第141話 今日一日お疲れさん!(4)

 そんなタカトは何か得体のしれないサインを感じ取っていた。

 もしかして、これはウルトラサイン?

 そのサインに導かれウルトラマンがウルトラの星に帰還していくかのように、タカトの黒目もまた正面の定位置にゆっくりと帰還した。

 だが、そこには顔を真っ赤にした権蔵の肩が小刻みに震えている。

 これはヤバイ!

 ――ウルトラヤバイサインだ! これ!


「このドアホがぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 その勢いたるや宇宙崩壊のビックバン!

 ウルトラ兄弟も真っ青になるぐらいのその大声に、タカトの髪の毛は逆立った。

 そして、勢いあまった権蔵も、その場でドンと立ち上がる。

 そんな権蔵の座っていた椅子が足元にゴトンと倒れた。

 ちなみにウルトラマンの体重は3.5マントンだ!


「ひぃぃぃぃ‼ ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 両手で頭を抱え小さくうずくまるタカト。

 手に持つカマキガルの鎌が、おびえるタカトの頭上で代わるように頭を何度も垂れていた。


 ふぅぅぅー----

 腰に手を当てて半ばあきらめた様子でため息をつく権蔵。

 ――こいつが言うことを聞かんのはいつもの事じゃ……

 今さら怒ったところでタカトの性根が直るとも思えない。

 ――いや……こいつはこれでいいんじゃ……

 おそらく、今回の配達代金も、どこぞの困ったやつにくれてやったのだろう。

 そして、ビン子が言う第六の追加の仕事の報酬もまた、惜しげもなく渡してきたのだろう。

 で……こいつの手に残ったのはカマキガルの鎌と使い古した写真集だけか……

 ――やっぱり……どあほじゃな……こいつは……

「まぁ、お前たちが無事ならそれでいい。次から気を付けるんじゃ。そのカマキガルの鎌は、タカト! お前が好きなように使え!」

 そんな権蔵の声はすでにいつも通りのトーンに変わっていた。


 瞬間! 嬉しそうに飛び上がるタカト。

「えっ! 俺が使っていいの⁉」

 てっきり爺ちゃんに「酒代のかわりじゃ!」とばかりに没収されるものだと思っていた。

 だが、このカマキガルの鎌があれば、念願のあの剣がつくれるではないか!

 そう! スカート一枚だけを綺麗に切り取る伝説の剣!

 その名も! 『お脱がし上手や剣』!

 そんなタカトが持つカマキガルの鎌がうれしそうに上に下にと弾んでいた。


 タカトは喜々としながら店に飾ってある短剣を棚の奥から勝手に引きずり出しては自分の部屋に駆け込んでいく。

 権蔵は、そんなタカトを見送ると腰に手を回し天井を仰ぎながらつぶやいた。

「ふぅ……やっと休息奴隷になったというのに赤貧生活からは、なかなか脱せられないのお……」


 途端、それを聞くビン子の瞳が潤み、うなだれる。

「ごめんなさい……やっぱり……私のせいかも……だって、私……本当に貧乏神かもしれないし……」

 って……どう考えても原因はタカトだろ! あいつこそが貧乏神!

 あいつが勝手に金を使い込まなければ、ビン子たちは最低限の生活は送れているはずなのだ。

 そう、ビン子ちゃんは悪くない! 何も悪ない! と、作者は声を大にして言いたい!


 権蔵はそんなビン子を見る。

「ビン子……お前は決して貧乏神なんかじゃないぞ……わしにとったら最高の福の神じゃ!」

 権蔵のごつごつとした手がいまだうなだれるビン子の頭の上にポンとおかれた。

「子供がおらんワシにとっては、タカトとお前は本当の子供みたいなもんじゃ」

 そんな権蔵の手の下からはビン子のすすり泣く声が小さく聞こえてくる。

「まぁ、確かに金はない……だが、それ以上に生きがいをお前たちから与えてもらっておるんじゃ……タカトなど、ワシの道具屋の後を継ぐと言ってくれておるしな……」

 権蔵もまた少々涙ぐんでいた。

 そんな権蔵はビン子の頭を優しくぽんぽんと叩きながら言い聞かすのだ。

「だから、自分のせいとか思ったらいかんぞ……ビン子……」

「……はい……」

 小さく何度も何度もうなずくビン子の頭。

 

 権蔵は、これで今回の件は終わりといわんばかりに声のトーンを変えた。

「さあ! 明日からは森で食料探しじゃ! だから、早く寝ろ。さて、わしはあいつの仕事ぶりでも見てくるかな」

 そう言い残すと権蔵はタカトの部屋に入っていった。


 しかし、その刹那、タカトの部屋の中から権蔵の怒鳴り声が響きわたる。

「このどあほぉぉぉ! なんで裸なんじゃぁ!」

「爺ちゃん見てくれよ! この写真集! 肝心な食い込み写真のページが何か臭いノリのようなもので引っ付いてみられないんだよ!」

「汚い! そんなモノ近づけるな! 大体、どこぞの誰かが使ったものなんか貰ってくるからじゃ!」

「爺ちゃん! 何とかしてくれよ! 頼むよぉ! 今日一日のお疲れさんなんだから……」

「仕方ないのぉ……こういうものはな、じっくりと指で湿らせてなじませ……こう、ゆっくりと……ゆっく……ええい! うっとおしい!」

「やめてぇぇぇぇ! そんなに無理やりしたら破れちゃうぅぅぅ! 優しくして! 優しく! いやぁあぁぁぁぁ! ひっ! ひっ! フゥー! ひっ! ひっ! フゥー!」

 ビリっ!

 ガクっ……

 その様子を聞きながら涙をふくビン子、もうその顔には笑みが戻っていた。

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