ダンジョンマスターの異世界生活

戸川 八雲

第1話

「おまたせしました」

 そう声を掛けてきたのは冒険者ギルドの受付嬢で、俺はダンジョンからの戦利品を査定して貰っている所だ。


「では魔石と採取された品物でこれくらいです」

 受付嬢が提示した値段はギルド運営の酒場で数回飯が食えるくらいか、まぁこんなものだよな。


「査定あんがとさん」

 俺は特に文句を言う事なく受取書にサインをし、小さなトレイに乗せられたわずかな硬貨をつかみ取る。


 受付嬢は書類のサインを確認しながらも。

「ねえゼンさん、それじゃぁ食べるのがやっとでしょう? 新人なんだし仲間を見つけるなりランクを上げるための依頼を受けるなりしませんか? なんなら初心者パーティとか紹介しますよ?」


 例に漏れず美人な受付嬢さんは、心配そうに言ってきた。

 心配してくれるのは有難い……のだが俺には俺の事情もある訳で。

「申し訳ないな、時間の拘束されるパーティは難しいんだよ」


 俺は受付嬢さんに礼を言いながら冒険者ギルドの外へ出ていく。


 ここは「樹海ダンジョン」や「遺跡ダンジョン」なんて呼ばれているダンジョン側にあるダンジョン街だ。


 その名の通り元々は古代遺跡があった森がダンジョン化した物で、何故ダンジョンが出来るかは知られていない、ただそこに魔物が湧き魔石やアイテムをドロップする、金になる事が分かっていれば良いというのが冒険者やギルドの見解だ。


 ダンジョン内では宝箱や素材採集場所がポップする事が知られている、一度回収された場所でも再度お宝が見つかる事もある事からダンジョンは不思議な場所だという認識だ。


 俺はひとけのない建物の陰へと移動をして周囲を確認する、誰にも後をつけられてない事を念入りにね。

 弱そうな冒険者を食い物にしようとする奴は何処にでもいるのか、前にも尾行をされていたんだよ……その時は衛兵の詰め所方面に歩いていったら諦めてくれたがよ。


 そしてスキルを使う。


「ルーム」

 俺がスキルを発動させると目の前に扉が出てくるので、ささっと中に入り入口の扉を閉める、これで外の扉は消えたはずだ。


 今俺がいるのはマンションの玄関のような場所だ、部屋にあがるべくブーツを脱いでいると中から声がかかる。


「お帰りマスタ」

 そう声を掛けてきたのは、見た目が小学校低学年な青い目の女性型ホムンクルスであるルナだ。


「ただいま、ほれ、魔石を取って来たから頼むわ」

 俺は樹海ダンジョン浅層で魔物を倒して取ってきた魔石を渡す。


 ルナは魔石を受け取ると、フローリングの上を素足でトテトテと音を鳴らしながら部屋の奥に向かう。


 ギルドでも魔石を多少換金しているが、ダンジョンに入っているのに何も換金しないのはおかしいからしょうがなく換金しているだけであって、本当はすべてを持ち帰りたいんだよな……。


