一章 キライをスキになる方法

1章 1

 スマートフォンの振動音で、貴之は目を覚ました。


 頭の奥が重い。

 昨日、飲みすぎたか。

 貴之は目をすがめ、ボリュームのある黒髪をかき上げた。


 いくらアルコールを飲んでも酔わない体質なので、つい深酒をしてしまう。それなのに翌日には、しっかりと頭の回転を鈍らせるのだからタチが悪い。

 いや、酔いだけではない。痛みも、喜びも、悲しみも、あらゆる感覚や感情が鈍くなった気がする。


 ――あの日から。


「電話か……」

 貴之はゆっくりと上半身を起こした。


 かけ布団がなくなった上半身から体温が下がっていくのを感じたが、九月下旬の朝はそれほど寒くはない。ブラインドの隙間から日が差しているので、天気はいいようだ。


「まだ九時台じゃねえか。しまったな、スマホの電源を切るのを忘れてた」

 貴之はベッドサイドの時計をチラリと見る。仕方がなく、スマートフォンを手に取った。


「はい」

 寝起きのため、声が掠れてしまう。


「代筆屋の氷藤貴之さんですか?」

 若い女性の声だ。


「そうです」

 返事をすると、電話の先で息をのむ気配がした。


 客か。


 貴之はベッドで胡坐をかいた。固定電話の回線を引いていないので、仕事もプライベートもすべてスマートフォンで受けている。


 といっても、かかってくるのは出版社の編集者ばかりだ。代筆屋のほうはホームページに電話番号を載せておらず、契約後に教えるくらいだから、こちらの関係者からかかってくることはほとんどない。


 なんの用だろう、文面が気にくわなかったのか。そういう連絡はメールでくれと伝えてあるのに。


「あなたの書いた手紙について、言いたいことがありますっ!」

 なぜか女性の声がひっくり返った。怒っているのか、慌ててるのか、緊張しているのか、少々早口でもある。


 思わぬ大音声に、貴之はスマートフォンを耳から離した。

 クレームか? 誰だ。

 貴之の頭がやっと動きはじめた。


「お名前を伺ってもよいでしょうか?」

「あとで伝えます。あと十分くらいで到着しますから。三十分ほど前にも電話をしたのですが、出なかったのでタクシーで出発したんです」

「到着するって、どこに?」

「渋谷にある、あなたの事務所です」


 なんだって?


 貴之は素っ頓狂な声をあげそうになった。

 急に自宅兼事務所に来ると言われても困る。なんの準備もしていない。


 あと十分なんて、着替えるだけで精一杯じゃないか。

 いや、アポイントもなく急に来るあっちが悪い。待たせればいい。

 クレームだぞ、時間がかかれば余計に怒らせるだろう。

 いろいろな思いが一気に頭を駆け巡った。ちょっとしたパニック状態だった。


「今、事務所にいらっしゃるんですよね?」

「まあ……」

「よかったです。では、後ほど」


 電話が切れた。


「しまった」

 携帯電話なのだから、外出しているとでも言えばよかった。

 貴之は頭を抱えた。

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