俺の思い描いていた乙女の部屋とは一味違うみたいだ。

 現実を見せられる。


 学習机や地べたには大量の服や本が乱雑に放置されている。ただ、ゴミ屋敷とまではいかず足の踏み場がちゃんとあるので、何とも中途半端に片付けられていない部屋だ。

 

 そんな部屋のベッドで仰向けに寝転がっている美少女がいた。

 寝息は本当に息をしているのか不安になる位に小さく、口からよだれも垂らしていない。まるで眠り姫の様である。


 しかし、寝ている時も無表情なのかと思うとコイツはいつでもどこでもどんなときもキャラを守っているんだなー。と感心する反面、顔から下は無防備であり、布団は蹴飛ばされて服がめくれ、ヘソが顔を出していた。


 寝相は少しだけ悪いみたいだな。

 

 「アヤノ? 起きろよー」


 ポンポンと軽く肩を叩いて言ってやる。


 ――無反応。


 「アヤノー? 起きろー!」


 軽く揺らしてやる。


 ――無反応。


 「おーい! お! き! ろー!」


 少し強めに揺らしてやる。


 ――無反応。


 え? これで無反応なのはやばくない? 結構揺らしたぞ?


 「アーヤーノー! 起きろー!!」


 大きく言ってのける。


 ――無反応。


 「アヤノン。起きて」


 耳元で囁きながら、脇腹をツンツン。


 ――無反応。


 いや、脇腹ツンツンで無反応な事ある!?


 焦った俺は彼女の左手の手首に指を置く。トクントクンと脈打っている感触があるので、リアル眠り姫になっている訳じゃなさそうだ。一安心だ。


「もしかして、お父さんの言ってた『頑張って』ってそういう事?」


 アヤノは一筋縄じゃ起きないって意味だったか……。

 これ朝苦手とかそんなレベルじゃないよな……。

 つか、今までどうやって起きてたんだ? 


 そういえば、やんわりとしか記憶にないが、アヤノはいつも朝ギリギリに登校していた様な……。


 さて、起こさないと今日の分の給料はなしなので、どうにか起こしてさっさと学校へ行きたいのだが……。


 昔ゲームで見たあの技を使用してみるか。


 俺はキッチンへ向かった――。




 ――まさか……。通用しない……だと?


 俺は手に持っていたフライパンとおたまを落とし、その場で崩れ落ちてしまう。


 この技が通用するのは金髪親子だけだってのか……。あまりの人気にリメイク版では戦闘技にも成り上がった技だってのに。くっ……。結果は出ずに残ったのは俺の耳鳴りだけ。ふざけんなし……。ネタが古すぎたか……? 


 現在、時刻は7時45分――よんじゅ!?


 これは中々にまずくなってきたな――。


「――HEY! YO! 起きてないのかYO! 起きてるなら返事くれYO! 返事待つ俺元気待つ。お前の元気は夜明けの電池。常に電池が切れてるお前はめんでぃ。めんでぃお前はただの変人。変人のおっぱいただのちっぱい。ちっぱいちっぱい俺は好き。巨乳が好きだが貧乳も好き。でもぶっちゃっけ巨乳派だYO――YEAH……」


 朝から俺は何をしているんだろう……。


 ラップなんてした事ないのに、追い詰められたり、焦っている時ってまじで意味が分からない行動に出るよな。


 全くの無意味な行動。だがしかし、俺の願いがラップに乗って天に届いたのか、はたまた偶然の賜物か、アヤノがスクッと上半身を起こした。


 この時初めて彼女の無表情以外の顔を拝見出来た。瞼は半分しか開いておらず、かなり眠そうである。


 おお……。こんな表情もするんだな。


 感心したのも束の間。アヤノはすぐに上半身を元の位置へ戻そうとする。


「待った待った!」


 彼女に2度寝の快楽を与えると本格的に遅刻してしまう為、そうはさせぬ様に背中を手で抑える。


 この時の不機嫌そうなアヤノの顔。

 なんだよ……。そんな表情も出来るじゃねーか……。こちらとしたら全く嬉しくないがね。


「おはようございます。お嬢様。もう学校へ行く時間ですよ? ギリッギリですがね」


 少し嫌味っぽく言ってやるとアヤノは不機嫌な顔のまま俺を見る。


「何時?」

「8時、10分前でございます」

「そう……」


 アヤノは呟いて背中に力を入れてくる。

 この野郎。時間ないってのにまだ寝ようとするのか。

 俺は手に力を入れて彼女を支える。


「お、お嬢様? どれだけ寝れば気が済むんですかね? カビ○ンでももう少し寝起きは良いと思いますよ?」

「笛で起こすと寝起きで襲いかかるのに?」

「――確かに……」


 意外だな。アヤノの奴このネタ知ってたのか。


「――じゃなく。早く起きろ――っての!」


 空いている方の手で彼女の手首を持ち、何とかベッドから起こす。


「ホラホラ、早く着替えて」


 パンパンと手を叩いて彼女を急かす。

 しかし、一向に着替える気がないみたいで俺を見つめてくる。


「へいへい。まだ眠っていたいってか? ダメダメ! 遅刻しちまうぜ!?」

「着替え」

「そうそう着替えて!」

「一緒に着替えるの? そこまでは頼んでない」

「――あ……」


 俺は気が付いて「し、失礼しやしたー」と部屋から出ようとする。


「リョータロー」


 呼び止められて振り返るとまるでゴミ虫を見るかの様な目をしていた。


「さっきの下手くそなラップ。後半しっかりと頭の中に刻んでるから」

 

