第31話 真夏のサメ斬り千本勝負

「キェーイ!」

 猿叫えんきょうと呼ばれる空気を裂く絶叫に、怖ろしく速い抜刀、『抜き』。

 腕と日本刀を垂直に振り上げて飛行ザメに襲い掛かる佐武朗。

 右逆袈裟切りでサメを両断し、さらに左蜻蛉と呼ばれる、高々と天を衝くような構えからの斬撃で次のサメを真っ二つにする。

 一撃で相手を仕留める、幕末の薩摩藩で台頭した剛剣術。かの新選組隊長・近藤勇にして「薩摩の初太刀は外せ」と言わしめた、野太刀自顕流の真骨頂。


「何をやっている将軍、下がれ! 自殺行為だぞ! そもそも鹿島の太刀云々はどこへいったた、なんだその奇怪な剣技は!」


 佐武朗の狂気の沙汰を幻磨が止めようとするが、高級将校たちはすでに全員抜刀して、ひたすらにサメを斬りまくっている。


「私は単なる剣術マニアだ! それより幻磨くん、今回の作戦の名前を忘れたのかね!」

「作戦名とは……」

「そう、作戦名の副題は真夏のサメ斬り千本勝負! 同じ馬鹿なら斬らねば損! 斬り捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ! アルコイーリスの乗員一人が千匹斬ることをノルマにすれば、太平洋のサメとて滅ぼせるはずだ!」


 佐武朗の背後を襲ったサメを瞬間移動して斬り伏せ、武蔵は何が可笑しいのかひとしきり笑ったあと、佐武朗に語り掛けた。


「佐武朗、あんた俺の想像以上に狂っているな。だがいいと思うぜ、狂気も筋を通せば一分の理ありだ。今更太平洋の上でサメの一匹や二匹斬ったところで、何が変わるかわからないが、とにかく俺たちは斬るために集まった! 海の果てまで挑み続ける真剣勝負よ!」


重い思い想いは満ちて反重力のテイクオフ

高すぎる程遠くからじゃないと直視できない


 千雪のテイクオフという歌声に合わせて手をYの字に広げ、一斉に飛ぶアルコイーリスの戦士たち。総勢四千人の着地にどん、と揺れる甲板。

 一体感と多幸感で脳内麻薬があふれ出してハイになり、理性なくサメ斬り千本を繰り返すマシーンと化す。


「パライソ!」「アンジヨ!」

「コンタス!」「オラシヨ!」

「エケレジア!」「ベヤト!」

「マルチル!」「ミステリヨ!」


 吹っ切れた武蔵が音頭を取ると、キリスト教徒の船員たちから続くコール。神聖な朗唱チャントにも似た響きの繰り返しに武蔵が感極まる。


「ああ、ゼス・キリシトよ! サメに囲まれたインヘルノだというのに、俺の心はこんなにも満ち足りている! 幻磨よ、これがアイドルライブの一体感なのだな! 俺は信仰を捨てられぬ! 俺は誇り高き切支丹、ジョルジュ武蔵だぁぁぁ!」


 仁王立ちして雷撃を振るう武蔵の姿に勇気づけられ、誰もが豪快に剣を振るう。人間側は少なくともテンションではサメに負けていない。

 やがて司令室にいたオペレーターが、墨筆で『勝利』と書かれたバタ紙を両手で広げ持って走りよってくる。


「一体、何に勝った!」


 佐武朗が問うと、オペレーターが司令室へ戻るように促す。


「艦長、何が起きた?」

「レーダーを見てください! 凄まじい数の味方が、『メメントモリ』の軍勢を押しとどめているのです!」

「海に……味方?」


 訝しみ通信端末を耳に当てる佐武朗。耳元に力強く女性の声が響く。


「こちら潜水艦ノーチラス参号。天剣騎士団ヴァルキュリア偵察騎士隊長イーダ・トーレセンよりアルコイーリスへ通信。『アビス』は動いた。繰り返す、アビスは動いた」


 『アビス』リヴァイアサン。人類との共存を選んだ七星の裏切者、シャチ。

 トーレセンの救援要請に応じ、アビスがシャチの大軍を率いて『メメントモリ』アズラエルの率いるリッターカナロアと交戦を開始したという。


「なんということだ……まさに幸と不幸は表裏一体。トーレセン隊長、助太刀、心から感謝する」

「感謝するなら、アビスとの約束を守って炭素排出量を減らしなさい。最後に、現在『ウォーロード』を追い詰めている我が女王より、美柱千雪さんへ伝言。『我々天剣騎士団ヴァルキュリアはいつでもあなたの席を用意して待っている』と」


 佐武朗は震えた。

 サメと人間の戦いは今、大きくうねる、流れの分岐点にある。世界規模の戦いの中心点こそが『エンペラー』との雌雄を決するこの戦いだと、佐武朗は悟った。


「負けられない、な」


 冷静さを取り戻した佐武朗は、再び戦闘指揮権を艦長から譲り受け、指揮を開始する。

 出航からの経過から考えても、敵拠点ティール・ティリンギリはもう直前。


「インドラの矢、再発射準備! 目標、海底宮殿ティール・ティリンギリ!」


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