四章
098 秋の休日
風も穏やかな秋晴れの昼下がり。
俺の下宿先であるサリアさんの家の庭は現在、鼻腔をくすぐる甘い匂いが立ち込めていた。
「いい匂い~」
「だなっ! おっさんもうそろそろいいんじゃねーのか?」
「うーん……、もうあと十五分位は焼きたいなぁ」
「「えぇー……」」
俺は先程から、大家さんの家の屋外に設置された竈を借りて、人参芋の焼き芋を作っていた。
大鍋の蓋を開けて中の様子を伺い、一つ手に取って確認してみるのだが、まだもう少し焼いた方がよさそうだと判断をする。
そんな俺の返答に、本当にしょんぼりとしているラキちゃんとリンメイがなんだか可愛らしい。
昔よく祖母が焼き芋を焼いてくれた時は、ダメになった
昔の人がよくおうちでした石焼芋の方法だね。やかんは鍋と違って全体が覆われているので熱が逃げにくくて、注ぎ口からは芋から出る水気が上手い具合に逃げてくれるので、焼き芋するのに良い塩梅なんだとか。
焼き芋は石を使って遠赤外線を利用し、七十度位の低温でじっくりと焼くほど甘味が増して美味しくなる。
俺も最初は祖母に倣ってやかんで焼こうと思ったのだが、正直沢山焼くのには不向きなので、露店で見つけてきた大鍋を使う事にした。
昨日、ラキちゃんと一緒に近くの河原で拾ってきた玉砂利を鍋の底に敷き詰め、その上に芋を並べて焼いている。蓋は少々ずらして、芋の水気を逃がす隙間を作っておくのがポイントだ。
甘い匂いに誘われて、先程から蜜蜂も辺りを飛んでいる。そういえば、よく祖母が切り干し芋を作る時には剥いた皮に蜜蜂が集まってくるなんて言っていたな……。
収穫した芋は水洗いはせず、一日はまず天日干しをして、それから二日か三日ほど日陰干しにする。
これによって日持ちするようになる。ついでに甘みも増す。そして二月ほど適切な環境下で熟成させるとかなり甘味が増す。
……のだが、甘芋大好きミリアさんが人参芋を掘ってから頻りに食べようと催促してくるので、仕方がなく天日干しの三日だけは待ってもらい、本日もう焼き芋をする事となった。
そのため少しでも甘く美味しくするために、只今じっくりと低温で焼いているところなのである。
もうちょっと待ってね二人とも。
「そろそろいいかな? ――はいどうぞ」
蜜が滲み出ているとても美味しそうな焼き芋を古新聞にくるんで二人に渡すと、大喜びで試食する。
「あまーい!」
「うんめー! トロットロだな!」
熟成期間が全く無いので心配だったが、どうやら美味しく焼けたようだ。良かった。
俺は残りの焼き芋を次々と取り出すと、次に焼く芋を並べて再び蓋をする。
次に焼くのはムジナ師匠の所や、ラクス様などへのお使い用。
収穫する前は、食べる分はほんの少しで来年用の種芋として残しておく分が殆どなんだろうなと思っていたのだが、大家さんのお世話のおかげか、めちゃめちゃ大量の芋が採れてしまった。
なので沢山焼き芋を作って、お世話になっている人々へも配る事にした。マジックバッグがあるので焼き立てを皆に配れるんだよね。
――コンコン。
美味しそうに食べる二人に火の番をしてもらい、俺は焼き芋とラキちゃんが淹れてくれたお茶をお盆に乗せて、大家さんの
「大家さん、人参芋が焼けましたよー」
「――! お待ちしておりましたっ!」
声と共に勢いよく扉が開くと、大家さんは快く俺を
大家さんは現在、薬の作成で大忙しのため、ここ数日は
先日俺達が雷樹島から持ち帰った
