第32話 回復(リハビリ)31 大作ゲーム

 とある土曜日の午後、薬子やくこはまた実家からの荷物を受け取っていた。たくさんお茶をもらったからお裾分け、と言われたので、ついでに細々と欲しいものを頼んでおいたのだ。


 薬子はさっそく母に電話をかける。


「荷物、ついたよ。どうもありがとう」

「良かったわ。中身に異常はない?」

「うん、箱は綺麗だよ」


 薬子は母に促され、箱を開けてみた。真っ先に米の所在を確認する。また五キロ、これでしばらく買わなくてもいい。


「お米とお茶ね。しっかり入ってるよ」

「箱の底に、封筒は入ってなかった? クリアファイルに入れてあるんだけど」


 薬子はすぐにその透明なファイルを発見した。


「封筒の中身は手紙と、商品券よ。クレジットカードのポイントがたまってたから、もらったの」

「また送ってもらって……いつもすまないねえ……」

「その小芝居いらないから。じゃ、また電話するわね」


 薬子は電話を切ってため息をついた。もらってばかりで気が引けるというのももちろんあったが、もっと気になることがある。だんだん母からの電話の間隔が、短くなっているような気がするのだ。


「うーん、ばれてるってことはないと思うけどなあ……」


 薬子は頭をかいた。もう少し嘘にパターンを増やさないとまずいか、と思いながら、いつものようにパソコンに向かう。


「あれ、なんかルームに誘われてる」


 大きなサークルの中、趣味が一緒の者が集まって語り合う同好会を「ルーム」と呼んだ。現在百近くのルームが存在しているが、その詳しい活動内容は参加してみないとわからない。


 ルームの参加方法は二つ。主催者から誘われるか、自分から参加希望を主催者に出して認められるか。今回の薬子は前者のパターンだ。


「ああ、ゲームのルームか」


 そういえば流れで、昔やっていたゲームの話になったことがある。振り返っても薬子には大した思い出はなかったのだが、主催者は「やる人」として認識していたようだ。


 試しにルームをのぞいてみる。ルームにはすでに書き込みがたくさんされていて、話が盛り上がっていた。どうやら、最新作の発売が近くなって盛り上がっているようだ。


「ああ、確かそんなCMを見たような気がする……」


 書き込みはどれも熱っぽく、皆が破顔している様子が手に取るようにわかった。シリーズの常連キャラクターの誰が好きだ、新しく出てきたこの子がかわいい、今回の黒幕は誰だろう……昔、小中学校でクラスの皆が語り合っていた雰囲気にそっくりだった。


「こんにちは。お誘いありがとうございます。正直、やっていたのは小学生の頃なんですが……ウサギみたいなキャラクター、いませんでしたっけ?」


 ややあって返信が届いた。


「ラビラビですか? 一時期、アニメにも出てた」

「そうだった、アニメ映画もやってましたね。他に分かるのは……」


 薬子は辛うじて覚えているキャラを次々あげていった。今も現役のものもあれば、何代か前にリストラされてしまったものもいる。商業の世界は厳しいのだ、と薬子は思い知った。


「今作は新しく五十体が追加されるんですよ!」

「へえ、今作にも乗れるモンスターが居るんだ……」

「いやあ、薬子さん、結構わかるじゃないですか。新作、一緒にやりましょう!!」


 会話を続けていると、いつのまにかこういう流れになっていた。全然やる気がないとは、言いだしにくい雰囲気だ。一応、ゲーム機本体は昔に買っていたから、ソフトだけ手に入れれば済むのだが……。


「考えてみますね。新しいモンスターがいっぱいで、ついていけるかな……」

「バージョン二つあるんで、どっち買ったかも教えてくださいね!!」


 その熱意に引っ張られて、薬子は言葉を濁したまま退出した。サイトを閉じてから、腕組みをしてしばし考える。


「とりあえず、どんなのか雰囲気だけでも見てくるか」


 発売は今週の金曜日。今日は火曜日だから、もう少し時間がある。家から数分のところに家電量販品があるから、そこのゲームコーナーに行ってみればいい。


 翌日、薬子は量販店のモニターを見ながら、ため息をついていた。


 跳ねる、飛ぶ、甘える、転がる。全ての動きが、昔とは比べものにならないほどリアルだ。


「本当に同じタイトルかね、これが」


 二次元画面しか知らない薬子は、じっとそれに見入っていた。すると、画面が変化する。小さな赤いドラゴンと、水色の妖精が横並びに立った。彼らの目の前には、明らかに強そうな幽霊型のモンスターがいる。


