第九九編 献上品とミクペディア

「そうじゃなくてさ、俺が聞きたいのは『桃華ももかのバレンタインについてどうしたらいいか』ってことなんだよ」


 脱線しかけた話を軌道修正しつつ、俺は続ける。


「これまでずっと、桃華にバレないようアイツの恋を陰から支援サポートしてきたし、その方針はこの先も変えるつもりはない。……んだけど、じゃあ俺はどうやって桃華のバレンタインに力を貸せばいいんだ?」

「知らないわよ」


 俺の切実なお悩み相談を、お嬢様は見事に一言で両断してきた。この女、仮にも協力者という立ち位置のくせに、相変わらず桃華の恋愛事情になど欠片カケラほどの興味も持ち合わせていないらしい。まあ彼女は相談役アドバイザーではなく情報提供役インフォーマーなので、このような助言を求めること自体が筋違すじちがいなのだけれども。

 それでも俺は、手元のコンビニ袋から新発売の献上品シュガードーナツを取り出しながら食い下がってみる。


「そんなこと言わずに、ちょっと話聞いてくれよ。知恵を貸してくれるなら、このドーナツ食ってもい――」

「要するに、表立って彼女のために行動することが出来ない貴方なりの支援方法を考えればいいだけでしょう? 例えば美味しいお菓子の作り方をさりげなく教えるとか、彼女が贈り物を渡しやすい場を用意セッティングするとか、他にもいくらでもやりようがあるはずだわ」

「(現金ゲンキンだなこの野郎)」


 甘いエサをぶら下げた途端に次々と案を出してくるお嬢様に心の中でツッコミをれる。アイデアがあるなら最初から協力してほしいものだ。

 俺はドーナツを手渡しつつ、「そうだなあ」と相槌を打つ。


「たしかに桃華が好きな人にバレンタインチョコを贈るのは初めてなわけだし、美味うまいチョコレートの作り方を教えてやるのはアリかもな。……問題は、俺も美味いチョコの作り方なんて知らないってことだけど」

「それでよく『力を貸す』だなんてのたまえたものね」

「うるさいよ。あとは久世くせにチョコを渡す場の用意セッティング、か。たしかに桃華は奥手だし、学校とかじゃ上手に渡せなさそうだもんな」


 ド緊張のあまり口をパクパクさせ、最終的に恥ずかしさが限界突破して逃げ出す姿が容易に浮かぶ。


「どんなに上手く作れたとしても、結局久世に渡せなきゃなんの意味もねえし……うん。まずは『桃華がチョコレートを渡しやすい状況作り』から考えてみるか」


 方針が固まれば、あとは考えて動くだけだ。バレンタインまでまだ二週間ほどあるし、店長をそそのかしてバレンタイン当日のシフトを揃えるなりしてもらえば用意セッティング容易たやすかろう。なんだ、どうにでもなりそうじゃないか。

 あっというにお悩みが解決してしまった俺が一人頷いていると、シュガードーナツをパクつくお嬢様が「少し気になるのだけれど」と口を挟んできた。


「彼女の場合、バレンタインデーの贈り物としてチョコレートを選ぶのは不適切ではないかしら」

「? どういうことだ?」


 首をかしげて返す。不適切もなにも、バレンタインってチョコレートを贈る行事じゃないのか?


「いいえ。そもそも『バレンタインデーにチョコレートを贈る』という文化は日本独自のものだと言われているわ」

「えっ、マジで?」

「外国では『大切な人にプレゼントを贈る日』とされているそうよ。贈る側は女性よりも男性が主流で、プレゼントの内容もお菓子より、メッセージカードや花束のほうが多いみたいね」

「へえ、そうなのか……ん? それじゃあ『贈り物としてチョコレートを選ぶのは不適切』っていうより、『女性桃華男性久世に贈り物をすること自体不適切』ってことにならないか?」

「一概にそうとも言えないわ。女性から男性に贈る場合ケースも珍しくはないし、むしろ日本文化としてはそのほうが自然でしょう」

「じゃあ、なにが『不適切』?」

「洋菓子にはそれぞれ〝贈り物としての意味〟があるとされていて、チョコレートの場合は『貴方と同じ気持ち』『これまでと同じ関係を』――片想い中の相手へ贈るお菓子として適切とは言えないわ」


 七海の説明を受けて、俺は「ふへえー」とアホみたいな間投詞を漏らした。


「じゃあ、桃華にとって適切なお菓子って何になるんだ?」

こまかなニュアンスに違いはあるけれど、相手に対する好意を表すお菓子としてはマカロンやキャンディーが一般的なようね」

「へえ……ちなみに意味は?」

「マカロンは『貴方は特別な人』、キャンディーは『貴方が好き』。それ以外にも、甘さが長続きすることと掛けて『長く関係を続ける』という意味合いもあるわ」

「ふむふむ。クッキーとかはどうなんだ? バレンタインでもわりとメジャーな気がするけど」

「クッキーは食感の軽さから転じて『手軽ライトな関係』を示すとされているそうよ。好意は好意でも、友人や仲間に対して向ける気持ちね」

「なるほど……じゃあ逆に、贈ったらマズいお菓子は?」

「諸説あるけれど、マシュマロは口にれるとすぐ溶けてしまうことから『消えゆく関係』『さようなら』といったネガティブな意味でとらえられてしまうみたい」

「いやお前マジでなんでも知ってるな。もう百科事典じゃん、七海百科事典Mikupediaじゃん」

「誰がミクペディアよ」


 読書家お嬢様の知識量に若干引く。今回に限らず、俺がなにかものをたずねて彼女から「分からない」と返されたことはほとんどない気がする。「知らない」や「興味ない」と言われるのは日常茶飯事だが。

 凄いなあと感心しつつ、俺はドーナツを食すお嬢様の横顔をじっと眺める。


「……ちなみに、ドーナツの意味は?」

「『貴方が大好き』」

「!? かっ、勘違いしないでよねっ! 別にアンタのことなんて好きでもなんでもないんだからっ!?」

「誰も勘違いなんてしないから、どこにも需要のない真似をするのはめなさい」

「おい勝手に決めつけんな。この世のどこかにはあるかもしれねえだろ、ツンデレ小野おのくん需要」

「ないわよ」


 冷たい目をしたお嬢様にそう断言され、俺はなんだか悲しい気持ちになった。

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