第5話 波北 綾乃とショッピングモールへ来ました①

 途切れ途切れの会話はいつしか無の極地となり、喋るってなんだっけ? 状態となる。

 ショッピングモールに着いても「ふぅ。着いたなー」なんて会話もなく、黙って2人して2重の自動ドアを潜る。


 俺はこのショッピングモールには何回か来た事がある。

 基本的には妹と服を買いに来たり、ランチしたりとショッピングモールなので使い勝手が良い。


 食品売り場はこのまま1Fを真っ直ぐ行った先にある。

 なので真っ直ぐ食品売り場へ行こうとすると、波北は有無言わずにエスカレーターへ直行する。


「ちょ? 波北さん?」

「なに?」

「食品売り場はあっちでっせ?」

「――私はそっちに用事はない」


 あれれー? 欲しい物って食料品じゃないの?


「別に1人で行くからアナタはそっちに行けば?」


 おいおい。表情通りに冷たい事を言いやがる。アンタが手作り料理を作れと言うからここまで来たってのによ。

 

 一緒に買い物して食料品見ながら何を作れば良いかのヒントを貰おうと思っていたのに。


 これ、放置して1人で行った方が良いの? それとも付き添った方が良い? どっちが正解?


 ――まぁ一応勤務時間内だし、お客様を放置なんて出来ないわな。

 なんだこれ? 清掃の仕事だよな? 何でこんなに気を使わないといけないだよ。


「――来るの?」

「仕事だからな」

「仕事なの?」

「飯作るまでは仕事だから付き添うよ」

「そう」


 別に来なくても良いのに、何て言いたげな返事。まぁ無表情で無機質な声だから分からないが、そんな感じである――。




 ――波北にお供してエスカレーターで一気に3階までやって来る。

 彼女の用事なので、先程とは逆に俺は彼女の右斜め後ろを歩く。


 2、3階は妹と良く来るが、2階がレディースファッション。3階はメンズファッションというイメージなんだけど――。

 もしや、波北はメンズファッションを着こなす僕っ子系なのか? 


 ――いやいや、僕っ子ってそういう意味じゃないだろ。それに3階には雑貨も沢山あるし、そう言った店に用があるのだろう。

 だがしかし、メンズファッションの波北も見てみたいな。


 頭の中で男物の服を着た波北を想像していると、目的地に到着したみたいだ。


 フューチャー書店と書かれた看板。

 あー、本屋に来たかったのね。


 彼女は他の商品には目もくれずに女性誌コーナーへ直行した。

 俺もそれに続いて興味もない女性誌コーナーに立つ。

 今までの感じから、目当ての物をすぐに手を取り秒で本屋を後にすると思われたが、波北は手に取った本をペラペラとゆっくり読んでいる。


 あ、立ち読みとかするタイプ? 意外ねー。

 何て思うのと、

 まさかの俺には縁のないコーナーで立ち読みかよ。

 という感情が入り混じり、さてはて、俺はどうしようかと考える。


 「波北。俺違う所見て来るから、終わったら声かけてくれよ」


 そう言うと、聞こえてないみたいに無反応であった。

 流石にこの距離で聞こえてないってのはあり得ないだろうから、無表情クールキャラを守ってるのね、何て解釈して俺は漫画コーナーへ足を向ける。


 すぐ隣にある漫画コーナーでは、今人気の少年漫画のコーナーが出来ており、漫画のシーンのくり抜きがデカデカと貼られていた。

 これは妹も好きな漫画である。

 アニメが神過ぎて男女問わずの人気まで上がりつめた作品だ。

 俺も妹のを拝借して読ませてもらっているが、少年漫画らしい作品で好きだ。


 お! 新刊出てんじゃん!

 アイツ買ったかな? いや、買っておいてやるか。


 俺はスマホを取り出して妹へメッセージを送っておく。

 新刊を手に取り他のコーナーに目をやると、俺が今読んでいるラブコメもピックアップされている。

 設定が異色のラブコメディで、こちらも少年誌ながらに女性からも高い支持を受けている。

 誰派? なんて派閥も出来て、こちらも妹と「〇〇が可愛い」とか「この巻の〇〇がヤバ過ぎる」なんて会話が楽しい。

 こちらはまだ新刊が出ていない。

 しかし、もうすぐ最終回であるので少し悲しいな。

 でも、今人気絶頂のところで終わらすという作者の英断は素晴らしいと思う。

 ラブコメは短い方が良いよ。ラブコメは短い方が――。うん……。短い方が良いよね……。


 他にも何か面白そうな漫画はないかな? と漁って見るが、他には興味をひかれる物はないらしい。


 おっと、彼女の立ち読みもそろそろ終わったかな? 


