114 三十四層のボス

「すまなかったな……」


 突然、王子様がそんな事をポツリと口にした。


「ん? 何がだ王子様? …………柄にもなく突然どうしたんだよ?」


 フライパンを魔動焜炉コンロの火に掛けスコーンなどのお茶菓子を炙っていた俺は、突然の王子様の言葉に驚いてしまう。

 基本的に貴族、ましてや王族は軽々と謝罪などしないと耳にしていたからだ。


「いや……。我らのせいで、其方そなたらを危険に巻き込んでしまっているからな……」


「なんだ、そんな事か……」


 俺と王子様、そしてエルレインの三人は現在、魔動焜炉コンロを囲んでキャンプの見張り番に就いていた。

 大家さんとリンメイ、そしてラキちゃんは今日の迷宮探索でかなりの消耗をしていたので、先に休んでもらうようお願いしたからだ。


 通常ならば見張り番の班には必ずどちらにも男が一人は居るようにと、俺と王子様がそれぞれの班に分れて入る事となっていた。

 しかし今日は大家さん達を休ませる事を優先したために、珍しくこの面子となっていた。


 俺はエルレインの淹れてくれたお茶を一口啜ると、改めて王子様の方を向く。


「王子様を矢面に立たせると決めた時から、遅かれ早かれこうなる事は分っていたじゃないか。俺としても、王子様のおかげでラキシスが衆目に晒されないで済んで助かっているからな。――だから、いーんだよ。気にすんな」


 そう言いながら俺は、程よく焼けたお茶菓子をエルレインが用意してくれた小皿に取り分けてあげ、二人に差し出す。

 そして俺はお行儀悪く、フライパンから直接お茶菓子を摘まむと口に入れた。


「あちちっ……うん、美味い。――それよりも、王子様とエルレインは四十層到達後はどうするつもりなんだ? これでも一応、俺は薬草採取をメインとしている冒険者なんだぜ? そんな俺達といつまでも、共に活動するわけにもいかないだろう?」 


 これから俺達が挑もうとしているのはまだ三十五層なのだが、王子様達が望むような冒険者としての活動は次に目指す四十層まで。

 その後、彼らはどうするつもりなのか気になっていたので、思わず尋ねてみた。


 そんな俺の言葉に王子様とエルレインは意外そうな顏をすると、二人で顔を見合わせてから何故か含み笑いをしてしまう。


「……なんだよ?」


「いや別に……。なあ、エルレイン嬢?」


「はいっ。――ええっとですね、女神様が天使であるラキシス様と神託を授かるケイタさんを、そのように遊ばせたままにしておくのかな……と思っただけです」


「その通り。ダンジョンをだらだらと徘徊するだけの冒険者よりも、其方そなたらといたほうが得難い経験を得られそうだからな」


「……やれやれ、勘弁してくれ」


 俺は苦虫を噛み潰したかのような顏のままお茶菓子を咀嚼し、お茶で無理やり流し込む。


「うふふっ。――ですので、わたくし共はもう暫くケイタさんのパーティにご厄介になろうかなと思っております」


「うむ、そういう事だ。――さて、そんなリーダー殿は四十層を踏破したらどうするつもりなのだ? 其方そなたの事だ、何も考えていないわけでもなかろう?」


「うーん……まぁ、一応な。でも、お貴族様のお前さん達には、あんまり面白みも無いとおもうぞ?――実は大家さんのお姉さんが故郷でいろんな作物を栽培しているらしくてな、秋の収穫には毎年働き手として里帰りしているそうなんだよ。だから今回は俺達も、そのお手伝いに付いて行こうかなと思っていたんだ」


「ほう、ではエルフの治める自治領に行くのだな? ――うむ……、悪くないな」


「収穫作業ですか。所領の農場ではよく駆り出されておりました故、お任せくださいっ」


「えっ!?」


 俺は何気ないエルレインの発言に驚いてしまう。

 君は貴族のお嬢様なのでしょう? なんで農作業に駆り出されてんのさ……?


