第六三編 愚者の行進
大急ぎで橋を渡り、交通量の多い通りから
通りを往来する車やバイクの音が、やけに遠く感じられる。
「くそッ……どこだッ……!?」
ほとんど整備されていない土手の草木を
先ほどまで俺がいたのは橋のほぼ中央。その
「(川の中に落ちちまったのか……!?)」
ドボンッ、と暗黒の水面にプレゼントが飲み込まれる不吉な想像が脳内再生され、真冬だというのに嫌な汗が
川幅は一〇~一五メートルほどあるだろうか。携帯の
「頼むッ、どこか、どこかにあってくれッ……!」
神にも
それでも――見つからない。
「くそッ……くそッ……!」
一〇分以上、そうしていただろうか。自分の冷静な部分が「見つかるはずがない」と無慈悲な現実を突きつけてくるなか、それでも諦めるわけにはいかない俺がなおも捜索を続けようとしていると。
「!」
不意にフッと、
「(充電が……)」
携帯画面に表示される、
自分よりも先に、携帯のほうが
「(まだ……あと一〇パーセントある)」
「もう諦めろ」と告げるように
諦めてたまるか。俺のせいで、桃華のクリスマスがぶち壊しになってたまるか。
『貴方の彼女に対する恋愛感情の変質を言葉にするなら、「失恋」よりも「
いつか、どこかのお嬢様に言われた言葉を思い出す。
「(あの子のことで諦めるのは――もう嫌なんだ)」
強制的に再起動した
その時、ピコン、と。
携帯の画面に一件のメッセージ通知が届いた。
『桐山桃華:
「…………!」
瞳が揺れる。
そうか、彼女は……いや、彼等は、まだ待ってくれているのか。そこへ行くつもりのない俺を。来るはずのない俺を。
まだあの子は、今日がクリスマスデートだと思っていないのか。
この寒空の下、脇役に過ぎない俺を待ってくれているのか。
「(桃華……)」
携帯電話を握る手に力を込め、俺は顔を上げた。一直線に走る光の軌道を目で追う。絶対に桃華のプレゼントを探し出す。心優しいあの子が、待っているのだから。
残された時間は少ない。焦燥に支配されている暇も、神に祈っている暇もない。ただ探せ。力を尽くせ。
そんな気持ちが、天に届いたわけではあるまいが。
「ッ! あれは……!」
――見つけた。
中洲から突き出した低木、その枝の
見間違えるはずもない、桃華のクリスマスプレゼントを。
「(でもあんなとこ、どうすれば……)」
「ッ!」
強い北風が吹きつける。木々がざわめき、プレゼントを抱える両枝も激しく揺れる。いつ
「……迷ってる場合じゃねえ」
充電の少ない携帯電話を
直後、役目を終えたかのように携帯の電源が切れた。
「――冷たいだろうな」
一人呟き、
そしてそれでも、
水を蹴る音がした。
大雨の日、長靴の中に水が入り込んだ時の不快感を思い出した。
全身が
全身が、凍ったように冷たくなった。
一歩が遅い。
一歩が遠い。
一〇メートルに満たない距離が、絶望的なまでに。
それでも
諦めるのは、もう嫌だった。
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