 俺の買い物じゃないからゆっくりは出来ないよな。


 女性誌コーナーへ戻ると、あの無表情無機質クールお嬢様の姿は無かった。


 あんにゃろ。俺の事ガン無視でどっか行きやがったな。


 探すって言ってもアイツの連絡先知らないしどうする? 流石に放置ってのは罰が悪いし。


 少し考えながら突っ立っていると「リョータロー」と呼ばれた。

 振り向くと目の前にはこのモールの中で誰よりも整った顔をしているのではないだろうかと思う位に綺麗な顔の女性が立っていた。


 別に名前で呼ばれる事はあるが、いきなりこんな美少女から名前呼びされるとドキッとしてしまう。


「忘れた」


 しかし、そんなドキッも主語がない言葉でかき消されてしまう。

 全く何の話をしているか理解出来ないので首を傾げる。


「財布忘れた」

「財布?」

「来て」


 それだけ言って先にレジに向かって歩く。


 なるほどね、本を買おうとしたけど財布を忘れて買えないって訳か。

 それならそうと言ってくれれば良いのに。

 本当に喋るのが嫌いだな。省エネ中の省エネで会話を終わらそうとする奴だ。

 しかし、クールなお嬢様が財布を忘れているなんて少し抜けているところを見ると親近感が少し湧くね。


 ――いや、待て待て。え? てか、俺が払うの? 俺が出すの? 俺そこまでしないといけない? 清掃代行の代行だよ?


 ――はぁ……。男が本程度でグダグダ言うのも格好悪いな。俺も漫画買うし、ついでに出すか。


 レジで保留してくれていた本と俺の漫画で2000円の出費が嵩む。

 これ、バイトしていない高校生なら大分痛手な金額だぞ。


 そんな事を考えながらレジを終えて袋を渡される。

 しまった……。袋分けて下さいと言うの忘れてたから、同じ袋に入れられてしまった。


 ま、良いけど……。


 俺が袋を受け取りレジを後にすると波北が手を差し出してくる。


「ん?」

「持つ」

「いや、良いよ。俺の分も入ってるから」

「そう」


 断りを入れるとあっさり引き下がる波北。

 気を使ってくれたのか? それとも単に持ちたかったのかな?

 無表情なので真意は分からない。




♦︎




 本屋を後にしてエスカレーターで2Fに下った流れでそのまま1Fへのエスカレーターに乗ろうとすると、スタスタと波北は2で降りてしまう。


「ちょちょちょ!」


 足がエスカレーターに乗ってしまいそうになるのをギリギリで耐えて軌道を変え彼女を追いかける。

 後ろに誰もいなくて良かった。


 へいへい。めっちゃ単独行動するやん。


「どこ行くんだ?」

「あっち」


 振り返りもせずに答えて先を歩く波北。

 

 あの、食料品買いに行きたいんですけど、何て言うと「行けば」なんて返されるのがオチだろうから黙って付いて行く。


 歩く事数歩で到着したのはランジェリーショップである。

 無駄に明るい店内とここから見えるブラジャーやパンティが男子の侵入を抑制している――気がする。


 その店に何の躊躇もなく入って行く。


 待て待て待て。流石にここに入るのは俺には無理だぜ? 難易度ベリーハードを超えて修羅だぞ。


 俺は流石に入らずに店の前で待つ事にする――。




 ――ほんの数歩が経過して、手ぶらで帰ってくる波北。

 

 俺の前に立ち見つめてくる。

 やはり美少女、見つめられると照れてしまう。

 

「忘れていた」

「え? もしかしてブラ?」


 冗談で言ったのにコクリと頷く。


「は?」

「それに財布も忘れたから買えない」

「え!? 今ノーブラ?」


 コクリと頷く。

 

 この子まじで言ってんの?

 ノーブラでここまで来たの?

 というか、気が付いたなら帰りなよ。

 あ! 途中で気が付いたから買いに来たのね。それなら納得――できるか!

 

「スースーするから欲しい」

「そうなりますよねー」

「来て」

「いやいやいや。さっきと同じノリだけど、場所が場所だから無理よ?」

「良いから」


 そう言って俺の手首を掴んで俺の返事など無視して誘導される。

 

 あー……。すげー視線が痛い気がする。多分誰も俺の事なんて気にしてないと思うけど凄く視線が気になる。


 そんな俺の気も知らずに波北は可愛い下着を吟味していた。


「どっちが良いと思う?」

「え? え?」

「ピンクと黒」

「お、俺に聞く?」


 まともに話した事もない男子に意見を求めてくるなんて流石だな波北 綾乃。

 そしてまともに話した事もない女子とランジェリーショップで買い物なんて変態だな南方 涼太郎。


「ここにはアナタしかいないから。意見が欲しい」

「え、えーっと……。ピンク……かな」

「分かった」


 黒の方を戻してピンクの下着を持ちスタスタとレジへ行く。

 途中で振り返ってくる。


「どうしたの?」

「なにが?」

「来て」

「な、なんで?」

「財布忘れたからお金貸して」

「あ……。あー……」


 ここも俺持ちね。

 いや、最悪それは構わない。うん。もう良いよ。だけどね、恥ずかしさの限界です。


「はい。これ」


 俺は彼女に財布を渡す。


「これで買ってきな。お、俺は先に出てるから」


 彼女が何か言っている気がしたが、俺は競歩で店を出た――。

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