091 聖女ミリアリア
ゴブリンの治める地域最大の都市ブリンデル。現在聖女ミリアリア様は、この都市にいるはずだ。
ブリンデルはパルカス川を利用して、河川交通のための水路が幾重にも拡がっている。
流石は土木の妖精と称されるゴブリン最大の都市だけあって、街並みは素晴らしく、水路も機能的で美しい。
今日は一日ブリンデルでゆっくりする事となったので、船着き場から程近い宿を取り、それからは自由行動となった。
「あたしらはこの都市で買い物でもしてっから、あんたらは気にせずゆっくりしといで。ちゃんと聖女様を慰めてやんだよ。――あと、逃げんじゃないよ」
「はいはい逃げねえよっ。――じゃ、ちょっと行ってくる」
ポラーレファミリーは 『聖なる息吹』 をオークションで競り勝つために貯めこんだ資金がまるまる浮いてしまったからな。その銭で、今日はこの都市でいろいろと買い込むようだ。
アリーナは面白そうだと言って最初俺達に付いてこようとしていたが、船長が 「あんたの欲しいもんは買わなくていいんだね?」 と言うと、あっさりと諦めてしまった。
聖女様が救出された事は既に
そんな感じなので聖女様に関する噂話をしている人も多く、耳をすませば、なんとなく今の聖女様の状況を知る事ができた。
救出したのがカサンドラ王国のセリオス王子だという事も、しっかりと伝わっている。どうやらサラス様の思惑通りに噂が広まってくれているようだ。
聖女様は現在、この自治領を治める総督の城であるブリンデル城で匿われているようで、帰還後はまだ一度も、民衆の前には姿を現してはいないそうだ。
ラキちゃんが心配していた通り、心の傷なんてそうそう簡単には癒えやしない。何とかして今日はラキちゃんとの面会を果たし、聖女様を少しでも元気付けてあげたい。
ブリンデル城はこの都市中央の小高い丘の上にあるので、場所はすぐに分かった。
堀に囲まれたその城はゴブリンの素晴らしい土木技術によりとても美しい景観をなしており、観光名所ともなっているようだ。
城の周りにも、丘の斜面に沿って美しい建物が立ち並んでいる。まるでそれぞれの建物が城を守るための城壁を形成しているかのようで、これも意図して建てられているのだろう。
それら全ての建物は、魔女の宅急便の世界を思い出してしまうようなカラフルな色彩で美しく、お城を含めて街そのものが芸術品かのようだった。
そんな美しい街並みを眺めながら、俺達はブリンデル城に向かって歩いていく。
ブリンデル城へ近づくにつれ、多くの人々が城門の周辺に集まっている事に気が付いた。この地域の主な住人であるゴブリンだけでなく、他の種族の人々も結構な数がいるようだ。
その人々は物乞いというわけではなく、酷い怪我や病に侵されている人と、その付き添いの人だというのが見て取れた。中には、幼い赤子を抱いた女性までいる。
――もしかして、この人達は聖女様に助けを求めて来ている人達なのか……!?
