第5話 星に願いを

「あまくてふわふわっ! おいしいっ……♪」


 ケーキを食べ、とろけるような満開の笑顔でわたしを見上げるシーちゃんの姿に、思わず「よしっ!」っと拳を握りしめガッツポーズしそうになりましたが、そこはぐっとこらえてワゴンの前に音もなく移動します。《保温》の魔法陣の上で適温を保っているティーポットからカップに紅茶を注ぎ、ケーキを楽しむ彼女の邪魔にならないように静かな声で「こちらは紅茶になります」と言って、そっと、テーブルに乗せます。ケーキはおいしいですけど水分持っていかれますからね。……ちなみに安物の紅茶ではありますけど、茶葉の蒸らし方やお茶の煎れ方などは先生(の友達)に教わったものですので、おそらくこれも貴族仕様です。魔法陣は完全に魔法、貴族の領分です。……だ、大丈夫ですかねっ⁉(震え声)


 別の不安にガクブルしながらも、やっぱり水分が欲しくなったのか、シーちゃんがカップを手に取りふーふーしたあと、そっと口をつけました。


「っ……おいしいっ♪」


 シーちゃんは猫舌……とまではいいませんけれど、熱いの苦手ですからね。ぬるめの温度にしておいて正確だったようです。くぴくぴとおいしそうに飲んでいます。よかった……ケーキと紅茶、どちらも成功のようですね……。


「リーちゃん、このケー……あっ、じゃなくて。え、えーと、デ、テリシャ、とてもおいしくてよ」


 素の言葉使いに戻っていたシーちゃんですが、ごっこ遊びを思い出したのか、なんとかお嬢様を演じようと姿勢を正しました。いえいえ、思わず素が出るほどおいしかったということは、わたしにとっては喜ばしいことですからね。それに──


「お褒めの言葉ありがとうございます。お代わりもございますので、どうぞごゆっくりお楽しみください。本日の主役は……お嬢様なのですから」

「っ…………ありがとう、デリシャ」


 わたしの返答に一瞬、目を丸くしたあと、優しい笑顔でお礼を述べるシエスタお嬢様。

 まあ……本来、この国のマナーでは公式の場において、メイドは必要最小限の受け答えしか許されていないそうですが、そもそも今はごっこ遊び中ですし、彼女が喜んでくれるなら、そんな礼儀作法なんて些末さまつなことなのです。


 彼女の邪魔にならないように側に控え、苺のケーキと紅茶を満面の笑みで堪能たんのうしているシーちゃんを見ていると、こちらも心が、じんわり、と温かくなってきます。


 実は苺のケーキ、日本でいうところのショートケーキってイギリスでは夏のケーキという扱いなので、クリスマスには食べないそうなのです。そもそもイギリスのクリスマスケーキといえば、ドライフルーツなどを練り込んだ生地を蒸して作る伝統料理、クリスマスプディングなのです。

 ですのでこの中世ヨーロッパ風なこの国でもそういう風習なのかな、季節外れのショートケーキを出してがっかりさせたくないな~、と思って調べてはいたのですが、そもそも苺とホイップクリームを使ったショートケーキ自体が存在してないっぽいのですよね……。一応クリスマスプディング的な料理は存在するみたいなのですが、この世界のご多分に漏れずあんまりおいしくないらしいのです……。異世界のスイーツ事情にがっかりです……。


 そんなわけでして別にショートケーキにこだわる必要はなかったのですが、現代の知識はあっても前世の個人的な記憶はぼんやりとしているわたしですが、たぶんクリスマスに、誰かと、苺のショートケーキを食べて笑っている、そんな温かな『感情』は残っています。それが家族だったのか、友達だったのか、それとも特別な…………そんなことよりも、どんなデコレーションでどんな材料を使ったどんなにおいしい特製クリスマスケーキだったのかは残念ながら思い出せませんが(花より団子な料理人的探求心)、それでもやっぱりわたしにとってのクリスマスケーキといえば、この『苺のショートケーキ』なのです。


 だから彼女にとって特別な、彼女が生まれたこの日が、温かな、幸せな思い出にあふれた日になって欲しくて、わたしにとって特別な、この、苺のショートケーキを、どうしても作りたかったのです。食べて欲しかったのです。


 今日は一年に一度の星夜祭。


 別にカップルではなくても、姉妹同然に育った彼女に、わたしの想いが通じて、このくらいのささやかなお願いが叶ってもいいはずです。


 ……おや? シエスタお嬢様がこちらを向いて再びチョイチョイと手招きしていますね。なんでしょうか? 内心小首をかしげながら、少し屈んで椅子に座っている彼女に顔を寄せます。するとヒソヒソ声で──


「リーちゃんありがとう、すっごくおいしいよ♪」


 と、普段の彼女の言葉と態度で、真っ直ぐな気持ちを言ってくれました。


「……ううん、そんな……こっちこそ、ありがとうっ。シーちゃん、今日はお誕生日おめでとうっ♪」


 ──だからわたしも、素直な気持ちを言葉にして、彼女と二人、顔を寄せて笑い合う。


 今日は一年に一度の彼女の誕生日。


 嬉しそうにケーキを食べる彼女にとって、今日という特別な日が、素敵な、幸せな、優しい思い出に、なりますように。


 綺麗な夜空に瞬く星に、わたしはそう、願ったのでした。

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