第10話 対決!サメ座使徒七星

「改めて立花佐武朗だ。自衛隊で生き残った唯一の将官のため、部下から最後の将軍などとも呼ばれている。私は徳川家傍流の血を引いているから、完全に無根拠な話ではないが……。実は、幻磨くんのような異能を持つ存在を仲間に加えるのは初めてではないんだよ」


 質素ながら値の張りそうな調度品がわずかに並ぶ応接室。紅茶を飲みながら佐武朗は好々爺然とした表情を浮かべ、幻磨らに語り掛けた。

 察したように武蔵が口を開く。


「天操術士アカネ、だな」

「すでに知り合っていたか。彼女もだが、実は我々WSFAには異能力者や超能力者がざっと五十人ほどいる。忍者の末裔に風使い、半妖に念動力でサメを倒す者……探してみれば結構いるものなんだ」


 ざっくばらんに、とんでもないことを話しだす佐武朗。


「私は彼ら異能者を、通常の等級から外れたSランクと呼称し、適材適所で働いてもらっている。私はサメをすべて倒せるのなら、核弾頭の利用も辞さない覚悟だ。実際には普段海中に隠れているサメには、核兵器の効果が薄いから使わないがね」


 核弾頭が何かを理解できないでいる幻磨らの様子を意に介せず、佐武朗は続けた。


「澄み渡り晴れた空も、穏やかで大きく広がる海も、全部我々人類のものだ。一刻も早く穢れたサメの魔手、いや魔鰭から取り戻さなければならない。まだ荒いが大綱もでき上がっている。まあ見たまえ」


 佐武朗がプロジェクターに地図を映し出す。


「サメ座使徒七星の存在は知っているね? 奴ら七星と人類の闘いは、今まさに佳境に入っている」


 プロジェクターの映像は北大西洋とインド洋、最後に南極海を次々と映し出す。最初に拡大されたのは北大西洋。


「まずは北大西洋。ここでは飛行ザメに襲われた後、ヨシキリザメの王『ウォーロード』の攻撃により一度崩壊しかけた北欧をまとめ、新バルト帝国を樹立した稀代の傑物、『神祖』クロヴィス・オリエ・バラースタス女王が戦っている」

「女子の武人であるか」

「そう。クロヴィス女王は女性だけで構成された天剣騎士団ヴァルキュリアを率いて自ら最前線に立ち、神剣を振るってウォーロードにかなりの痛手を負わせた。けだし大戦果といえるだろう。北大西洋における戦況は現在、人類の優位にある」


 次にインド洋の地図が拡大される。


「インド連合海軍はオオメジロザメの王『ワールドエンド』による軛を解くべく、国家予算の九十九%を軍事費に投入して、過去前例のないレベルの超巨大航空母艦『ブラフマー級』の大量建造に乗り出した。最終的に5千隻を建造する予定で、税金も現在千倍」

「さぞや民は苦しんでいるだろうな」

「でも、サメに食われるより重税で死ぬ方がいいよね。併行して強力なレーザー兵器の開発も進められており、新兵器で武装したブラフマー級が海を埋め尽くしたら、ワールドエンドもまさにエンド、おしまいさ。インド洋は近い将来に、人類が勝利するのが確定している」


 最後に南極海。


「『アビス』は先に名前が挙がった、クロヴィス女王の特命を受けた旧ノルウェーの女性探検家イーダ・トーレセンとの間に外交交渉が成立。地球温暖化の阻止を条件に人類と共存する道を選んだ」


 サメと人が協力するとは、と驚く幻磨に佐武朗は含み笑いをする。


「南極に生息しないはずのサメがなぜ七星にいるのか、長く研究者の議論の対象だったが、実はこいつはシャチでね。シャチはサメを食べる海の裏切者だ。アビスは狡猾な奴だが律儀さも持ち合わせている。南極海は現在、人類の心強い味方で、平和の状況にある」


 やや興奮気味に、一気呵成に語り終えると、佐武朗は二杯目の紅茶を飲んだ。


「現状、使徒七星のうち三星が崩れかけている。人類側はもう一勝を挙げて、劣勢をひっくり返したいところ。そこで次の敵がホホジロザメの王、北太平洋の『エンペラー』だ。各国の助力も取り付けた。WSFA日本支部は総力を挙げ、打倒エンペラーに賭ける」

「なるほど、千雪殿の言っていた逆侵攻計画という話か。けれども地図を見る限り、中央に陣取っているのがそやつだな。七つの海の中央にいるとなれば実力も相応にあるということではないか。何か必勝の策があるのか?」


 幻磨の疑念に、佐武朗はわずかに悔しさを滲ませ答える。


「ない。あらゆる専門家が考えに考え抜いたが、エンペラー打倒の必勝策は浮かばなかった。だが奴の打倒は為さねばならない。WSFA総員の命と引き換えてでも倒すしかない」


 拳を握りしめると、佐武朗は血を吐くように言った。


「聖者の強靭な魂の一撃が巨悪を倒すと信じて相打つしか道はない! 鹿島の太刀の極意ではこう口伝されている。『兵法の要は唯身を捨てて敵を討つべし』と。侍の君たちならば同感してくれると思う」


 対話は終わり、力は超一流と認定されたが、集団行動に向かない戦い方のために暫定のEXランクに置かれた幻磨と武蔵。

 遊撃部隊として、サメ探知小型レーダーやデータバンク入り衛星携帯電話などの小道具を与えられ、首都近郊一円の防衛任務に当てられた二人は、日も暮れかかる元市ヶ谷駐屯地を後にする。

 武蔵がポツリと呟く。


「佐武朗といったか。あいつ狂ってるよな。鹿島の太刀の教えは死中に活を求めることであって自殺の推奨じゃない」

「狂った時世に必要な、狂った名将なのには違いない。武蔵よ、WSFAに加入し徳川将軍家に仕官した以上、我らも浪人ではなく一人の武士として、佐武朗殿の特攻に最後まで付き合わねばならぬ義理ができたぞ」

「冗談だろ? 俺は元の時代に戻れさえすれば、こちらの世界がどうなろうと、まったく興味ないぜ。当座の間暮らす分の物資を稼いだら、時空間移動の研究が進むまで一抜けさせてもらうだけさ」


 笑い飛ばす武蔵。

 WSFAに念願の仕官を果たしたはずの幻磨は、複雑な心中を隠せなかった。

 やがて小雨が降り始めるが、口中に入る雨は、なぜか塩気を含んだ味がして、酷く不味かった。

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