そのためダンジョン攻略に必要な時間を捻出するために、今現在受けている薬の依頼を、片っ端から片付けている最中だった。
大家さんは待ってましたとばかりに試食の焼き芋を早速頬張ると、満面の笑みを浮かべてくれる。
「――んっ、とっても美味しいです! これは今まで食べた甘芋の中で最高ですよケイタさん!」
「あはっ、それはよかった! ――これも土地を貸してくれた大家さんのおかげです。ありがとうございました」
「うふふ、どういたしまして。私もご馳走して頂きありがとうございます」
美味しそうに焼き芋を頬張る大家さんがとても可愛らしい。見ている俺まで幸せな気分になってしまう。
大家さんが美味しそうに食べている人参芋、ここへ来たときは蔓だったのに、もう収穫できる時期になってしまった。月日の経つのは早いものだな……。
そんなことをぼんやりと考えながら大家さんを見つめていたら、顔を赤くして口元を手で隠す大家さんと目が合ってしまった。
「もぅ……ケイタさんたら、あんまり見つめないでください。お恥ずかしいです……」
「あっ……すっ、すみません! あまりに美味しそうに食べられますのでつい……。アハハ……でっ、ではそろそろ戻りますね! もし手が必要でしたら、いつでも声を掛けてください。俺達外にいますんで!」
「あっ、まだ別に……いえ……分かりました。――ケイタさんもお芋焼くの頑張ってくださいね」
「はい! ではごゆっくり召し上がってください」
微笑みながらヒラヒラと手を振ってくれる大家さんから、逃げるように慌てて出て来てしまった。
大家さんに見透かされてしまったかな……。トホホ、情けないなぁ俺……。
ラキちゃん達と焼き芋の味を楽しみながら再び竈の前で焼き芋の番をしていると、王子様とエルレインが帰ってきた。
なんかまた王子様はしょんぼりとしている。あの様子だと、今日も 『紅玉の戦乙女』 はいなかったようだな。
最近彼女達はダンジョンに籠っているようで、まだ帰ってきていないと門番のお爺さんから話を聞いていた。
「よう王子様、またガイゼルさんにこってり絞られたのか?」
「うっ、うるさいっ!」
ガイゼルさんとは、門番のお爺さんの事だ。
なんでもガイゼルさん、元はカサンドラの将軍だったそうで、王子様の幼少期の剣の師でもあるという。
そのため王子様はどうやらガイゼルさんに頭が上がらないらしく、最近やっとアルシオーネの家の門を潜る事を許可されたのだが、いつも説教される。
先日俺達全員で訪問した時も、まるでダメな生徒を叱るかのごとく凄まじかった。
「ほれ、これでも食って元気出せ。――エルレインも、はいっ」
「むぅ……芋か」
「ありがとうございます。いい匂い……。これがケイタさんの故郷のお芋なのですね?」
「そうそう。この世界のどの甘芋よりも美味いぞっ」
もしかしたらこの世界にはもっと美味しい芋があるのかもしれないが、俺にも少しはお国自慢をさせておくれ。
二人はガーデンテーブルに着くとラキちゃんにお茶を淹れてもらい、お上品にスプーンで食べている。
おぉう、流石はお貴族様だな。芋を食べるだけでも絵になっているぞ。
「ん~! これはとても美味しいです!」
「ほう、上品な味わいだな。悪くない」
「それはよかった」
皆がくつろいでいる横で俺がせっせと芋を焼いていると、突然俺の背中に誰かが覆いかぶさってきたような重みが生じ、首に腕を回される。
ラキちゃんかな? と思ったがラキちゃんは俺の横にいる。しかも 「もー!」 と俺の背中を見て少々ご機嫌斜めな感じである……。えっ、じゃこれは誰?
