第6話 侍VSフライングシャーク

夕刻までしばし道を進んだ幻磨と武蔵。

 周囲の建物は高層ではなくなっており、二人の知る限りでは長屋を立派に仕立て直したような、屋根のある白い建物が並んでいる。


「人が住むとすればこの辺りが妥当か……」

「腰を据えて探してみるか?」


 武蔵の返答と重なり、急に周囲から

「ウーウー」という不快な重低音が響く。サイレン、だとは二人が知る由もない。


「なんだ、この音は!」

「待て。見ろ幻磨、あちらの空を!」

 

武蔵が指さす方には軍団をなして高度二十メートル程を飛ぶ、十を軽く超える大きな影があった。


「鳥か……? それにしては図体が大きすぎる。さては妖異の類か」


 空を飛ぶ生物は上葉と下葉に分かれた尾鰭をバタバタと振り、胸鰭を水平に保ち、遊泳するかの如くこちらへ向かってくる。

 武蔵が度肝を抜かれたように叫ぶ。


「おお、ゼスよなんということだ! 幻磨、あれはサメだ! 妖異ではない! サメが空を飛んでいるのだ!」

「拙者あまり詳しくはないが、フカ、サメというのは海の生き物ではないのか? 海に住む生き物が空を飛ぶとは、些かどころではなく常軌を逸しておらぬか? 結局のところ妖異の類ではないか」

「俺たちはすでに夜から昼へ跳ぶという、常軌を逸した経験をしている。実のところ今更サメが飛んだくらいで驚きすぎるということもないかもしれぬが……だがな、幻磨。知っているか? サメは人の肉を食らう」


 武蔵の言葉にはっと日光天を構え、空飛ぶサメに備える幻磨。武蔵もまた素早く月影空を抜く。

 空から来た体長五メートルほどのサメは、二人の姿を目敏く見つけると、シュッと滑空し襲い掛かってきた。見る者が見ればネズミザメ目ウバザメ科、ウバザメとわかる白い腹線と巨大な咢。


「シャアアアアアアアアク!」


 体を食い千切ろうと迫るサメの一撃を、後方へすっと飛んで躱すと、幻磨はカウンターの様に日光天で巨体の胴を斬り上げる。

 日光天の切れ味は鋭く、サメは真っ赤な体液をまき散らし無様に地に落ちた。幻磨同様に、武蔵も迫るサメを次から次へと斬殺し、二人は優勢。

 いつの間にか残る飛行ザメの数も半数。侍の力は人食の飛行ザメを上回る。


「きゃあああああああああ!」


 周囲を劈く悲鳴。幻磨がわずかに視線を向けると幻磨にとっては奇異で妙にひらひらした装束の娘が、少し離れた場所でサメに追われていた。


「この地の住人か! ならば助けぬ手はないな」 


 幻磨は駆け出し、一度納刀していた日光天を抜刀し水平に構え、一気に娘を襲っているサメに突き刺した。サメの皮膚は硬いが日光天の刃先はなお硬く鋭い。汁を吹きながら倒れるサメを無視し、幻磨は娘に声をかけた。


「娘よ、無事か?」

「さ、サメを倒しちゃったんですか? 凄い……。私、コンビニに保存食の残りを取りに行った帰りで、警報に気付かず油断していました。助けていただいて、本当にありがとうございます」

「なに、世の中は相身互いよ。礼を言う必要などない」


 胡乱な装束とは裏腹、意外にも起立姿勢で正しく一礼する娘。幻磨はそこに良家の子女としての育ちを感じ取る。


「終わったぞ幻磨! すべて倒した!」


 勝鬨を上げる武蔵の様子を見て一息つくと、幻磨は娘の風体を眺める。幻磨より一回り低い身長に、視線を吸い込むような黒髪を後ろ結びにした、キメの細かい白い肌の持ち主。

さながら菖蒲、杜若のように美しい、八つ橋の似合いそうな絵になる娘だった。

 とはいえ、どこかで覚えがあるような……。たしか事務方の不興を買ったなどと喧伝されてはいなかったか? と、はっとする幻磨。


「其方、先に見た詮議の者ではないか! 胡乱な風体と思えば道理で怪しいはず。成り行きで助けたが奉行所に突き出すのが道理!」

「なんですか人を胡乱とか怪しいって! 大体、奉行所ってなんです。怪しいのはそちらです。着物なんか着ていつの時代の人ですか。警察に突き出さされるのはあなた達の方です……あ、ああ、もう警察はないんだぁ、バカだ私……」


 しなしなと柔らかに崩れ折れる娘。幻磨も困惑する。


「娘、自身の言葉に落ち込んでいるようだな」

「話の流れから察するに警察、というのもまた奉行所の類なのだろう。おそらくは貴人を護るのに使う警蹕の警と監察の察から取った言葉」

「ふむ……葡萄牙の文字に限らず学があるな、武蔵よ。であれば娘は貴人であるか。ところでこの娘は先ほど口走ったぞ。我らがいつの時代の人、と。どうも寛永の者ではないようだ」


 武蔵と頷き合うと、幻磨は娘に問うた。


「答えよ。一体今が寛永でないのならいつの時代と申すか? 先ほどの空飛ぶサメは一体なにか? なぜ人の気配がこうも少ないのか?」

「一気に質問しないでください。えっと……寛永、寛永って歴史で習った寛永通宝の寛永だから江戸時代か……。だったら今は江戸時代から最低でも二百五十年後です」

「二百五十年後!?」


 驚く幻磨と武蔵。


「はい、西暦二〇二五年の四月ですね。そしてさっきのサメは通称『フライングシャーク』。私たち人類を滅ぼしかけている、天敵です」

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