第93話 第一駐屯地(8)

 しばらくして、一人の奴隷兵が駆け寄ってくる。

「隊長、カマキガルの肉片は全く見つかりませんが、もう少し捜索を続けた方がよろしいでしょうか……」

 それを聞くジャックは、「もういい! それよりも、近くに魔物が残っていないかそっちを捜索をしろ! カス!」と言い放つ。

 どうやらかなりイライラしているようだ。

 そんなジャックの苛立ちは、再びタカトに向けられた。

「おい! 小僧! どうやって、これを集めた! 正直に言え!」

「えっ? 知りたいです?」

「てめぇ! なめてるとマジで殺すぞ!」

 ひぃぃいぃいぃ!

 さすがに、あのジャックの目はマジだ。

 これ以上、ジャックをおちょくると命の保証は無いようである。

 ということで、タカトはスカートまくりま扇を頭上に掲げ差し出した。

「へへぇ……お代官様ぁ……これでございまするぅ……」

「なんだこれ?」

「このウチワを一振りすると、あら不思議……」

 その言葉に興味をいだいたのだろうか、ジャックの態度は急変した。

「おぉ! カマキガルの肉片が集まるというわけか!」

 そして、嬉しそうにウチワを奪い取ると頭の上に振り上げたのだ。

「これを、こう振り下ろせばいいのだな!」

 一気に振り下ろされるスカートまくりま扇!


 ビューーーーーーン!


 勢いよく噴き出す無数の突風!


 そして、空の彼方へと飛んでいくジャック隊長!

 あっれぇぇぇぇぇ~


 そう、タカトはスカートまくりま扇のダイヤルを風が噴き出る方向に目いっぱいに戻していたのである。

 今や、ウチワから飛び出す風は最大マックス。

 しかも、ジンベイザメモードRXに魔改造されているため、その反動は直接その使用者に伝わってしまったようなのだ。

「あららら……また、失敗か……」

「って、タカト! スカートまくりま扇がいっしょに飛んで行っちゃったよ! どうするの?」

 慌てたビン子はジャックではなく、ウチワの心配をした。

 しかしそれを、見るタカトは余裕の表情。


 びよー---ん


 と、タカトの手から伸びていた伸縮性の糸が限界まで伸びきったと思ったら、スカートまくりま扇と共に戻ってきたではないですか。


 バシっ!

 それを、かっこよくキャッチするタカト君。

「だいたい俺を誰だと思っているんだ!」

「えっ?」

「俺は、権蔵じいちゃんの一番弟子だぞ!」

「うん!」


 ジャックがいない!

 ジャックが飛んでいった。


 「「「わぁぁぁぁあぁ!」」」

 大きな歓声を上げる奴隷兵たち。

 そんな奴隷兵たちが、なぜかタカトのまわりに集まって、ポンポンとその頭を叩いていく。

「お前、すごいな!」

「よくやってくれたよ!」

「ざまぁみろ! くそジャックが!」

 だが、当のタカトはあまり嬉しそうでなかった。

 いつものタカトなら調子に乗って「俺はエロエロ大王だぁぁァァ」と裸踊りの一つでもし始めるようなシチュエーションであるにもかかわらずである。

 そんなタカトは、次と次と伸びてくる手を邪険にさっと払い続けていた。


 それを見る奴隷兵たちは改めて思うのだ。

 この後、この少年はどうなるのだろうかと……

 そう、吹き飛んだとはいえ、あのジャック隊長がくたばる訳はないのだ。

 ならば、この場に急いで戻ってくるに違いない。

 そうなれば、怒り狂ったジャック隊長の事だ……きっと、この少年の命は……

 なんだか申し訳ないような気がし始めた奴隷兵たち。

 だが、自分たちに何かしてあげれることなど何一つある訳でもなかった。

 いや、それどころか下手に関われば、とばっちりが自分にまでやってくる。

 そう思い始めた奴隷兵たちは、一人、また一人とその場を離れていった。

 

 一人になったタカトは、ついにその場に座り込んでしまった。

 そして、下を向いて何やらゴソゴソとしはじめたのだ。

 もしかして、いじけて地面の上に指でも立てているのだろうか?

 それとも、いまさらながら遺書でもしたためようとしているのだろうか?

 いやいや、タカト君、カマキガルの残骸を解体し始めていたのである。

 って、おいおい、そんなことしていていいのかよ……


「ねぇ、タカト……ジャック隊長戻ってくるよ……」

 と、当然、ジャックの仕返しを心配しているビン子だったが、言いかけたその口を、そこでつぐんでしまった。

 というのも、目の前のタカトは今まで見せたことが無いほど真剣なまなざしだったのだ。


 ちんたらやっていたら日が暮れる。

 そう、今回は解体するカマキガルの数が異常に多いのだ。

 日頃、権蔵と共に魔物の解体をしているタカトにとってカマキガルの解体などは慣れた仕事なのであるが、所詮、つかえる手は2本しかない。

 だからこそ、奴隷兵たちの相手をしている時間すらも惜しかったのである。


 とは言っても、今日は、いつも隣で小言を言う権蔵がいない。

 そのせいか、やけに仕事がはかどった。

 自分のペースで仕事が進められるということが、これほど気持ちのいいものとは。


 用意されていた樽には、いつしか魔血がたっぷりと溜まっている。

 しかし、その樽の周りには無造作に飛び散った魔血が……さらには、地面のいたるところに水たまりまで作っているではないか……

 あれほど、最前線の駐屯地では魔血は大切なものだと言われているにもかかわらずである。

 おそらくこの状況……権蔵が見たら怒鳴り声をあげるどころか、ゲンコツを一発!落としていてもおかしくはないだろう。

 でも、仕方ないのだ……この男、自分の興味のあることしか熱中しないのである。

 興味があるのは融合加工で使うカマキガルの素材のみ!

 そう、時間が惜しかったタカトは適当に魔血の回収を終えていたのだ。

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