「ふっふー、良い匂いがするじゃないかケイタ君。――私にも一つおくれっ!」
「うおっ!? なんだカーミラさんか、ビックリした。――はいどうぞ。ダンジョンから戻られたんですね?」
「サンキュー! そーそー。久々に帰ったらさ、なんか君たちが最近頻繁に尋ねてきていると聞いてね。何事かと皆でやってきたのさ。――ややっ、これ美味いね!?」
あっ、本当だ。垣根の門の方からアルシオーネを先頭に 『紅玉の戦乙女』 のメンバーがこちらへやってくるのが見えた。
「皆さんごきげんよう。無事にお帰りになられたようで何よりです。――訪ねていらっしゃったようですが、暫く留守にしてましたのでごめんなさいね」
「いえいえ、わざわざ来て頂いてすみません」
「リンメイお帰りっ!」
「――うわっぷ! 止めてお姉ちゃん恥ずかじいいいーっ……!」
いつものように、メイランは人目をはばからずリンメイを抱きしめてしまっている。
ははっ、本当に仲が良いな二人は。
「アルシオーネ嬢! ――その……、再び君に会えて……とても嬉しい」
「……お帰りなさいセリオス。貴方の噂は
労いの言葉と共にアルシオーネが柔和な表情を見せると、もう王子様はそれだけで舞い上がってしまう。
「はっ、はい!――そうだ、今ケイタの奴が焼く芋を頂きながら、お茶にしていたところです。どうだろう? 一緒にお茶でも飲みながら旅の話を聞いてはもらえないだろうか?」
「ええ、喜んで」
「アルっ、この芋めっちゃ美味しいよ! これアンタが好きなヤツだ」
「えっ、ホントです!?」
不意にアルシオーネが一瞬見せた年頃の乙女な表情に、なんだか微笑ましくなる。
さて、席が足りないな。彼女達のテーブルを準備するか。
「――で、これがそのフェリックの血です。以前ラクス様はラキちゃんからカーミラさんの能力を耳にしていたようで、帰ったら渡すよう持たされました。もしも運良く能力を発動させる事ができたら、二秒ほど時を止める事ができる……はず」
本当はサラス様に持たされたんだが、フェリックの血が入ったポーションを五本並べる。
正直言って、こんな縁起でもないモノは持ってきたくはなかったんだがなあ……。
「ほっ、本当かいケイタ君!? やーん! 君になら一晩抱かれてもいいっ!」
カーミラに抱き着かれてしまうが、ラキちゃんとリンメイに両脇を抱えられ、 「ダメです!」 と何故か俺が怒られてしまう……。
「あははっ――ではさっそく」
カーミラは男前にクイッと一息で飲んだのだが……。暫く経つも、何も変化が感じられないようだった。
やはり俺の恩寵と同じように、イレギュラーのギフトはダメか? なんて思ったのだが……。
「ブフッ、クククッ……ヒィー!――こっ、これ最高だ! ありがとうケイタ君! これからは私の切り札として大事に使わせてもらうよっ!」
ん? カーミラは何かしたのか? 突然腹を抱えて笑い出してしまったぞ……。
「あっ! ――ブフーッ!」
突然ファルンがマイラの顔を指差し、噴き出してしまった。
ああーっ! マイラの額には、墨で 『肉』 って書かれてるじゃないか! てことは、ギフト使って誰にも気づかれずにアレを書いたのか!?
しかしカーミラ、額に肉って……。まさか君も、日本から来た迷い人ってことはないよね?
「えっ、なに? どうしたんだ?」
困惑するマイラに、笑いを堪えながらヒスイさんがコンパクトミラーで顔を見せてあげる。
「――なっ!? てめぇこんにゃろー!」
「わははっ! じょーだんだってばじょーだん! ――悪かったって!」
「何がじょーだんだ! 待ちやがれぇー!」
途端にマイラとカーミラの鬼ごっこが始まってしまった。頼むから大家さんの家を壊さないでくれよ……。
そんな俺の空気を読みとってくれたか、アルシオーネが窘めてくれる。
「貴方達、サリア様の家を傷つけたら二度とここへは来られなくなるから止めなさい。――しかし、恐ろしいギフトですわね。皆さん、よくぞこんな相手に勝つことができたものです」
「そうね。こんなの、事前情報無しでまともに相手したら、まず勝てないわ」
「そこは早めにおっさんが気が付いてくれたからなー。その対策として、あたいもすげー剣買ってもらっちゃったし」
えへへーと、さりげなく流星剣を披露するリンメイが微笑ましい。
「まだ時間停止が二秒程度だったのでなんとかなりました。以前ファルンさんの作った泥沼を見てましたからね、二秒で逃げれない環境に上手く誘い込んでしまおうって、思いついたんです」
「なるほどねー。――しっかし、護衛依頼のはずが 『ハルジの閃光』 を倒して聖女様を救い、ついでに祖国の危機を救っただけでなく流行り病の元を根絶して、しまいには雷帝の竜核を雷樹島まで届けた? ちょっと盛りすぎよね」
それらは全て 『ハルジの閃光』 が元凶だったからなぁ……。まぁ確かに、盛りすぎと言われても仕方がない。
「……本当ですわね。しかしこれで、表向きはセリオスのパーティが世間に知れ渡る事となってしまいました。――その事で、皆さんに伝えておかねばならない事があります」
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