 恐ろしいその目は父親譲りだろう。俺は本日2回目の股間収縮を果たしてしまう。


 チミはそんな表情も出来るのね――。




♦︎




 制服に着替えたアヤノが部屋から出て来たのは8時前だが、顔を洗い、歯を磨いていたら8時を少し過ぎてしまった。


 ここから学校までは、徒歩で駅まで1分。電車で10分。学校の最寄り駅から歩いて15分程度。最短で26分だが、電車の待ち時間や歩くスピードを考慮して30分程度と考えた方が良い。


 予鈴は8時30分に鳴るが、本鈴は8時40分。それまでに教室に入っていれば遅刻とならないので、今から行けば何とか間に合う。


「アヤノ! さっさと――え?」


 リビングを出ようとアヤノに声をかけると目を疑ったね。

 人間驚くとマジで2度見するんだな。


 このお嬢様は何故かダイニングテーブルに座っていた。

 コイツは一体何を考えているんだ?


「何……してんの?」

「モーニングは?」

「モーニング……だと? それは漫画の事を言っているのか?」

「違う。朝から宇宙姉妹は読まない」


 意外と漫画読むのね……。


「なら、もしやブレックファーストの事を言うてるのか?」

「それ。ブレックファースト」

「お嬢様。貴方様に時間という概念はございますか? この野郎」

「縛られるのは嫌い」

「フュー! カッークイイ! ロックだねー。でも今はロックじゃなくて素直に学校行こうなー。ほら行くぞー」

「朝ご飯が無くても最悪紅茶で良い。作って」

「マジで言ってんの?」

「マジ卍」

「ふるっ! てか、意味分かってて使った? 今卍なのはアンタだからな!」

「卍でも何でも紅茶飲まないと学校行けない。そうなると必然的にノルマ達成ならず。今日の給料はなしとなる」

「このマジキチ鉄仮面お嬢様!」

「マジ卍」

「お前がなっ!」


 このまま言い合っていても時間の無駄だ。

 それなら紅茶くらいさっさと作った方が効率が良いだろう。

 飲んだ後はダッシュ確定だけどな。


 昨日も作ってやったので紅茶の行方を知っている。

 手際良く紅茶を作りワガママお嬢様へ提供する。


 このお嬢様、発言通り時間という概念には縛られておらず、絵になる位に美しくのんびりと紅茶を飲んでいた。動画をアップしたらこの紅茶の売り上げが伸びるのではなかろうか。


「――アヤノ。早くしてくれ!」

「紅茶は味わって飲む物」


 カッコいい事言ってるけど、それくっそ安い紅茶だぞ。


「――何をそんなに急いでいるの?」


 コイツの流れている時間の流れは一体どうなっているのだろうか……。


「お前何言って……。この時間から出たらギリギリだろ?」

「ここから学校までは15分もあれば着く」

「――は? そんな訳ないだろ。徒歩と電車だから最速でも26分――いや、そんなに上手くいかないから30分位――」

「――ここまでバイクで来たんでしょ?」

「――お前……。さては……」

「ここから車で15分。それはバイクも同じでしょ?」

「バイクに乗せて行けってか?」


 紅茶を飲みながらコクリと頷いた。


「おいおいおい! 校則違反だろ? バイク通学は」

「学校近くの公園に止めてるのを何度か見たけど人違い?」

「ぐっ……」


 実はバイトの日や、寝坊した日はたまに、本当にたまにバイクで行った日があるのは確かだ。

 しかし公園は遠回りになるから電車通学連中は通らないのだが、たまたまアヤノに見られてしまったのか……。


「バレたら停学だぞ?」

「バレなければ問題ない」

「お嬢様とは思えない発言だな……」


 余裕の顔で紅茶を飲む。


「あ! あれだわ。ヘルメット1つしかないから2人乗り出来ないわ」

「問題ない」

「問題あるわ! 流石に道路交通法は守らないと――」

「ヘルメットなら……ある!」

「へ?」


 軽くテンションが上がった様に見えるアヤノは紅茶を飲み干して立ち上がりリビングを出た。


 俺は飲み終えたカップをキッチンのシンクに持って行き後を追う。


 リビングを出て無駄に広い玄関の戸棚を開けてアヤノが取り出したのはヴィンテージ型のヘルメットだ。それには昨日くれた封筒と同じ可愛いウサギのキャラクターが書かれていた。生意気にもサングラスしてグッジョブポーズをしている。


「とっておきを使う時がきた」

「バイク持ってるの?」


 そう聞くとフルフルと首を横に振る。


「じゃあ何でヘルメット持ってんのよ」

「この【ウサギのヌタロー】がたまらないから、つい衝動買いしてしまった」

「こいつヌタローって言うの?」

「そう。たまらなく可愛いでしょ?」


 口元が緩んだいる様に見えなくもないが、やはり無表情なアヤノはヘルメットを撫でた。

 どうやらヘルメットのデザインが気に入ってバイクは持ってないけど買ってしまったと――。


「これで問題ない」

「まぁ道路交通法は問題なくなったけどさ……。校則的にはガッツリアウトだけどね」

「あんなものは学校が勝手に決めた自己満足。法律さえ守れば何の問題もない」

「口わっる」

「事実を言っただけ」


 しかし、このまま通常通りに電車を使えば確実に遅刻だ。


「――仕方ない。お嬢様がそれで良いなら従いますよ」

「かっ飛ばして」

「法定速度を守り、モラルのある運転を心がけましょう」


 現在8時15分。この家に来て1時間以上経過して、ようやく学校へ向かった。

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