 ……って、あー思い出した。そういえばエルレインのところは、あまり裕福でもない子爵家だったな。

 水魔法の得意な魔法士はどこの農場でも引く手数多あまただし、彼女のギフトは六人力だ。そりゃ重宝される。


 いやはや何というか、お嬢様なのに苦労したんだね……。


「いいのか? ……まあ二人がそれでよければ、大家さんにそう伝えておくよ」


「よろしくお願いします。――そういえば……サリア様のお姉様と言う事は、ヒスイさんのお母様と言う事でしょうか?」


「そうそう、彼女のお母さん」


 アルシオーネ率いる冒険者パーティ 『紅玉の戦乙女』 のメンバーであるエルフのヒスイは、大家さんの姪でもある。


「むっ! と言う事は 『紅玉の戦乙女』 も来るのか!?」


 ハハ……、アルシオーネが絡むと、とたんに明敏な頭脳となるな王子様は。


「んー、どうだろうなあ? その辺は大家さんに聞いてみないと判らないかな」


「そうか……」


 途端にしょんぼりとしてしまう。やれやれ仕方が無いから一つ、可能性の話を伝えておくか……。


「そんながっかりするなよ王子様。――もしもヒスイさんだけが来るなら、 『紅玉の戦乙女』 のメンバーは暫しの休暇になるんじゃないのか? その場合は王子様、聖都に残ってアルシオーネさんに会いに行ってこいよ?」


「ふむ、そうだな。………………いや、それは止めておこう。やはり私も、其方そなたらと共にエルフの自治領へ行くぞ」


「あれ、いいのかい王子様?」


「構わん。カサンドラの王族がエルフの自治領に行けるチャンスなぞ、そうそう無いからな。きっとこれが正しい判断なのだろう。――という事でよいかな? エルレイン嬢」


「はいっ! セリオス様の御心のままに」


 エルレインはニコニコと、とてもご満悦な様子だ。王子様が一時の私欲を優先せず、大局を見据えて決断した事が余程嬉しかったのだろう。

 只人至上主義の蔓延するカサンドラ王国の民、ましてや王族など、大家さんほどの人物の口添えでもないことには、保守的なエルフの治める自治領には入る事が許されないからな。


「――さて。まだ交代の時間までかなりあることだし、カードゲームでもするか?」


 そう言ってリンメイから借りたカードゲームを、二人に向けてシャカシャカと振って見せる。


「ふむ、それも良いが……。折角だ、この機会にケイタのいた世界の話を教えてはくれまいか?」


「そうですね! わたくしもケイタさんのいた世界の事が知りたいです!」


「俺のいた世界かぁ……。まっ、いいぜ。どんな事が聞きたい?」


「そうさな……、まずは――」


 それからは見張りの交代時間となるまで、俺は王子様とエルレインに俺のいた世界の事を色々と話してあげた。

 二人は俺の拙い説明にも大層喜んでくれるもんだから、俺もついつい嬉しくなり饒舌となる。時には説明のために、メモ帳に絵まで描いてあげたりもした。


 そんな感じで深夜のお茶会は、二人と楽しく過ごす事が出来た。

 そういえばこれまで、二人とこんな感じにゆったりと歓談する事なんて無かったかもしれないな……。




 ――パシャッ!


 ボス部屋の中は雨の大回廊のように、床一面がくるぶし辺りまで水が張られた状態だった。壁も天井との間にスリットがあり、そこから絶えず水が流れ落ちて壁を覆うカーテンのように水の層が出来ている。

