078 海賊
「てめぇら待ちやがれっ!」
「ハッハー! 待てと言われて大人しく待つわけねーだろ! バーカ!」
「「「バーカ!」」」
――くっそ! こんにゃろー!
ボートで待機していた明らかに子供の手下にハモられて、余計にイラッと来てしまう。
「ケイタさん! ――てえぇぇぇいっ!」
エルレインは俺の名を呼ぶと、続けて何かを力いっぱい投擲した。
彼女は何を投げたんだ? 上手く認識できない。
――認識できない……? ってまさか!
エルレインが何を投げたのか意識を集中して目を凝らすと、やはり認識阻害の外套を羽織ったリンメイをぶん投げてた!
エルレインの授かった 【戦乙女の加護】 というギフトは、ハンスの持つ 【剛力】 とトーイの持つ 【頑強】 を足して二で割ったような性能を持つ。
【剛力】 は三倍のパワーだがこちらは二倍で、 【頑強】 は十分の一だがこちらは六分の一に受けた衝撃を減衰させる。
どちらも【剛力】 【頑強】 それぞれの能力には敵わないが、どちらもそれらの半分以上の性能を誇っているので非常に強く、これまたレアなギフトだ。
また、エルレインは授かったギフトや鎧を纏った外見のせいでガチガチの脳筋パワーファイターに見られがちだが、実は魔法士としての才能もある。
特に水属性の魔法をを得意とするようで、盾の表面に水魔法の層を作って相手からの攻撃を滑らせ受け流しやすくしたりと、戦う時も工夫をしている。
エルレインは見た目から誤解されてしまう事が多いが、非常に卓越した才女なんだよね。
そのエルレインが、なんと身体強化とギフトの力を最大限に使ってリンメイをこちらに向かって投げてきた。
物凄い勢いでボートまで迫りくるリンメイは、くるりと猫のようにしなやかな動きで体勢を整える。
そして俺の方をちらりと見てニッと笑うと、双剣を引き抜いてタンタンターンと空を蹴り、方向を修正しながら更に加速してボートの方へ躍りかかった。
「おっさん合わせろおぉぉ!」
「任せろっ!」
――ズバッ! ザシュッ!
「なにっ!?」
連中からは突然リンメイが空中に現れたかのように見えただろう。
見事リンメイはメノリの捕まった投網を切り裂くと、ブーツの能力の最後の一歩で川岸へ跳んだ。
「ひぃー!」
網に
「頂きっ!」
「「「あっ!」」」
俺は再びブーツの能力を使って川を駆け、メノリをしっかりと受け止めると対岸へ向けて跳んだ。
なんとか四歩目の跳躍で対岸の岸に降り立つ事ができてホッとする。
「ふぅ。――大丈夫ですか? メノリさん」
「ケッ、ケケケケイタさん! うしろうしろっ!」
「えっ!?」
――ザアアアァァァ!
「ふざけんじゃないよ!」
「おっさん危ない!」
慌てて振り向くと、王子様と戦っていたはずの巨大な蛸が俺の方に迫ってきていた。
まずい、反応が後れて蛸の足を回避できない!
「えいっ」
――ドッパァーン!
ラキちゃんの声と共に川幅を埋める高波が起こり、蛸ごとボートを押し流してしまう。
絶妙な
流石はラキちゃんだ。あのボート、子供や赤ちゃんまで乗っていたからね……。
「わあぁぁ!」
「えーん!」
「くっそふざけんなよー!」
「あとちょっとだったのにぃー!」
「てめぇら覚えてやがれー!」
ひたすら捨て台詞を吐きながら、自称海賊の連中はどんどん下流へ流されていってしまった……。
「皆さんご迷惑をおかけしました……」
馬車まで戻ってきたメノリさんは、しょんぼりとしながら皆に謝ってきた。
「いや、謝るのは俺達の方だ。俺達が至らなかったせいでメノリさんが攫われるのを防げなかった。――本当に申し訳ない」
「イヤイヤそんな事ないです! 皆さんとっても優秀ですよ! だってあの状況から救ってもらえるなんて、私ビックリしちゃいましたし!」
「ああ、君らは本当に優秀だ。今回君らが護衛で助かったよ。――本当にありがとう」
バージルさんにもお礼を言われてしまった。
「ともかく、皆急いで馬車に乗ってくれ。可能性は低いが、また奴らが戻ってくる可能性もある。――さっさとこの場を離れよう」
俺達は急いで馬車に乗り込むと、再び移動を開始した。
「あいつらあんなだったけど、かなり能力の高い連中だったな」
「うんうん、あの大きな蛸さん凄かったもんね」
「あのでかい氷のブロック作った奴も凄かったぜ」
「だね。それに随分と計画的だった。きっと頭が回る賢い奴があの中に居たんだろうな」
あの水でできた巨大な蛸は本当に凄かった。
あれは恐らくギフトの力だろう。
あんな連中、普通の黒曜級冒険者には荷が重すぎる。メノリさんを連れ去られた時は本当に焦ってしまったからな。
今回はうちのパーティメンバーが優秀なおかげで事なきを得たようなもんだ。
「こんな山奥で海賊と
「うふふ、ですねっ」
やれやれといった感じに発した王子様の言葉にエルレインは朗らかに笑うので、ついつい俺達もつられて笑ってしまった。
まあ確かに、こんな所で名乗りを上げる悪党が現れるなんて思わねーよ……。
雨はまだ降り続いている。
街道でもこの辺りは夏は雨になり易く、冬は雪に埋もれてしまうため、昔は泥道で酷い有様だったらしい。そのため石畳や
それでもやはり続く雨や行き交う馬車によって道が傷んでしまうので、先程から馬車はガタンガタンと大きく揺れながら走っていた。
「ラキー、御者台これるか?
