第367話 足湯を利用する
朝ご飯をホコ天でゆっくりと食べ終わる頃には屋台の数も減り、お客として来ていたこの街の住人っぽい人達の数も減っていた。
麦粥屋台は早朝だけ設置する感じなんだね。
本当に日本の朝市っぽさがあるかも。
俺達は人の通りが多少減ったホコ天で、そのまま食休みを兼ねて足湯を利用してみる。
無料で使える足湯は通りに面していて、石造りの細長い六畳間くらいの湯舟があり。
湯船の周りにベンチのような木の板が断続的に設置してあって、座る場所が視覚的に分かりやすいようになっている。
地元の住人っぽい姉弟が利用していたので、空いている部分にお邪魔する事にした。
「こんにちは、この足湯は無料で使えるんですよね?」
貸別荘まで案内してくれたメイド長さんは無料だと言っていたが、地元住人とのコミュニケーションのために会話の導入として聞いてみる。
俺が声をかけたのは、十歳くらいの男の子を連れた十代半ばに見える人族女性だ。
「ええ、ここは領主様が誰でも使える場所として整備してくださっている場所なので、外から来た人でも使って大丈夫ですよ、こら×××お湯を蹴らないの!」
「は~い」
素足を足湯につけている女性は、たぶん弟だと思う男の子がバチャバチャとお湯を蹴るのを嗜めながら俺の質問に応えてくれた。
子供が足湯ではしゃぐのは万国共通か。
そのまま俺は靴を脱ぎボトムスの裾を膝上までまくり、姉弟の対面に座る。
座るための木のベンチっぽい木の板の長さは三人分くらいなのだが、俺の左右にルナとセリィが座ってきた。
座る前にじゃんけんをしていたので、それで座る場所を決めたっぽいね。
湯舟の端っこからチョロチョロとお湯が常に流れ込んでいて、その反対側では溢れたお湯が側溝方面に流れているのが見えた。
温度の調節はどうしているんだろう……あ、お湯の流れ込み口の近くにもう一つ似たような設備がある、そこから水も入れられるとかなのかな?
そんな事を考えながら温かな湯に足を浸した瞬間、まるで心の糸がふっと緩むような感覚に包まれた。
じんわりと足先から広がる温もりは、血流を促すだけでなく、寒さで硬くなった手足の緊張を優しく解き放ってくれる。
お風呂は自律神経のバランスを整えてくれるっていうが、足湯でもそういった効能があるのだろうか?
足元を温めるというシンプルな行為なのに、これほどまでに心を穏やかにしてくれるのはすごい事だよな。
無料の足湯は体を温めるだけでなく、住民のストレスを軽減する目的もあるのかもな。
湯につけた足がポカポカと温まり、胴体まで暖かくなっていく気持ち良さに浸っていると、ポムポムと俺の顎を肉球で叩いてくる存在がいた。
って、そうか、クロさんの事を忘れていた。
いかんいかん、足湯の気持ち良さは思考を鈍らせる罠だ。
「この足湯に使い魔を入れるのは駄目ですかね?」
足湯の対面にいる十代半ば女性に、俺の首から吊り下げている猫用寝袋から頭を出している黒猫のクロさんを示しながら聞いてみる。
「え? あー、うーんと……溢れて捨てられているお湯の方なら問題ないかもしれませんが……具体的なルールがどうなっているかは、ちょっと私も知らないです、ごめんなさい」
女性は申し訳なさそうに頭を少し下げている。
いやいや、ルールが周知されていないなら知らなくて当然だよね。
これは舞妓なマイさんにレビューとしてあげておこう。
【使い魔にも足湯を使わせたいので、明確なルール設定を看板か何かで設置しておくようお願いします】
ってな。
今回はクロさんに我慢して貰うべく、諦めてという意味をこめて猫用寝袋をポンポンと叩く。
クロさんは高級貸別荘のお風呂を気に入っていたから申し訳ない。
俺からの意思を理解したのか……クロさんは『ニャゥ』と一声あげてから、ちょっと拗ねて猫用寝袋の中に潜り込んでしまった。
ごめんなークロさん、貸別荘に帰ったらまたタライ風呂を用意してあげるからね。
なんなら日本製の高級ペット用お風呂製品で持て成すからさ。
「なぁなぁ、魔物を使役しているって事は、兄ちゃんはテイマーの冒険者か?」
弟の方が、クロさんが引き籠った猫用寝袋を指差しながら聞いてきた。
「いや、俺は商売に来た商人だよ」
「そっかぁ……じゃもういいや~」
冒険者と話をしたかったのか、弟の方はもういいやと会話を終わらせてしまった。
ほんと男の子って戦いが好きだよな。
ダイゴもそういう気質があったんだけど、俺らと過ごすうちに前ほど戦いに拘らなくなってきた。
それでもダイゴの戦闘訓練好きな所は変わらず、ご褒美に何か欲しいかって話になると、俺との戦闘訓練を求めてくる事があるんだけどな。