 そして不思議な事に、天井にも水の層が出来ていた。要は、ボス部屋の全面には、水の層が出来ている状態だった。そんな感じなので、湿度も凄い。


 この環境は勿論、これから現れるボスの為に用意された空間。俺達はこれから、そんなボスと戦う事となる。


「ラキちゃん、よろしいですよー」


 大家さんが俺達に水の上を歩ける精霊魔法を掛けてくれたので、ラキちゃんに合図を送る。


「はーい! ではいきますよー」


 今回は六人でのボス戦なので、最後の一人が入ったと同時にボス部屋の扉が閉まる。

 そのため、ラキちゃんがぴょんとボス部屋に入ると自動的に扉が閉まり、扉のあった場所も上から水のカーテンが降りてきて塞がれてしまった。

 今やこの部屋は、完全に水の層で覆われた空間となってしまっていた。


 いつものように床に巨大な魔法陣が出現し、そこからボスが現れ出す。


 現れたのは、まるで天体軌道模型のような金色に輝く球体の集まりだった。一際大きな球体を中心に、十ほどの球体が周りを規則正しく回っている。

 続けて、中心の一際大きな球体のみが他の球体よりも高い位置に持ち上がりだす。その姿はまるで、赤ちゃんの寝ている頭上でクルクルと回っているベッドメリーのよう。


 そんな金色の玉の集合体は、回転しながら次第に周りの水を吸い上げ水の肉を身に付けていき、とある生き物の形となっていった。


烏賊イカです!」


「おぉー、ホントにイカになってった!」


「ほう、船長のタコを思い出すな」


「ですね!」


「……さて、来るぞ! みんな手筈通りよろしく!」


「「「おう!」」」


 高層からは階層がはっきりとしなくなってしまってはいるのだが、一応このイカの化け物が三十四層のボスとされているクラーケンだ。


 このボスも普通の魔物とは違い、倒すには手順が必要だった。

 急所は頭の位置に収まった巨大な金色に輝く玉なのだが、そこは十の土星ののような結界に守られており、まずはこの結界を破壊しなければならない。

 そのためには、今は八本の足と二本の触腕に配置された金色の球体を破壊する必要があった。


 姿を現したクラーケンは、独楽コマのように水の上をスピンをしながら俺達の方へ向かってくる。

 初っ端からこんなふざけた動きをするので、コイツはイカの姿をしていても、その姿に惑わされず巨大なスライムの化け物と思ったほうがよかった。




 二十九層のボスであるガルーダをはじめ、これまでのボスは攻撃魔法士による遠距離魔法攻撃がかなりの効果を見せたのだが、ここはそうもいかない。

 コイツはほぼ水で出来た化け物なので、多くの攻撃魔法士の得意とする、炎による攻撃が効かないからだ。俺の雷魔法もあまり効果は無いだろう。

 水の中では拳銃から放たれる銃弾の威力が落ちるのと同様に、土魔法によるつぶても威力が抑えられてしまう。そして風魔法による攻撃もまた然り。


 勿論ラキちゃんの繰り出す暴力的な魔法であれば、どの属性の魔法であってもコイツ程度なら簡単に殲滅できてしまうだろう。しかし、そんな事ができる程の魔法士が冒険者にいるはずもない。

 そのため、このボスに対してセオリー通りに行く場合、攻撃魔法士はサポート側に回って、近接攻撃を得意とする冒険者が果敢に挑むというのが基本的な戦い方だった。


 そんな魔法士なのだが、エルレインのような水属性の得意な魔法士だけは、また少し役割が変わってくる。

 なぜなら、ボスが体の維持に使っているように、こちらも周囲の水をそのまま防護壁などに利用する事ができるからだ。


「エル今だっ!」


「はいっ!」


 リンメイの指示するタイミングに合わせ、エルレインは両手を床の水に付けると魔力マナを発動させる。

 すると勢いよく水がり上がり、スケートボードのハーフパイプの片面だけのような、滑らかな曲線を描く斜面となった。


 ――シュバッ! ………………ズドォォン!


 なんと、勢いよく回転しながらこちらに向かって来ていたクラーケンが滑るように斜面を上って行き、スポーンと射出されるように飛んで宙返りをして床に落下してしまった。

 まるでダンプカーがひっくり返ったかのような、物凄い衝撃が起こる。


 タイミング良く回避した俺達は、激しく跳ね上がる水しぶきを物ともせず切り掛かっていく。

 ブーツの力で上空に回避したリンメイが一番乗りで、頭上から切り掛かる。


「ナイスだエル! ――いくぜオラァ!」


 ――ズバッ! ザシュッ!