リンメイは酷い揺れに我慢できなくなったのか、ラキちゃんに助けを頼んできた。
「はーい。――ちょっと行ってきますね」
「はい、よろしくお願いします。――後方はお任せください」
暫くすると、途端に酷かった揺れが収まってしまった。
本当に凄いなラキちゃんは。こんな繊細な魔法までこなしてしまうのか。
「いやー、魔法士の方が護衛にいるとホント助かるよ。ありがとね」
「えへへ、どういたしましてっ」
「ラキは何でもできちゃう、うちのパーティの要だからな。すげーんだぜ!」
リンメイはまるで自分の事のように、誇らしげにラキちゃんを褒め称えた。
雨の中、なんとか途中の高原にある中継の町まで辿り着くと、雨宿りも兼ねて少し長い休憩をとる事になった。
バージルさん達が郵便ギルドに盗賊出現の報告をするための時間が必要だったからだ。
「ちょっと俺達は盗賊の報告をしてくる。皆は食堂で休憩でもしててくれ」
「分かりました」
馬車の方も郵便ギルドの職員さん達が馬の交換を始めたようだ。
俺達は馬車を離れ、宿舎にある食堂の方へ向かう。
連絡通路の屋根の下で水の生活魔法を使って濡れた全身を乾かすと、やっと人心地つく。
うちのパーティは全員が魔法士としての才能があるので、それぞれ自分で水気を取り除き体を乾かしていた。
「ちょっと体冷えちまったな。食堂で温かい飲み物でも飲もうぜ」
「そうだな」
「さんせーですっ」
俺達はぞろぞろと宿舎にある食堂へ入ると、皆でこの町お勧めのミルクティーを頼んだ。
それはこの町特産の牛乳を使い蜜で甘く煮出したミルクティーで、まるでインドなどで飲まれているチャイのような感じだった。
何かしらの香辛料が入っているようで独特な風味がして、とても美味しい。冷えた体に染み渡る美味しさだった。
「ふむ、悪くないな」
「くどくない甘さで飲みやすいですね。とても美味しいです」
舌の肥えている王子様達にも、どうやら好評のようだ。
折角だからと何か摘まめる物も購入し、軽く腹を満たしながらバージルさん達を待つことにした。
「待たせて済まなかったな。それじゃそろそろ行こうか」
バージルさん達は食堂に入ってくると、すぐに出発を促してきた。
「お疲れ様です。――お二人もどうです? ここのミルクティー美味しかったですよ」
「ああ大丈夫、大丈夫。それよりも時間が惜しい。今日は大分遅れているからな」
「美味しいですよね、ここのミルクティー。さっき報告しながら私達も頂いたんで大丈夫ですよっ」
宿舎を出ると、少し雨が小降りになっていた。
俺達は急いで馬車に乗り込み、すぐに出発する。
新しい馬は力強く街道を掛けていく。
引き続きラキちゃんが土魔法を使って
暫くすると雨は止み、雲の合間から夕焼けの空が顏を出してきた。
降り注ぐ
「綺麗だな……」
思わず呟いてしまった俺の言葉に、皆は頷いていた。
標高の高い所から眺める夕焼けは、普段と違ってとても美しかった。
「あっ、城壁が見えて来たぞ!」
「なんとか夜になる前に着いたな」
幾重にも曲がりくねるつづら折りの山道を進み、遂に俺達は目的地の国境都市ボルドレンまでやってきた。
この地域は非常に深い峡谷を国境としており、山間に設けられた国境都市の中に国境検問所がある。
国境検問所は峡谷に掛かる非常に立派な橋を挟んで向こう側とこちら側両方に存在している。
因みに、俺達が向かう国境都市ボルドレンは橋の向こう側エルドラード共和国の都市であり、やっと着いたこちら側は国境都市ガルドレンという名前だ。
この二つの都市はお互い峡谷を挟んで似たような構造をした都市となっており、峡谷の谷壁斜面には数多くの家々が建ち並んで独特な街の雰囲気を醸し出している。
このような構造の都市のため、谷から吹いてくる風はとても心地良く、人気の避暑地となっていた。
俺達はほぼフリーパスな状態でガルドレンの城壁を潜るとそのまま真っ直ぐ目抜き通りを進み、立派な門を構えた国境検問所までやってきた。
この国境検問所は、エルドラード共和国側の国境警備兵が門兵をしている。そしてボルドレン側では、アルティナ神聖皇国側の国境警備兵が門兵をしている。
これは検問によって何か問題が発生した場合、橋の上で立ち往生されるのを防ぐためだ。
「おう、お疲れさん。今日は遅い到着だな」
「ああ、……途中で雨に降られてしまったからな」
バージルさんは国境警備の門兵と顔なじみのようで、慣れた感じに手短に手続きを済ませていく。
門兵は鳥人という種族で、俺は初めて見るその姿に内心驚いてしまった。
鳥人の冒険者は聖都アルテリアではまず見かけない。
彼らは自由に羽ばたけないダンジョンという閉鎖空間を非常に嫌うからだ。
ボルドレンとガルドレンは独特な構造の都市のため、他の地域には珍しい鳥人と呼ばれる種族が割と多くいると聞いた。
彼らは勿論空を飛べるので、国境は有って無いような感じに向こうとこちらを自由に行き来しているんだそうな。
彼らの翼の先の方は殆ど手のような造りをしており自由に物を掴めるようになっているが、飛行時は足で武器を掴んで繰り出す攻撃を得意とする。
そのため、足技が非常に巧みな種族らしい。
俺達は護衛の冒険者という事で越境の許可を貰うために、
門兵はぐるりと馬車を回って俺達の
「よし、行っていいぞー。――ようこそ、エルドラード共和国へ!」
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