 脱いだブーツを玄関に残し部屋にあがる。

 この部屋は俺のユニークスキルである〈ルーム〉を使い異空間に作り上げている部屋で、内容は今の所1DKといった所だ。


 入口の近くに台所と四畳半くらいのダイニングと、他にトイレとシャワー室があって、そして奥に六畳くらいの部屋があり、全部フローリングだ。


 ルナは奥の部屋の隅っこに浮かんでいるダンジョンコアに魔石を入れ終わったようで、またトテトテと音を鳴らしながらと俺に近づいてくる。


「マスタ、ダンジョンコアに力がちょこっと貯まった! やったぜ?」

 まだ生まれたばかりなので情緒が育ちきっていないルナは、口調が安定していないし表情も乏しい、是非お淑やかな美人に育てたい所だな。


「はぁ……仕方ないとはいえ面倒だよな」

「元気だせマスター、ルナが側に憑いている?」


 文字が間違っていそうなルナの励ましに、そのサラサラとした銀髪ロングの頭を撫でる事で応えてやりながら俺は思う。


「なんでこうなっちゃったのかなぁ……」


 ――


 俺の名前は『竹中 全兵衛』、親が歴史好きだったのは良いのだが、半分じゃそのままだから全部でって感性がちょっとおかしいと思うんだ。

 まぁ今は両親共に文句も言えない所にいるんだけどさ……。


 しっかし、まさかこんな事になるなんて……人生何があるか分からないよねぇ。

 大学三年で一人暮らしな自宅のアパートの階段から転げ落ちて……死ん……異世界に来る事になるとか、どうしてそうなるのやら……。


 次元の狭間とやらで神を名乗る相手に会い、世界調律のためにダンジョンマスターをやってくれってまではよかった。

 記憶をもったまま生前と同じ肉体で転移させてくれるらしいしね。


 特典として最初にユニークスキルを選べる事になり、俺は異世界といえど居心地の良い部屋が欲しかったので異空間に避難出来る〈ルーム〉を貰い。

 それと基本スキルとして〈インベントリ〉や翻訳スキルを貰ったし、後はナビゲーターとしてのホムンクルスの種を貰って異世界に飛ばされた訳だ。


 そこは街道と思われる道の側だった、確か神はまずダンジョンコアを設置しろって言ってたよな、一度設置するとしばらく場所が変えられないから十分に考えてやれとも。


 それならばと考えるために街道から外れて木々の裏側にて〈ルーム〉を発動して一旦異空間に逃げる。

 扉を閉めてしまえば外と隔絶されるので安全だ。

 その〈ルーム〉の中は1DKにトイレとシャワー室がある感じだった。


 奥の部屋の何もないフローリングに座り考えを整理する。


 ダンジョン運営は別に命を賭けるものではないそうで、コアが壊されてもしばらくすると復活するとは言っていた。


 だけどコアがないとダンジョンマスターとしての能力が何も使えなくなるらしいので……それは結局命に関わってくるのではないか? とも思う。

 ダンジョンマスター自身が倒されてしまったら終わりだしな。


 ダンジョンは周囲の魔素を吸収する役目を持っており、それこそが世界の調律の役に立つとかなんとか……詳しい事は説明してくれなかった。


 魔素は湧き出すスポットがあったり、魔法をいっぱい使われる場所に多く存在する。

 湧きポイントなんかは先人であるダンジョンマスターに殆ど抑えられているらしいので、人の街に程々近い場所がお勧めと言われた。


 でもそれってコアを壊されて攻略されちゃう危険性も高いんだよね?

 それなら人が来ない場所でノンビリやってもよくね?


 俺はその考えに傾倒してしまったのだ。


 つまり、俺の〈ルーム〉をダンジョン化してしまえば、何処へでも移動も出来るし侵入者は来ないし超安全ダンジョンの出来上がり! とね。


 早速とばかりにインベントリから出してコアを部屋の隅に設置……そして一瞬光った後はうんともすんとも言わなくなった。


 そりゃそうだ、ダンジョンコアは周囲の魔素を吸収すると言っていたが、もしもその魔素がコアを動かすエネルギーも兼ねていたのだとしたら? この部屋に魔素はあるか?


 たぶんないんじゃねぇかなぁ……さっき作られたばかりの部屋だしな。

 扉を開けて入った時に少しは流れ込んだかもしれんが……さっき光ったのはそれを使って起動したんだろうな、一瞬だけ。


 起動したという事は設置が終了したという事で、もうコアは動かせなかったしメニューも開けない訳で、俺は自分の馬鹿さに呆れと後悔を抱きつつ叫んだ訳だ。


「やっちまったぁぁぁぁ!」


 ――


 とまぁ、あれは二週間前くらいの話だったっけかな、その後に仕方ないので〈ルーム〉から外に出て近くの街、いま活動している冒険者街に移動してきた。


 そこでコネのない二十歳かそこらの人間が就ける就職先なんて冒険者くらいしかなかった訳で……〈インベントリ〉に多少の初期物資が入ってなかったらあの時点で詰んでただろうな。


 この世界で一般的に流通をしている服や革鎧や剣、それと旅用の荷物やお金と食べ物も入っていた〈インベントリ〉にはお世話になった。

 たぶんコアを設置する場所を探して歩くのに使えそうな物が最初から入れられていたのだろう。


 多少の金や物資はあれど無限にある訳でもないので、ひいこら言いながら樹海ダンジョン浅層で採取をしたり、スライムを倒したりしている訳だ。


 幸い〈ルーム〉のおかげで宿代がかからないのが良かった。

 この世界にはレベルなんてのもあるらしいし……スライムでレベルを上げつつ生活を安定させるしかないかななんて思っていた。


 何処か安全な場所があれば〈ルーム〉の扉を開きっぱなしにして魔素を吸収するという手段もあるが……よわっちぃ俺がそんな便利そうなスキルを持っているのに気付かれたらどうなる?