 リンメイはまず氷属性を纏わせた流星剣でクラーケンの足に一撃目を与えた。すると斬られた部分が僅かに凍り、復元する時間が遅れてしまっていた。

 そこへ透かさずもう片方の炎属性を纏える剣を突き刺す。見事な二連撃で有効打が入った金色の玉は、砕けながら消えてしまう。


「まずは一つ!」


 やはり教えられた通り、このボスへ最も効果的なのは氷属性の魔法のようだ。斬ってもすぐに復元してしまうクラーケンの復元速度を遅らせてしまっている。

 そのため、王子様も今回は氷の属性を剣に纏わせて切り掛かっていた。


「ッアァァ!」


 ――スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! パキーン!


 王子様は一番厄介な長い触腕をスパスパと切り刻むと、最後に先端にある金色の玉を破壊する。

 俺も負けじと、足の一本に切り掛かった。というか足元の一本に、剣を逆手に持って突き刺した。


「食らえっ!」


 あまり効果は無くとも、一応は雷属性を剣に纏わせる。すると大量の気泡を発生しながら水の肉を浸食し、金の玉まで刃を入れる事に成功してしまった。


 ――パキーン!


「やったっ!」


「ナイスだおっさん! 動くぞ! もう離れろ!」


 ほんの一瞬の隙を突いて俺達は一気に三つの金の玉を破壊する事に成功する。しかし、まだまだ戦いはこれからだ。

 リンメイの言う通り、すぐにクラーケンは体を修復して次の行動へ移ろうとしていた。


 クラーケンは本来イカの口である部分から、こちらに向けてジェット噴射のように大量の水を吹き出す。そしてそれをそのまま推進力とし、高速移動でボス部屋を駆け巡りはじめてしまった。

 その姿は先程の独楽コマのような状態ではなく、まるでミサイルが発射されたかのように、天井や壁などお構いなしに水の上を駆け巡る。

 俺達はそれを必死に躱す。まるでダンプが高速で突っ込んでくるようなので、凄い迫力だった。


 暫くするとクラーケンは天井に逆さにぶら下がるように制止し、先程王子様に斬られてしまった方の触腕に、まだ残っている足から金の玉を移動させていた。

 そして両方の触腕は、再び金の玉が宿る。


「次は落ちてくるぞ! みんな密集だ!」


 リンメイの合図と共に俺達は密集する。これは、パーティメンバーがばらけていると、どこをターゲットにするか判別が難しくなるからだ。

 天井をクレーンゲームのクレーンのように素早く移動してくるクラーケン。俺達の真上へくると頭が下のまま回転し、勢いよく落ちてきた。


「来たっ! 散開っ!」


 錐揉みしながらドリルのように落ちてくるクラーケンを、俺達はタイミングを見計らって回避する。

 そして回避した後に追撃を試みるが、すぐにクラーケンは俺達と距離を取ってしまった。


「ゲッ、離れた! ヤバイ! みんなラキの後ろへ!」


 ――スパァン! スパパパパパーン!


 クラーケンは両方を触腕を大きく振りかぶると、鞭のようにしならせて何度も床面に打ち付けだす。

 それによって幾つもの衝撃波が発生し、水を切り裂きながら俺達の方へ迫ってきた。


 ――ズドドドドーン!


 回避でも一応は躱せるのだが、流石にここはラキちゃんの結界に頼る事にした。なぜなら……。


「来ます!」


 ――ゴッ! ガゴン!


 衝撃波の後には、このように触腕そのものがロケットパンチのように一気にこちらまで伸びて、強烈な物理攻撃を仕掛けてくるからだ。

 この攻撃は、本来ならば衝撃波を躱した誰かをランダムで狙ってくる攻撃なのだが、俺達は密集したままなので重ねて攻撃をされた形となる。


 結界により行く手を阻まれ、くにゃりと弾かれる触腕の先端。

 いいね、狙いの金の玉がすぐ目の前だ。――俺達はこのタイミングを待っていた!


