第四二編 どういう関係?
「さ、さあっ、やよいちゃんっ! 勉強勉強っ!」と照れを誤魔化すかのような
「(さて……どうする?)」
店内に他の客の姿はない。つまるところ、これは
そんな思考を巡らせる俺が、厨房を出てフロアへ戻った時だった。
「い、いらっしゃい、
「!」
イケメン野郎の声に顔を上げてみれば、どこか慌てた様子の久世がサングラスマスクで顔を隠す怪しい女の接客対応をしているところだった。言うまでもない、当店常連の「七番さん」こと
視線に気付かれたのか、無愛想なお嬢様が不意にこちらを見た。相変わらず感情が読み取れないその瞳に、俺は仕方なく彼女のほうへ向かう。
「はあ……いらっしゃいませ。〝
「……歓迎の笑顔を
我ながらキラキラした笑みと精一杯の
隣のテーブルに座る幼馴染みズ、ならびに「ま、また
「ほらよ、好きなもん注文していいぜ。今日はお前の自腹だ」
「当たり前のことを無駄に偉そうな口調で言わないで。『パンケーキ 三種のベリーソース添え』と『フォンダンショコラ』、「イチゴのショートケーキ」に『
「いや多いな。ちょっと待ってくれよ、
「…………」
「『処理能力の低い無能め』とでも言いたげな目でこっち見んな」
「言われた通り待ってあげているだけでしょう、被害妄想はやめなさい。そんな
「思いはするんじゃねえか。いつものブラックコーヒーは……要らねえよな」
「何を言っているの? 要るに決まっているでしょう」
「え? でも豆乳抹茶ラテ頼んでるじゃん」
「それはあくまでも〝甘いデザート〟でしょう。コーヒーは〝飲み物〟よ」
「ラテもコーヒーも飲み物ですけど」
大体
「絶対いつか糖尿になるぞ」と確信しつつ注文票を確認していると、今度は
「なんだよ? 言っとくけど俺はこう見えても勉強あんまり得意じゃねえから、お前が今まさに解こうとしてる英語の長文問題の答えなんて教えてやれねえぞ」
「アンタ、自分が
「本気で哀れみの視線を飛ばしてくるんじゃねえよ」
心底こちらを馬鹿にしてくるギャル幼馴染みに
「
「!」
「七番さん」が
対して、俺は当然返答に
「ど、『どう』って……どういう意味だよ?」
「ちょっと前から結構な
「(待って、そんな噂まで流れてんの?)」
最初の二つについては俺自身も耳にしたことがある――特に「彼氏」云々についてはクラスメイトから
冷や汗をかく俺に、今度は桃華が「あっ、それ私も聞いたことあるー!」と言った。
「この前も二人でこの店でお茶してたよね? やっぱり
「(カハッ!?)」
年頃少女特有の
残機を一つ減らされた俺は、どうにか心を立て直して「い、いや……」と首を横に振る。
「そんなわけねえだろ。七海グループのお嬢様が、俺みたいなド庶民と付き合うと思ってんのかよ」
「いや、まったく? だから『彼氏』がどうこうって
「(理解されるのもそれはそれでムカつくな)」
顔を引きつらせる俺に、金山が続ける。
「
「なんでだよ。なんで『知り合い』とか『客と店員』をすっ飛ばしてストーカー扱いになるんだよ。仮にも幼馴染みなのに、最低限の信用もされてねえのかよ」
「だから悩んでたんだよね。私は幼馴染みとして
「『見限る』一択なのやめろや。悪魔かお前は」
仮に俺が七海のストーカーをしていたとしても、叱るとか
そんな悪魔ギャルは「でも」と流れを転調させた。
「一組で話してるのを見掛けたときも、それから今も、アンタらってそんな風には見えないんだよね。親しげってほどじゃないし、もちろん彼氏彼女って感じでもなさそうだけど。だから気になったんだよ、アンタらがどういう関係なのか」
見れば、桃華や久世もじっとこちらを見つめている。興味の程度に違いはあれど、彼らも金山と同じ疑問を抱いているのだろう。いや、おそらくは初春学園に所属する生徒の大半が。
ちょっと前にイケメン野郎が聞いてきた時は適当にはぐらかせたが、流石に今回はそうもいくまい。だからといって、馬鹿正直に「久世と桃華をくっつけるために協力してもらってます!」なんて言えるはずもない。
数秒ほど
「――別に、『どう』ってほどの関係じゃねえよ。ただの友だちだ」
「『友だち』と呼ぶにはあまりにもお互いのことを知らないけど」という注釈をつけるのは心の中だけに留めておく。そんな俺の答えをどう思ったかは知らないが、金山は「……ふーん」とだけ
「――小野くん、いつまで待たせるつもりなのかしら。話が済んだなら、早く注文したものを持ってきなさい」
そう言いつけてくるのは、もちろん七番テーブルのお嬢様。一応今のは俺と彼女の関係性を問う話だったというのに、やはりと言うべきか、七海はまるで興味なさげに文庫本を
「――友だち、か」
それは誰の呟きだっただろうか。
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