第37話 虐待された子供
下山した後、服装をワイシャツとズボンの格好にして、町中にいる依頼人に届ける。アイスドラゴンの鱗を無事に調達出来たのか、眼鏡をかけた依頼人が「ひゃっほーい」と謎の喜びのダンスをして、追加報酬をしてくれた。
「魔力がない種族と聞いてちょっと不安だったけど、実力がある人で良かった。次の機会があれば、また頼みたいね」
この程度の発言ならまだいい方だろう。どちらかというと、仕事が出来るかどうかの基準として見ている程度だからだ。見送られながら店のドアを開けて、外に出る。雨が降っているものの、だいぶ弱いものだ。何かを被る必要はないだろう。雨宿りせずに、グロリーアに連絡を入れて、迎えに来てもらおう。
「嫌な天気ですわね」
そういえばカエウダーラは晴れを好む人だった。どんよりとした灰色の雲と弱い雨。空と同じ色の岩の畳の道。小さい岩と木で出来た建物の数々。ありとあらゆるものが場を暗くさせる。人々が歩く音。跳ねる水の音。馬の軽快な足音と車輪の回す音。そして何かを踏むような音と小さい子の悲鳴。嫌な予感だ。すかさずカエウダーラに伝える。
「悲鳴が聞こえる。ごめん。ちょっと予定変更」
「分かりましたわ。付いて行きますわ」
聞こえるところまで駆けつけていく。馬に乗った人の石像がある広場まで辿り着く。そこから狭い通路に入る。一人ギリギリの幅なのは建物と建物の間だからだ。建物の大きさと形がバラバラなので、複雑になっている。方向が分かっていても、まっすぐに着くことは出来ないだろう。
「そらよ!」
男の声の後、鞭で叩く音が耳に届く。小さい子が悲鳴をあげる。弱々しいものだった。距離が近づいているはずなのに、声の大きさが小さくなっている。マズイ気がする。このまま駆けつけて間に合う保証はない。ならば今できることは牽制することだ。冷たい空気を吸う。
「もう! どんだけ複雑なのよ!」
近所迷惑だと言われるのを覚悟して叫ぶ。流石に私の言動を見たカエウダーラは驚く表情を見せたが、すぐに順応する。
「ほっつき歩くあなたが悪いですわ!」
「しょうがないじゃんか! 土地勘ないんだから!」
ぎゃーぎゃー叫ぶ形で申し訳ないと思いながら、会話を進めていく。歩くことも忘れない。耳を澄ませることも。
「おやっさん。不味いっすよ。誰か来る」
「ちっ」
私達が近づいてくることを察したのだろう。男達は舌打ちをして、どこかに行ってしまった。ひとまず安心と言ったところか。
「自分でやっておいてあれだけど、近所迷惑だよね」
「今更ですの? それにこれどうやって抜け出すつもりでして?」
カエウダーラよ。痛い所を突かないでもらいたい。
「どうにかするとしか。その前に見ておこうよ。そろそろ着くはずだからさ」
ようやく比較的広めのところに出ることが出来た。店の裏みたいなものだろうか。木箱が積まれている。袋みたいなものがいくつもある。その空間の中でうずくまっている子がいた。ニンゲンの金髪の男の子と言ったところか。靴底が破けており、服に血が付いている。擦り傷と青い痣。虐待に近いことが起こったのだろう。
「騒がしいぞこらあ!」
白い料理人らしき小太り気味なニンゲンの男がお怒りになって、ドアを開けてきた。何かが違うと思ったのか、ぽかんと口を開け、私達を見る。事情を察したのか、男の眉が動く。
「中に入りなさい」
男の言葉に甘え、建物の中に入る。控室のようなものらしく、ハンガーラックや鞄などがある。真ん中の机の上に遊び札がばらまかれている。向こう側が賑わっている辺り、絶賛営業中と言ったところか。
「悪いね。汚くって」
男が申し訳なく言った。確かに小汚いかもしれないが、許容範囲内だ。
「いえ。お構いなく」
静かに頷いた男は小さい子に向けて、
「ヒール」
と治癒に関する魔法を唱えた。擦り傷の数が少なくなり、青あざがやや薄くなっている。これに関しては私達には出来ないことだ。
「悪いな。俺はこういった学を知らんから、これぐらいが限界だ」
だというのに男が謝ってきた。小さい子が横に振る。そうじゃないと言いたいぐらい、髪の毛が乱れるほどの振り方だ。
「いえ。処置してくださってありがとうございます。私達だとすぐに改善出来るわけではありませんから」
カエウダーラが丁寧に感謝を伝えた。こういう美女に感謝されると、男として嬉しいものだろう。男の頬が赤くなっている。
「それはこちらの台詞だ。立派な虐待ものだしな。ここだと戦争の名残で色々と面倒ごとがあってな。坊主。ご両親はいるかね」
面倒な事情を知ってしまった。国同士の衝突なので狩りに支障が出ない事を祈りたい。男の問いに男の子はどう答える。
「ん」
短く答え、頭を傾げた。これをどう捉えておけばいいのか分からない。
「そうか。いないのか。そうなると奴隷商人と共にこの町に来た形か」
奴隷商人。聞いたことのない言葉だ。
「奴隷商人とは一体なんですの」
すぐにカエウダーラが聞いている。男は目を大きくした。そして真剣な眼差しで私達を見る。
「だいぶ厄介な話になるがいいか?」
「うん。お願いします」
いずれ知る事になるものだ。だから覚悟を持って、聞くしかない。
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