しかし彼らは誰も聖女様に会わせてくれと門兵に詰め寄るわけでもなく、ただじっと静かに、
……いや、一人だけ門兵に詰め寄っている人物がいる。
「お願いします! どうか聖女様に会わせてください!」
「だからっ! まだ聖女様とはお会いする事はできんと言ってるだろう。――さあ、帰った帰った!」
門兵に詰め寄っていたのは、冒険者ギルドの制服を着たゴブリンの少年だった。年の頃は聖都の冒険者ギルド職員であるトマス君と同じ位だろうか。
しかし、たとえ冒険者ギルドの職員であっても、聖女様には会わせては貰えないようだ。聖女様の施しを待つ周囲の人々は、そんな彼をじっと見つめていた。
どうやら少年は諦めたようで、がっくりと肩を落としてトボトボと、こちらの方へ歩いてくる。
「こりゃー、普通にお願いしても会わせてはもらえなさそうだなー」
「そうだねー……」
「だなぁ……。やはり聖女の一団として来るのが正解だったか? ――仕方がない、ちょっと向こうの方で着替えてから出直そ……ん!?」
「ケイタさん、どうかしましたか?」
俺達の横を先程の冒険者ギルドの職員らしき少年が通り過ぎた時、俺のギフトが発動してしまった。
思わず彼を目で追ってしまう。
「……ギフトが発動した。――なあ君、もしかして冒険者ギルドの職員さんかい?」
「えっ? あっはい、そうですが……。どうかされましたか?」
肩を落としトボトボと歩いていた彼は突然話しかけられ驚くも、俺達が冒険者であると判断したのか、ちゃんと受け答えをしてくれる。
「俺達、他所から来た冒険者のパーティーなんだけどさ、できたらこの都市の冒険者ギルドまで案内してもらえないかな?」
「ええ、構いませんよ。僕も丁度向かう所ですし」
「そうか! すまんな、助かるよ」
俺は皆に目配せすると、黙って従うよう促した。
「先程は随分と必死な感じだったけど、君は聖女ミリアリア様の身内か何かなのかい?」
「いえ、そういうわけでは……ありません……」
「ははーん分かったぞ。さてはおめー、聖女様と恋仲な関係だな?」
「こっ、恋仲だなんてそんな……! ――ただの幼馴染です……」
この冒険者ギルド職員の少年は名をルーカスと言い、聖女ミリアリア様と同じ村の出身であると教えてくれた。
ミリアリア様が聖女としての力を発現してからは、国の庇護を受けるために家族と共にこの都に移ってしまったので、少しでも近くにいたいと自分もやってきたそうだ。
「なんだよ、やっぱ聖女様の事が好きで、この都まで追っかけて来たんじゃねーか」
「あはは……はい……」
「でも大したもんだ。その若さで冒険者ギルドの職員になるなんてなあ」
「それに関しては運が良かったんです。僕は女神様から 【鑑定技能】 のギフトを授かる事ができたので、ギルドに採用してもらう事ができました。――でも……、でも 【鑑定技能】 では彼女を守る力にはなれません。今回の事で、自分の無力さを痛感してしまいました……」
「そっ……! ――なんでもないっ」
再びがっくりと肩を落とすルーカス君にリンメイは何か言おうとしたようだが思い止まり、プイッとそっぽを向いてしまった。
同じ 【鑑定技能】 持ちのリンメイが言わないのなら、俺達はそれ以上は何も言う資格が無いな。
「こちらがブリンデル冒険者ギルドです」
「ありがとう、助かったよ」
都市ブリンデルの冒険者ギルドも他の都同様に、目抜き通りの分かりやすい場所にあった。
水路を使った運搬や移動を上手く利用するためか、裏手の解体作業場に隣接して結構大きな水路の船着き場もある。これなら獲物の運搬も楽だな。
先にルーカス君がギルドへ入って行くと、上司と思われる職員から 「昼休みはとっくに過ぎてるぞ!」 とお叱りを受けていた。
そういえば俺達、まだ昼食取ってなかったな。成り行きでここまで来てしまったが、折角だからと、俺達はここで昼食を済ませておく事にした。
ギルドに隣接する酒場兼食堂でランチを食べていると、思い出したかのようにエルレインが、今回俺のギフトが何を示したのか尋ねて来た。
「そういえば、今回のケイタさんのギフトはどのような内容だったのですか?」
「ああ。――どうも女神様は、あそこのルーカス君を聖女様の為に導いて欲しいみたいなんだよね」
