1-18 セインの裁量

 フロンの言う通りなら、あの部屋はそのままになっているということだ。セインはてっきり産まれて間もない妹の部屋になっているのだと思っていた。

 そう、聞いていたから。

 考えてみれば、すべての情報はベンやイゼルから聞いただけだ。


「それにしてもその恰好はなんだ、セイン」

「え? 恰好って……これは、ベンが用意したもので」


 ズボンの丈こそ長いが、作務衣に似た麻のようなごわごわした繊維でできた服だった。今の寒い季節には、とても辛い恰好といえる。一年を通じて、ベンが用意した衣類はこの様式のものを数点だけだった。

 これまで着ていたもの、持っていた装飾品はすべて没収されていた。

 頭を地面に擦りつけてベンが、たまらず口を開く。


「お許しください! 私は命じられただけで……っ」


 お付きの召使いは、主人となった子供たちを守るため、側に置くために侯爵が用意した人材だ。身の回りの世話や、伝達役、それこそ遊び相手として、貴族ではなくとも字が読める程度の良家の子女を用意したはずだった。今回の場合、それが仇になった。

 近しい家格のものは横のつながりが強く、一方でセインの母親は人間の上流社会に疎かったことも起因した。


「はじめに言ったな。お前に命令できるのは、セインとその母親、そしてこのわしだけだと」

「……は、はい、いえ、ですが」


 特定の人物の側に仕える召使いは、他のどの使用人とも違う。いわゆる主人が頭角を現すことにより、初めてその地位が上がるのだ。どんなに頑張っても、主人が底辺のままでは、その召使も底辺である。

 だが、裏を返せば主人を押し上げる手腕が問われているともいえた。

 そこから逃げ出したベンを、侯爵が許すわけもなかった。


「言い訳をするだけならその口を閉じて置け。それに、お前のことを決めるのはわしではない」


 侯爵は足元にひれ伏すベンに冷たく告げて、フロンがすでに向かったセインのもとへ歩いて行った。

 フロンと侯爵の関心は、すでにセインに向けられていた。

 当のセインはというと、情報過多で少し混乱気味であった。イゼルたちの手は加わったものの、根本的にセインを冷遇していたのは父親だと思っていたが、実はそうではなかったということらしい。

 基本的なことは兄弟間で解決させ、めったのことでは手を貸さないという、能力主義であることには変わりないようだが。


「ねえ、セイン。さっきから手に持ってるその子は、熱くないの? 術だと思ったんだけど、なんだか生きている動物みたいだわ」

「……あっ、これですか? えと、はいどうぞ」


 興味津々の様子だったので、セインはとっさにそれを手渡そうとすると、フロンは「えっ! 触って大丈夫なの」とびっくりして身体を引いた。


「敵意を認識しますので、姉上は大丈夫ですよ」


 セインにそう説明されて、フロンはおそるおそる両手を広げた。火の玉のようなそれはぴょこっと立ち上がって、短い尾羽のお尻を振りながらとことこ歩き、フロンが差し出した白い手に飛び乗った。


「わっ、乗ったわ。というか、生きてるのね、この子」

「ええ、火から産まれたのでその属性が付いたようです」


 ――本当のところは、元からの属性だと思うが、いろいろ確認するのはまたあとで、だな。


 ところで、セインの口調は元々の「セイン」に習っている。いきなり年寄りのような話し方になったら変だということもあるが、自然に口から出る言葉は、慣れているのかそっちの方が違和感がない。


「やだ、もう、かわいい。目に見える羽は燃えている様子なのに、すべすべした感触があるわ。不思議ね」


 フロンの手のひらに乗ったひよこは、たっぷり愛嬌を見せていた。


「これはなんだ? 魔族や人間が使う使い魔、とかいうやつか」


 と、侯爵。


「そうですね、似ているかもしれません。これは式です。術者の意思通りに動く式もいれば、この子のように精神体の妖を憑依させることもあります」

「ほう……妖、なのか」


 いろいろ追及される前に、セインは被せ気味に口を開いた。


「ところで父上、お願いがあります」


 今回のことは突発的に起こった事態で、セインにもわからないことが多い。考察も踏まえて、じっくりと状況を把握する必要があるのだ。なので今は、他の問題を解決することにした。


「なんだ?」

「ベンを解雇してよろしいですか?」

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