「今だ!」


「はいっ!」


 リンメイの合図と共に結界が解除されると、俺達は渾身の力で触腕の先にある金の玉へ切り掛かる。

 これにより、俺とリンメイ、王子様とエルレインによる攻撃で、見事に二つの金の玉を破壊する事に成功する。


 すると、金の玉が破壊されたため触腕を維持できなくなったようで、伸びていた部分が崩れて水へと戻っていってしまった。


「よっしゃぁ! これで残り五つだ!」




 うん、良い感じだ。もう半分である五つの金の玉を破壊する事に成功してしまったぞ。

 このパターンをもう一度こなせばあっという間に討伐……なーんて頭をよぎったのだが、やはり世の中、そうは上手くいかない。


 ――パッシャーン!


「おおーっ、綺麗に着地しました!」


「げっ、イカのくせに生意気っ!」


 先程と同様にエルレインの作り出した水の壁によって、スポーンと上空に飛び出したクラーケン。今度はなんとクルクルッとムーンサルトを決め、華麗に床面に降り立ってしまったのだ。

 しかも触腕をしなやかに上へと伸ばし、まるで体操選手のようなフィニッシュポーズを決めてやがる。――こんにゃろう……!


「――ッ! みんな気を付けろ! 通常攻撃が来るぞ!」


 通常攻撃とは、最初のようにすっころばさずに俺達の前へ来た場合にとる行動で、クラーケンは暫くの間回転を止め、丸太のような二本の触腕を鞭のようにして打ち込んでくる攻撃の事だ。

 小細工をせず真っ向勝負をする場合、ここで全員攻撃をして金の玉を取りに行く。


「王子様とエル! 正面頼むぞっ!」


「うむっ!」 「お任せをっ!」


「おっさん、二人に注意が行ったら仕掛けるぞっ!」


「おう!」


 俺達は密集すると、王子様とエルレインが最前列に立つ。

 すると、待っていたかのようにフィニッシュポーズを決めていた触腕が、俺達の方へ振り下ろされてきた。


 とんでもない質量と速度の攻撃が襲い掛かってくるが、こちらも身体強化と技によって、王子様とエルレインは見事に対等な打ち合いをしている。


 クラーケンの意識が二人に向いたので、俺とリンメイは左右それぞれに分かれてクラーケンに回り込み、足に残っている玉を狙いに向かう。

 奴は触腕を使った打ち合いに集中すると、残りの八本の足は床面を踏ん張ってしまうため、足を狙いやすくなるからだ。


 俺達が後方へ配置したのを確認したラキちゃんは、王子様とエルレインに向けて声を張り上げる。


「準備できました!」


「分かった! では行くぞっ! ――ヵアアッ!」


 王子様は今までは時間を稼ぐように触腕と打ち合いをしていたが、もう用済みとばかりに触腕にある金の玉を、見事な剣技で砕いてしまう。

 そして流れるように動き、エルレインが盾によって抑え込んでいたもう片方の触腕の金の玉も砕いてしまった。


 それを見届けた俺とリンメイは、足に残っている金の玉を渾身の力で打ち砕く。

 そしてすぐに回避行動に移り、後方へ跳んだ。


 俺達がこのように行動したのには訳があった。

 先に足の玉を砕いてしまうと前方に集中している触腕がこちらに意識を移してしまう。そのため、まずは触腕の動きを封じてから、間髪を入れず足の玉を砕いたのだ。


 基本的にクラーケンは一つでも金の玉を砕いたら、別の行動に移る。

 しかし流れるように続けて狙えば、今回のように一つの行動パターンで幾つも金の玉を狙えると教えられていた。




「よっしゃー! いい流れだぜ! ――後は一つ!」


 俺達が後方へ跳ぶと同時にクラーケンは周囲の敵を薙ぎ払おうと、足を広げ自ら回転する。すると今度は、口から勢いよく水を噴き出してロケットのように真上に飛び上がってしまった。

 天井まで到達したクラーケンは触腕を器用に使い、くるりと回転して口のある方を天井に張り付ける。そして今度は、天井を縦横無尽に移動し始めた。


 俺達は警戒しながら、クラーケンの行動を見守る。どうやら奴は、この間に残る金の玉を触腕の方へ移動させたようだ。

 そして再び、俺達のいる頭上までやってきた。


「また来やがったな! ――散開っ!」


 リンメイの掛け声と共にドリルのように回転しながら落ちてくるクラーケン。

 俺達は先程と同じように散開して回避行動をとる。するとクラーケンも先程と同じように落下後、すぐに俺達から離れて距離を取ってしまった。


 先程と同じならば、次は衝撃波か……!


