第8話 なぜ女の子は皆『ミステリアス』なのか?
それからアセナが来て3日が過ぎた。
その頃になるともうアセナも立って歩けるようになるまでには回復した。
「気持ちいいね」
今はベランダで夜風に当たっている。ここ最近暑い日々が続いたけど、さっき雨が降ったおかげで、窓をあけると涼しい風が入ってきた。
「この町の人、明かりをつけてこんな時間まで働くんだ」
「まぁね、夕暮れ時に【霊象獣】が発生するからね。そこまでは何があってもいいように起きているんだ。それは帝国でも同じだろ?」
「そう、だね……【
なるほどね。これが文化の違いってやつなのか。
「……だけどやっぱりこっちは空気が濃いね。頭を動かすとまだ少しめまいがするよ」
悪いことをした。今日の俺が夜勤当直当番で、少し様子を見にお邪魔しただけだったんだけど、長く居座ってしまったみたい。
「そっか……ならもう休んだ方がいいかもね」
「うん、そうさせてもらおうかな」
おやすみ、といって俺は休憩室を後にする。
やっぱりこっちの【霊象】は【蒼血人】の肌には合わないのかな。
国境警備隊の人たちは、長いこといるから慣れているのかもしれない。
万全になるまでもう少し時間がかかるかも。
下に降りてくると、まだ二人が居残っていた。しかも二人して蜂蜜酒で一杯やっている。
「どうだった。様子は?」
グラス片手にシャルが聞いてくる。
「ああ、うん、なんか空気が濃くて、少しめまいがするって言ってた」
「そっか、帝国は標高の高い地域が多いからね」
「となると都の方ね。そんなに遠くからどうやって来たのかしら?」
帝国の首都はまでは飛行艇でも10時間かかる。列車でも3日から4日。相当な距離だ。
「何か聞いていないエル?」
首を横に振った。
なるべく側にいて、いろいろ話したけど、そういうことあんまり話してくれなかった。
事情を察して俺の方も積極的に聞き出そうとしなかったというのもあるけど。
「話したくないみたいで、だからあまり強く聞くのもあれかなって……」
「そっか……ほんとミステリアスな子ね」
「ほんと昔っからエルやんって変な子好きだよねぇ」
「誤解を招く発言はやめい」
そんな断じて人様に言えない個性的な趣味はねぇよ。
「まぁ、話してくれるまで待ちましょ? まだ3日よ? じっくり打ち解けていってくれればいいんじゃないかしら?」
そうですね、と俺は呟く。
「……やっぱりまだ痛みますか?」
ふとシャルが、カサンドラさんが足をさすっているのに気づく。
「え? ええ、少しね、【霊象】のせいかしらね」
湿布薬を用意します、とシャルが席を立って、話もお開きとなろうとしたその時。
2階から飛び起きたみたいにベッドがきしむ音がしたと思ったら、バタバタと足音がして、血相変えたアセナが降りてくる。
「あら? 起こしちゃったかしら?」
「いえ、みなさんこそ、ここで何をしているんです? 行かなくていいんですか?」
「行くってどこへ?」
「この協会には【
どうなっているの? とでもいうかのようにアセナは両眉をあげて当惑していた。
それはこっちも同じ。いったいどうしたんだ?
「まさか!? アセナさん分かるの?」
混乱する空気の中、何かに気づいたカサンドラさんが口を開く。
そして現在、協会か抱えている事情をかいつまんで説明した。
「そういうことだったんですね。分かりました。地図はありますか?」
素早くマグノリア近郊の地図を広げられたところで、ようやく俺も理解する。
「ここから走って30分の距離、方位は北北東――」
「……近いわね」
地図上で指を走らせるアセナは真剣そのもの。
言葉も熟練者のようによどみない。
「個体数は一だけど――【歩兵級】にしては強すぎる。でも【
驚いた。まるで以前のカサンドラさん並みの予報に面を食らった。
「――あと現地へ行かないと」
「す、すごいね……アセナさん」
「ほんと……って、感心している場合じゃないわ。二人ともすぐに向かってくれる」
「はい!」「了解!」
急ぎ俺らは支度をした。まだラジオの霊象予報まで時間がある。
今度は国境警備隊に先を越されることもなさそう。
「……信じてくれるのですか?」
弱々しいアセナの問いかけにみんな手が止まる。
「素性も言えない人間の言葉を信用できるのですか?」
「だって……ウソじゃないんでしょ? そんなのは目を見れば分かるわ」
素直にカサンドラさんの言う通りだと思う。
「出会ってから確かにまだ短いかもしれないけど、アセナがそんなウソをつく人じゃないって俺らは知っているから」
生真面目なまでの誠実さが空回りしてしまう子だってことはもう知っている。
そんな人がウソをつくわけがない。
もしつくんだとしてもきっと何か理由があってのことだと思う。
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