俺は声を潜めて皆に言うと、納品カウンターで業務に勤しんでいるルーカス君に向け、手に持つフォークでツンツンと指し示した。
「導く……ですか?」
「ああ、どうやらね。だから、すまないが皆にはちょいと協力してもらいたい。――いいかな? 特にリンメイと王子様」
俺のお願いに、皆は快く首を縦に振ってくれる。
「しょーがねーな。同じギフト持ちのよしみだ、任せろ」
「女神様のお導きだからな、是非もない」
食事を終えた俺達は、ギルドの化粧室を借りて聖女の一団となる。
今回ラキちゃんは最初から天使として訪問するために、以前ラクス様から頂いた教皇聖下のお召しになる聖法衣を纏っていた。
しかも、今日は大人な雰囲気を出すためにエルレインに少々メイクもしてもらったようだ。
「おおっ、今日はちょっと雰囲気が違うね。――うん、いつにも増して、とっても美人さんだよ」
「うむ、美しさに磨きがかかっているぞラキシス殿」
「えへへ、ありがとうございまーす!――コホン、では皆さん参りましょう!」
「「「はっ!」」」
ということで、まずは納品カウンターの前に向かう。
もうラキちゃんは、最初から六枚の光の翼を纏い、宙に浮いて移動している。そのため、いつも以上に周囲からは物凄い注目を集めていた。
「私は聖女ミリアリアを慰めるために遣わされた名も無き天使。聖女ミリアリアの幼馴染である貴方に、聖女の元までの案内を要請します」
「えっ!? えっと……あの……」
ルーカス君はビックリして、どうしましょうという感じに周囲を見渡すと、上司は行ってこい行ってこいと、手で追い払う仕草をした。
「かっ、かしこまりました! それではご案内致します!」
「では君にもこれを纏ってもらおう」
そう言い俺は護衛神官のローブと仮面を渡してあげ、すぐにその場で羽織ってもらう。
ギルドを出ると、ラキちゃんはルーカス君に案内を要請しますと言いながら先頭に立ち、ブリンデル城の方へズンズンと進んで行く。
俺はその様子に戸惑ってしまっているルーカス君の肩を叩くと、そっと耳打ちした。
「ギルドまで案内してくれたお礼だ。聖女様に会わせてやるから、黙って俺達に付いてこい」
「えっ……!? はっ、はいっ!」
再び聖女様に救いを求める人達が佇んでいる辺りまで来ると、ラキちゃんは神聖魔法を行使して周囲の人々を癒し始める。
そして門兵の前まで来る頃には、そこにいた全ての人々の治療を終えてしまった。
突然の事に驚愕する人々は、頻りに手を合わせたり頭を下げたりと、涙を流しながら感謝の気持ちを表していた。
周囲の人々と同じように驚愕しながらその様子を見ていた門兵へ、ラキちゃんは凛とした声で語りかける。
「私は天使ラクスの命により遣わされた名も無き天使。――本日は聖女ミリアリアの心を癒すために参りました。よって、彼女との面会を求めます」
「しょ、少々お待ちくださいっ!」
門兵は大慌てで中へ報告に行くと、暫くして総督夫人が多くの侍女や使用人、そして近衛騎士を引き連れ、俺達を迎え入れてくれた。
現在この地を治める総督は不在だった。なんでも今回の聖女誘拐の件でハルジャイール王国を糾弾するため、この国の中枢機関がある首都ニルヴァーナへ急いで向かったそうだ。
そのため、現在この城の最高責任者である総督夫人が自ら、俺達を聖女様の元へ案内してくれた。
「誠に申し上げにくいのですが……、現在聖女様は私やご家族、そして一部の侍女を除き、他者との面会を非常に恐れてしまっております……」
「そうですか……。とても辛い思いをされたのです。無理も無いでしょう」
部屋の前まで来ると、ラキちゃんはそっと総督夫人にだけ聞こえるように囁いた。
「先程までは多くの人の目があり名乗る事はできませんでしたが、聖女ミリアリアには 『ラキシスが来た』 と伝えて頂けますか?」
「……! かしこまりました」
ラキちゃんの言葉を理解した総督夫人は扉の前を守っていた近衛騎士や後ろに控える侍女を下がらせ、俺達だけとなったのを確認してからノックした。
「ミリアリア様、私です、エマです。――本日はミリアリア様にお会いするため、天使ラキシス様がいらっしゃいました。……ここを開けて良いですね?」