「へー、これが噂の協力バトルか」


 インターネットでつながると、強い敵に一緒に立ち向かえるのだそうだ。昔は目の前の相手とのみ、しかも有線のケーブルを使わないとできなかったのに。


「これなら盛り上がるかあ」


 バトルの様子をしばらく見ていると、薬子もやってみたくなった。今なら一人ではないし、という思いも背中を押す。予約しておくと数百円安くなるようなので、店のカウンターへ向かった。


 金曜日の朝、明るくなってから薬子はのそのそと起き出した。予約してあるからそんなに早く行く必要はないのだと分かっていても、どうしても気が急いてしまう。気が小さいからだと薬子は思った。


 孫や子に頼まれたのだろうか、いい年の大人たちが先を争うように店に入っていく。薬子はその後からゆっくりついていった。


「うわ……」


 ゲームコーナーのある階に到達するなり、長い列ができているのが見えて薬子はうめく。案内板を持った店員が、客を必死にさばいていた。


「本日発売のブレイブ・モンスター最新作。お求めの方はこちらのカウンターにお願いします。ご予約済みの方は、予約券をご用意ください」


 列はじりじりと進み、ようやく薬子の順番がきた。ソフトと特典のポストカードをもらい、支払いを済ませて外に出る。袋を下げて家に帰るまでのこの時間が、実は一番わくわくする瞬間かもしれない。


「ああ、そっか……」


 子供の頃もそうだった。薬子の住む街は田舎で、昔はネットショッピングもそうなかったから、ゲームが欲しければ近くの街まで車を出してもらわなければならなかった。


「帰ってからにしなさい」


 携帯機のゲームであっても、母は決まってそう言った。薬子はいつも帰り道はうずうずし、帰りの道が混んでいたりすると本気で怒ったものだ。


「懐かしいな……」


 思い出という副産物を得て、薬子は帰宅した。充電してあった本体にソフトを刺し、オープニングを見る。そして、自分の分身となる主人公の設定にかかった。


「名前を入力できるのか」


 昔は本名を入力して喜んでいたものだが、大人になるとちょっとそれは恥ずかしい。迷った末、昔好きだったゲームキャラの名前にした。主人公の外見も、そのキャラに合わせて設定していく。


「これでよしっと」


 ゲームを開始すると、主人公の自宅から冒険が始まる。主人公は名門魔術学校に入学が決まり、今日その学校に向けて旅立つのだ。


 母に挨拶をかわし、幼なじみ──彼も同じ学校に入学し、後にライバルとなる──と一緒に家を出る。その道中弱いモンスターでバトルの練習をし、山を抜けて学校のある街に辿りつく。


 ここで一旦セーブして、薬子はゲーム機から顔を上げる。あっという間に、一時間が経過していた。主人公作成とパートナー選びだけで、ずいぶん悩んでいたらしい。


「パートナーはやり直しきかないもんなあ」


 元気な小竜、大人しい人魚、そして生意気だが知恵者の妖鳥。薬子は小竜と人魚で悩んで、結局小竜を選んだ。小さい体ながら必死に火を吐いて敵を追い払う姿が、実にかわいらしい。


「みんなはまだだよね。普通の人は仕事だもの」


 最初はそう思ったが、薬子は念のためルームをのぞいてみた。すると驚いたことに、結構な量の書き込みがある。


「今日は有給とりました!」

「右に同じー」


 無職仲間というわけではなく、だいたいの人はこの日に合わせて仕事を片付けたという。すごい情熱だ。


 それだけではなく、もうすでに結構なところまで攻略を進めている者がいる。深夜にあがっているゲーム画面のスクリーンショットを見て、薬子は驚いた。そんな時間にやっている店があるのだろうか。


「ダウンロード版ですよ。今日の零時になった瞬間から、公式ストアで購入できるんです」


 ゲームカードを買うより遥かに本体の容量を食うが、最速で遊べかつ売り切れる心配もないため、結構人気があるのだそうだ。


「知らなかったなあ……」

「ってわけで、ネタバレ踏みたくなかったら気をつけてくださいね。もう中ボスまで進んじゃった人もいますから」

「わ、わかりました」

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