恋、しません?

円間

第一話 男友達の家政婦致します

憂さ晴らし

1

 高級感溢れるるBARのカウンター席にて。

 野宮菊子、二十四歳はウエーブの掛かった長い黒髪を振り乱してグラスに入ったピンク色のシャンパンを、ぐいっと飲み干していた。

 店に入ってから、これで何杯目になるのか、数えるのも面倒なほど菊子は飲んでいる。

 グラスから唇を離すと赤い口紅の後がグラスに付いた。

「ふぅ。お代わり」

 菊子がそう言うと、菊子の目の前にいるラフな黒いスーツ姿の男、目黒雨が苦笑いした。

 雨は、菊子とは八歳上の三十二歳。

 若い見た目をしていて、何処か涼し気な顔をした中々の良い男だ。

 しかも、雨は強運の持ち主で、宝くじの高額当選を二回もしており、投資の仕事も上手く行っている。

 ようするに金持ちだった。

 今夜、菊子は雨の奢りで、雨の行き付けだという、このBARへ来ている。

 菊子と雨は、菊子が二十歳の時、クラブでアルバイトをしていた時に出会った。

 客としてやって来た雨と意気投合した菊子。

 それから、菊子がクラブを辞めた後も飲み友達として二人の関係は、だらだらと続いている。

「菊子、俺の奢りだからって飲み過ぎだ」

 雨が言うと、菊子は、ふんっ、と鼻を鳴らし「別に良いじゃないですか。あなた、大金持ち何だから。失業した私にちょっとくらい美味しい思いをさせてくれるくらいが丁度いいわよ」

 菊子はつい先日、仕事をクビになったのだ。

 クビになる様な原因を菊子は思い当たらない。

 ちょっと生意気だったかも知れないが。

 とは菊子本人の意見。

 兎に角、失業という、いきなりの出来事に菊子はショックで三日寝込んだ。

 食べ物は喉を通らず、水道水ばかりが喉を通過していく。

 げっそりと痩せ細り、自他共に認める化粧ののりが良い肌も荒れてしまった。

 シャワーを浴びる気も起らずにまるで引きこもりの様に布団の中にて安アパートに籠っていた。

 菊子の頭は、これからどうしよう、という途方もない問題だけがぐるぐると巡り、鬱の頂点を極める。

 友達の電話での慰めの声も心に届かず。

 万事休す。

 人生の終わりを悟りまくる。

 そんな調子で元気の全く無くなった菊子を心配した雨が、こうして菊子を半ば強引に飲みに誘ったのだった。

 一応の化粧はして、一応、それなりの恰好をして、ウコンドリンクを嗜んで久々の外に出た菊子を眩しい笑顔の雨が待っていた。

 終始陽気な雨を相手に、十秒ごとに、もう帰ろうかと回れ右する菊子は直ぐに雨に引き戻され、夜の繁華街にひっそりとあるBARへと引きずり込まれた。

 BARのカウンター席で雨がマスターに「彼女に合うカクテルを」と頼むとマスターはシェイカーに正体不明の酒達とソーダを投入してカクテルを作ると琥珀色のそれを菊子の前に滑り込ませた。

 空きっ腹にいきなりアルコールは、ちと辛いと思いながらも、しぶしぶと菊子はカクテルを飲んだ。

「美味しい」

 菊子の頬が薔薇色に染まる。

 菊子はもう一口、とグラスに口を付けるのであった。

 それから菊子はナッツやサラミをつまみにお酒を飲み続ける事になったのだった。

 酒の力は恐ろしく、菊子の気持ちをハイにしてくれた。

 雨に絡み、マスターに絡み、他の客にも絡みながらの晩餐は永遠かと思われるほど続いた。






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