第29話 回復(リハビリ)28 ○OOM的なアレ

「あー、またマイクオフにするの忘れてた」


 薬子やくこはオンライン会議アプリそのものに、あまり慣れていない。こだわりはないから、みんなが使っているものをインストールしている。世界で一番使われているアプリだそうだ。


 それは本当だろうか。なんだか複雑なボタンはたくさんあるし、余計なところを押して全画面表示にしてしまいおたおたするし、通信は時々切れるし。


 そもそもパソコンのカメラがどこについているかも知らなかったため、初期はどこに目をやっていいかも分からなかった。


 しかし泣き言ばかりも言っていられない。会の参加者の中には、薬子より遥かに年上の人もいるのだ。日常で使うとは思えないお年寄りが、スマホの操作をしている場面にもよく出くわす。薬子だって、やればうまくなるはずだ。……多分。


「あ、また集会、夜なんだ……」


 社会人サークルだから、平日に皆が集まるのは当然仕事が終わってから。大体、二十時~二十二時開始の会になる。その頃には、薬子は大体風呂をすませていた。


 暇はあるのだが、その状態から毎回化粧をするのが面倒くさい。一回肌になにかを載せてしまったらまた落とさないといけないので、薬子にとっては地味に大変なのだ。


「その程度、サボるなって言われたらその通りなんだけどね……」


 しかし参加回数が増えるときつい。薄く下地だけ塗ってみたりもしたのだが、あまり見た目に変化はなかった。やはりやるなら、ちゃんとファンデーションまでやらなくては意味がない。


「この会も、また新しい人が増えたね」

「全部とはいわないけど、新しい人だけで集まるコーナーがあってもいいかも」

「いいね。私もそう思ってた」

「そういう場があったら、助かると思います」


 話に相づちをうちながらも、薬子は違うことが気になっていた。参加者の中に、一際肌の綺麗な女性がいる。どうやったらそうなれるのか、聞いてみたい。


「あー、話してたらお腹空いてきちゃったね」

「あ、あの……一ついいですか?」


 白く、しみ一つない肌の女性に、薬子は意を決して聞いてみた。


「いつも綺麗にお化粧されてますよね」

「え、あたしが?」


 困惑されるかと思ったが、相手はけらけらと笑った。


「誰のことを言ってるかと思った。そんなこと、いちいちしてるわけないでしょー。面倒くさい」


 薬子に気を遣って言っているわけではなさそうだ。


「じゃあ素肌が白いんですね。うらやましいな。私、毎回化粧するのが面倒なんですけど、そんなに肌が綺麗じゃなくて……」


 それを聞いた女性は一瞬照れくさそうな顔になった後、ふと思案してみせた。


「それもあるって言いたいところだけど……薬子さん、ほんとにフィルターのこと知らないの?」

「フィルター?」

「肌を白く見せてくれるオプションがあんのよ。それを使えば化粧いらず」


 写真の加工のようなものか。しかし、常に動き続けるモニター中の人間に、そんなことができるのだろうか。


「で、でも……フィルターだけで自然な感じになります?」

「自分で確かめてみたら? 今、パソコンで操作してるよね? すぐできるよ。カメラの横に下向きの矢印があるでしょ? そこをクリックしてみて。なんか新しい画面が出てくるから」

「はい」


 言われたとおりクリックしてみると、本当に画面が変わった。


「カメラってとこをクリックしてみたら、下の方に『画面を補正する』って項目があるでしょ? そこにチェック入れるだけ」


 薬子が言われた通りにしてみると、一気に自分の顔が白くなっていた。


「なにこれ、面白い!」


 感動している薬子を見て、女性が笑っていた。


「薬子さんもできたじゃん。一回やると、やめられなくなるのよねコレ」

「確かに」


 薬子も楽しくなってきて、くすくす笑った。


「メイクもできるって知ってた?」


 すると女性が、また薬子の知らないことを言い出した。


「いえ、全然。それは、時間がかかるんですか?」

「すぐよすぐ。フィルターと似たようなもんだから」


 さっきと同じ、設定の画面を再度開く。今度は、背景の個別設定の画面を開いた。


「その画面の一番右端に、『スタジオエフェクト』ってのがあるでしょ? そこクリックしてみて」


 移動してその画面を開くと、眉毛・口ひげ・リップカラーを選択する欄が出てきた。薬子は試しに、口紅の欄から適当な色を選んでみた。


 その状態で顔を傾けると、ちゃんと口紅がついてくる。少し浮いた感じはあるものの、それも明度や色味をいじればかなり自然になる。頬紅も入れられて、ちゃんと頬が上気したような感じに仕上がった。


「うわ、すごい!」

「パーツだけじゃなくて、こういうのもあるよお」


 不意に、メンバーの一人が動物の顔に様変わりした。フィルターの下の方に動物のマークがあるから、それを選ぶと完全にアバターに切り替わるようだ。


 他の面子が、手を叩いて笑う。


「すごい、ガミさん似合ってる」

「顔出し必須の会はダメだけどね。しゃべるだけなら、これで参加するのも楽しいよ!」

「動物がテーマの会なら、全員これにしてみても面白いんじゃない?」


 ひとしきり話が盛り上がった。話の切れ目を見つけて、薬子はまた女性に話しかける。


「ご親切にありがとうございます」

「真面目だねえ薬子さん。気にしなくていいよ。って、もうこんな時間か」


 解散時刻が近付いていた。画面に、カウントダウンの表示が出ている。薬子は皆に笑顔で手を振ってから、退出のボタンを押した。


「今日の会は良かったなー」


 薬子はやっと肩の力を抜いた。色々教えてもらって良かった。これならもっと、色々な会に参加できる。


 それからしばらく、薬子は開催予定の会をチェックし、いくつかに申し込みを入れた。……珍しい動物アバターも、今度試してみよう。

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