「あ、もうこの子は! 急に話しかけたのに話をすぐやめたら商人さんに失礼でしょう?」
「え~、だって姉ちゃん、商人だと魔物との戦闘話とか聞けないじゃんか~」
「そういう事ではなくて! ってもう! ……弟が失礼して申し訳ありません商人さん」
十代半ばの人族女性は弟を嗜めるのを諦めて俺に向けて謝罪してくる。
子供ってのはそういう存在だから気にしていないけどな。
俺もガキの頃はTVで見るアクションヒーローに憧れてたし。
「気にしてませんので大丈夫ですよ」
「ありがとうございます商人さん……商人さんはこの街に何かを運んできたのですか? それともこの街の名物を仕入れにきたとか?」
十代半ばの女性は、申し訳なさからなのか、それとも元々話が好きな女性なのか、俺との雑談を始める。
情報を得るのに丁度いいね。
マイさんに披露するレビューのためにも、地元の人間の話は必要だよな。
「ええと、うちの商会は主に服飾を扱っていまして、それを売りに来た感じですかね」
「服ですか? 都会で流行している服とか憧れますよね! もう何処かに卸したのでしょうか? 出来れば新しい服が販売されるお店とかを聞いておきたいんですけど……」
ファッションの話は古今東西女性の興味を引くものだね。
どうしよう、ちょっと見栄を張って『服飾』と言ったが、具体的に『下着』を扱っていますと言った方が良かったか。
ええい、間違った情報が流れてもいかんし、ここは正直に話そう。
「いえ、私ども『ダンゼン商会』は、主に下着を扱っているので、流行りの服とかは扱っていないんです、期待させて申し訳ありません」
「下着ですか? そういえば最近、お手頃価格でお腹あたりまで包んでくれる綿製のパンツが隣国から流れて……あれ? 『ダンゼン商会』って、もしかしてお手頃価格で綿製パンツを扱っているという噂の?」
俺が樹海ダンジョン側の商業ギルドでオークションに出品している格安綿パンツが、国境を超えてこの街まで流れてきているようだ。
ノーパン民が順調に減っているようで良かった。
こんな寒い国でノーパンとか、お腹を壊したり風邪をひきそうだもんな。
「ええ、その『ダンゼン商会』です」
そういや『ダンゼンパンツ商会』ではないんだな。
あれは冒険者街の商人達が、あの街で流行らせている嫌がらせっぽいよな。
「うわぁ……この街の女性達はお手頃価格の下着が広まった事に感謝しているんです、本当に商人さんがあの『ダンゼン商会』の関係者なら、買い物する時とかにおまけをしてくれるかもですよ?」
さっきから俺の謎翻訳が、格安ではなくてお手頃値段という表現にしているのが気になる……。
「ちなみに綿パンツ一枚のお値段を聞いても?」
「え? ……えと……、一枚で銅貨五八枚だったかな?」
うわ、数倍になっているのか……。
「そうですか、教えてくださりありがとうございます」
うーむ、まぁ流通段階で値段が上がっていくのは仕方のない事だと理解しているのだけど。
日本的感覚でいうと、セット売りされているような普段使い用格安綿パンツが、一枚で五千円前後って言われているようなものだろ?
もうちょっと安く流通させたいんだよなぁ……。
高級下着だけでなく、十六色セット格安綿パンツも舞妓なマイさんの所に卸そうかなぁ。
「なぁ姉ちゃん、そこの兄ちゃんは、すごい商人なのか?」
「そうよ~、私もお母さんもご近所の女性達も全員感謝するであろう相手なの、だから失礼な事しちゃ駄目よ?」
「へぇ……大きな商会なら、護衛に雇う冒険者も強かったりするのかな? どうなの? 商人の兄ちゃん!」
なるほど、ダンゼン商会が有名な商会だとすると、そういう考えになるのか。
外からどう見えるかって情報は大事よな。
商会が大きくなればなるほど、普通は護衛を雇っているものなんだろうな。
「うちの護衛か? うちの護衛は俺の召喚獣だな」
「召喚獣!? さっきちょこっと頭を出していた猫型魔物みたいな?」
「いや、君はゴーレムって知っているか?」
「聞いた事あるよ! 石や木で出来た人形の魔物だよね?」
「まぁそんな感じかな? それでうちの商会の護衛なんだが、ウッドゴレームという召喚した魔物に、ごつい前衛冒険者が装備するような重装鎧を……――」
「鎧を着た魔物!? すっげー! なぁ兄ちゃんそれって……――」
こうして俺は、たまたま出会った姉弟と雑談しながら、ポカポカと暖かい足湯を堪能するのであった。
弟の方を楽しませた後は、姉の方に街中のお勧めのお店とかを聞いてみよう。
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