 答え:奴隷にされる


 奴隷紋なんて魔法だかスキルだかが存在するし、契約を遵守させる魔法契約なんてのもあるって神も言ってたからな、うかつな事は出来ねぇ。


 転機が訪れたのは、一週間程そんな最底辺の冒険者の真似事をしていた時だ。

 ギルドで換金し忘れた魔石をポケットに入れたまま〈ルーム〉に帰ってきた時に、コアが微妙に光っていたんだ。


 最初はその意味を理解出来なかったが、しばらくして魔石を持っている事に気づいた。


 おれは唾を飲みこみながらダンジョンコアに魔石をくっつけてみた。

 すると魔石はコアに吸収されていき、ダンジョンメニューが開けるようになったんだ。


 あの時は嬉しかったなぁ……。


 ただしスライムの魔石一個じゃ情報を色々調べてる途中にエネルギーが尽きてしまったのか、メニューが消えてしまってコアも反応しなくなったんだよな。


 俺は頑張ったよ、頑張って魔石を狩って全部を持ち帰りコアにぶちこんだ。

 そのしばらく後で受付嬢さんに『最近は採取品だけで魔石の換金はしないのですか?』って聞かれて超焦ったっけか……。


 そして色々メニューで調べてナビゲート役のホムンクルスを作るのにも魔素を……というかダンジョンポイントを使うらしい事が分かった。


 ダンジョンコアが魔素を吸収する事によりダンジョンポイントに変換されるようで、ダンジョンポイント略してDPがあればドラゴンをナビゲーターにする事も出来るらしい。


 そして俺のダンジョンコアにはDPがほとんどない訳で、種族を強くすればDPが必要になる、知性を上げればDPが必要になる……何をするにもDPDPDP、メニューを見ているだけでもDPを消費する。


 仕方ないので学習型である人種型のホムンクルスで体も小さく、そして事前知識のインストールも最低限にする必要があったのがルナという訳だ。

 人間種の基礎能力は低いけれど色々教えれば学んで行くらしいしね……。


 ダンジョンマスターな俺とホムンクルスなルナは歳を取らない。

 DPを使って見た目を成長させたり若返らせたりする事は出来ると神は言ってたけど。

 ちなみにナイスバディの女性ヴァンパイア型高性能ナビゲーターにしてみたら二百万DP以上必要になった。


 スライムの魔石で1DPとか2DPとかそんな世界です。


「マスタご飯食べる」

 ルナがそう俺に声を掛けてくる。


「そうだな、ルナは何が食べたい?」

「アンパンと牛乳!」


 お前はひと昔前の刑事か何かか?


 ダンジョンメニューは基本的情報の他にマスターの種族や出身によって内容が変わるっぽいのか、俺の前にいた世界、つまり日本の食べ物なんかを買えたりするのはすごい良かったと思う。


 反面こっちの異世界風の物は基礎的な物しかメニューにないんだよな、硬い黒パンとかさ……。


 ルナの服も日本の物でシンプルな白を基調としたワンピースを着せている。

 こいつ最初にコアから召喚されて出てきた時は素っ裸だったんだよね……ここが異世界でよかった……前の世界なら通報されとる所だったよ。


 ルナには戦闘能力も常識もないので、しばらくは〈ルーム〉から出すのは危険なんだ。

 なので部屋でヒマだろうしと、ついついお菓子やら甘いパンやらをあげてしまうのは……躾的に駄目だろうか?


 俺はまだ二十歳そこそこだったし、子供を育てた事がないから分からないのよね……。


 俺はダンジョンのメニューを操作してアンパンとパックの牛乳を出す。

 ちなみにゴミ箱はダンジョンコアメニューにあり、そこで捨てられたゴミが何処に消えていくのかは知らん。


「ほれアンパンと牛乳な」

「ありが鯛、やっぱ張り込みにはこれな?」

 だからお前は……ってやっぱりこのあいだ一緒にメニューで見た刑事ドラマのせいだな……。


 地球の映画やドラマやゲームがDPを使ったサブスクで見られたり遊べたりするんだよね……しかも俺が見た記憶のない映画とかもあって……日本とリンクしている可能性がワンチャンあるかも?


 ルナの情操教育に良いかと思ってドラマとか映画を見せているんだけど……もっと内容を考えるべきかなぁ?


「マスタ、今日はスパイに行く」

 ルナが床に直接あぐらで座っている俺の膝の上に乗りながら言った。


「おーけいルナ、スパイ物の中でも俺一押しの奴を見せてやるぜ!」

「ひーういごー」

 ルナが俺のあぐらの上に座りながら片手を突き上げ、片手でアンパンを齧りながら元気よくそう告げてきた。


 まぁ召喚したての最初に比べると良く話すようになってきたし大丈夫か。

 またコアのDPを稼いで来ないとな……。


「映画の始まり始まり~」

「おー」


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