「衝撃波に警戒っ! ラキ頼むぞ! ――きたっ!」


「はいっ!」


 クラーケンの作り出した衝撃波が、床を満たしている水のおかげで可視化される。

 そんなまともに食らえば一溜ひとたまりもない攻撃を、再びラキちゃんが結界によって阻んでくれた。


 その後はやはり、先程と同じように二本の触腕が猛烈な勢いでぶっ飛んできた。


 ――ドゴッ! ガゴン!


 またも同じように、結界に阻まれ行き場を失う触腕の先端。

 透かさずリンメイが指示を出す。


「最後の玉はあたいとおっさんでやる! 王子様は本体に止めを刺してくれ!」


「承知したっ!」


「結界解きますっ!」


「「「おう!」」」


 ラキちゃんの合図と共に結界が解かれると、王子様はクラーケンに向かって走り出し、俺とリンメイは伸ばされた触腕の内の最後の金の玉が残っている方へ切り掛かる。

 そしてエルレインはもう片方の触腕を警戒すべく、俺達の盾となるように立ち塞がってくれた。


「食らえーっ!」


「チェストォ―!」


 リンメイと俺はそれぞれ剣に属性を纏わせ、最後の金の玉に渾身の突きを食らわした。

 最後の金の玉が砕け散り、触腕の形を維持できなくなって崩れながら水へと戻っていく。


「セリオス様!」 「セリオスさん!」 「「「王子様!」」」


 最後の玉を砕いた合図の意味も兼ねて、王子様を激励するかの如く全員で王子様に向かって叫ぶ。


「任せろっ! ――ッエエエェェィ!」


 王子様は俺達の声に応えると、伸びきったままのもう片方の触腕をスパスパと切り裂きながらクラーケンに迫り、大上段に構える。

 今まさに王子様の魔銀ミスリルの剣は、素人が見ても分かる程にオーラの力が発現して光り輝いていた。


「終わりだっ!」


 ――ズパアァァァ!


 裂帛れっぱくの気合と共に振り下ろされた王子様の剣は、中心にある巨大な金の玉ごとクラーケンを真っ二つにしてしまう。

 普通ならば剣の長さよりも遥かに分厚いクラーケンが真っ二つとなる事なんて有り得ない。しかし 『剣聖』 のギフト持ちである王子様は、見事にダンプカー程もある巨体のクラーケンを真っ二つにしてしまっていた。


「「「やったー!」」」


 クラーケンはぐにゃりと切り口から左右に別れると、真っ二つにされた金の玉は光の粒子となって消えてゆく。そして体は、崩壊するように水へと戻っていってしまった。


「お見事ですセリオス様!」


「やったな王子様!」


「流石だぜ王子様!」


「お見事でしたよセリオスさん!」


「王子様かっこよかったですよー!」


「うむっ!」


 それぞれが労いの言葉を投げかけながら、次々と王子様にハイタッチをしていく。

 最後の見せ場を決める事が出来たのがとても嬉しかったのか、王子様はとてもご満悦だった。




 ついに三十四層を守るボスを倒した。後は宝箱を開け、三十五層のフィールドエリアに降り立つだけだ。


 ボスを倒した事により、奥の壁を覆うように流れていた水のカーテンがサーッと引いていく。そして壁だった箇所が突然消えてしまうと、奥に転移門ポータルのある祭壇が出現した。

 手前の祭壇には、この階層最後のお楽しみである宝箱が三つ置かれている。


「でたっ! ――おっし! 早速宝箱開けちゃおうぜ!」


「あっ! ちょっと待ってください皆さん!」


 リンメイはいつものように宝箱に向かって走り出したのだが、何故かラキちゃんが待ったを掛けてしまう。どうしたんだろう? 


「ん? どうしたんだよラキ?」


「ふっふっふー! あのですね皆さん! なんとなんと、持っているセット装備の出る確率がドドンと上がっちゃう裏技が、実はあるんですよー!」

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