「……えっ!? ラキシス様!? ――エマ様少々お待ちを! たっ、只今そちらに……きゃあ!」
ミリアリア様の慌てる声が聞こえたかと思ったら、バタンとすっころんでしまったような音が聞こえてしまった。
慌てて総督夫人は扉を開くと、転んでしまった姿を恥ずかしそうにする聖女ミリアリア様がそこにいた。
「あっ、あはは……大丈夫です。よっ、ようこそ……! ようこそお越しくださいましたラキシス様! ううっ……」
ラキちゃんがミリアリア様に駆け寄ると、感極まってしまったミリアリア様はラキちゃんの手を取り泣き出してしまった。
「ミリアリア様が心配で来ちゃいました。――お元気でしたか? 私で何か力になれる事はありますか?」
「はいっ……! どうかっ……! ラキシス様、どうか私をお救いくださいっ……!」
ラキちゃんは優しくミリアリア様を抱きしめると、落ち着くまで暫くそのままで待ってあげる事にしたようだ。
ルーカス君は思わずミリアリア様の元へ駆け出そうとしたが、ラキちゃんに抱かれて泣き崩れるミリアリア様を見て踏みとどまってしまう。
俺はそんな彼の肩を叩き、 「すまないが、もう少し待ってくれ」 と人差し指を口の位置に立てて合図をする。
暫くしてミリアリア様は少し落ち着きを取り戻すと、ポツリポツリと話し始めた。
「……その……本当は今すぐにでも……私のために亡くなった全ての騎士様のもとへ弔問……したいのです。……ですが………………怖いんです。また私のせいで誰かが命を落としてしまうのではないかと……、また恐ろしい人達に攫われてしまうのではないかと……。もう、どうしようもなく怖いんです……! 怖くて足が竦んでしまい、外に出る事ができないんです……! ううっ……」
今抱えている苦しみをミリアリア様はなんとか吐き出すと、再び涙を流してしまう。ラキちゃんは、そんな彼女の手を包むように優しく握ってあげると、ゆっくりと語りかけた。
「……では弔問をなさる間、私共がミリアリア様の護衛をいたしましょう。――後ろに控えるのは先日ミリアリア様を救い出した勇士ですよ。それなら怖くないでしょ? ……どうです?」
「……ほっ、本当ですか!?」
「えぇ!」
「ありがとうございます……! 本当に、本当にありがとうございます……!」
俺達と一緒に黙って二人の会話を聞いていた総督夫人は、明日にでも亡くなった騎士の遺族の元へ弔問に迎えるよう段取りをしておきましょうと約束をしてくれた。
ただ、二人の会話には疑問があったようで、総督夫人は遠慮がちに尋ねてきた。
「一つお伺いしてもよろしいでしょうか? ミリアリア様をお救いしたのは、本当はカサンドラ王国のセリオス王子ではなく、ラキシス様だったのでしょうか?」
それに答えるように、ラキちゃんは後ろに控える俺達の方を向く。
「セリオス王子、すみませんが仮面を取って頂けないでしょうか?」
「承知した」
セリオス王子はラキちゃんに言われた通り仮面を外し、ローブのフードを後ろに捲って顔を露わにした。
まさかここに本人がいるとは思わず、総督夫人とルーカス君は驚いてしまう。
「今は縁あって、セリオス王子は私と行動を共にしております。
「なんと……、そのような事情でしたか」
「ですので、天使ラクスが述べたように、これからもミリアリア様をお救いしたのはセリオス王子という事でお願いします。――ルーカスさんもよろしいですね?」
「えっ、ルーカス!?」
ミリアリア様は驚いて顔を上げると、バツが悪そうにルーカス君は仮面を外してフードを捲った。
姿を露わにしたものの、ルーカス君はどうしても踏み出せずに佇んでいる。仕方がないので、俺は彼の背中を押してミリアリア様の元へ行くよう促してあげる。
「ほら、行ってこい」
「はっ、はい。――あの……えっとその、久しぶりだねミリアリア……。君の事が心配で……きちゃった」
「あぁっ……、ルーカス!」
はにかむルーカス君にミリアリア様は勢いよく飛びつくと、二人は暫くの間、無言で抱きしめ合っていた。
その姿だけで、ただの幼馴染という間柄などではなく、この二人の絆がとても深いものだというのが十分に理解できた。
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