023 メカリス湖

 ダンジョンに行ける事になったので、いよいよ俺もダンジョンデビューだ! ――というわけでもなく。

 今日は大家さんとラキちゃんと俺の三人で泊りがけの薬草採取に出かける事になった。

 なんでもこれから向かう湖に、夏至の時分にだけ咲く花の採取が目的らしい。


「今年は二人がいるから助かるわ」


 大家さんはそう言い俺たちに微笑んでくれる。

 目的地のメカリス湖から最も近いのがロッセンという町なので、今日はそのロッセンに宿泊する予定。

 聖都からロッセンまでは定期運行の駅馬車が出ているので、今は馬車に揺られながら目的地に向かっているわけだ。


「俺たちも泊りがけなんて初めてだから楽しみだったりします。ねー」


「ねー」


 ラキちゃんも外の景色を楽しみながら相槌を打ってくれる。


「しかしメカリス湖にしか咲かないなんて珍しい花ですね」


「メカリス湖は、神話の時代に世界の覇を争った魔王と邪竜ギリメカリスの戦いの際にできた湖って言い伝えがあるんです。

 その時邪竜の流した穢れた血を、その花は毎年夏至の時分に浄化しているって謂れがあるんですよ」


「ああ、だからその花はドラゴンブラッドって名前なんですね?」


「そうなんです。その時にだけ一面に咲く真っ赤な花。とーっても綺麗なんですよ!」


「へぇー、見るのが楽しみですね」


 大家さんはとてもにこやかに語ってくれた。

 普段はあまり自分自身で薬草の採取には行かない大家さんがこうして自ら赴くんだから、さぞかし綺麗なんだろうな。

 ふとラキちゃんを見ると、上の空うわのそらな感じで遠くを見つめている。どうしたんだろう?


「……あのね、湖のお話は本当みたい。

 今サラスお姉ちゃんに聞いたんだけど、むかーし人ばかり食べちゃう悪い竜がいて、人がかなり減っちゃったの。

 それで魔王様が頭にきちゃってグーパンチで地面に叩き付けた時にできたんだって」


 ラキちゃんが突然言い出した事に俺と大家さんは驚く。

 えー、何そのドラゴンボールみたいな戦い……。


「えっ、それでその悪い竜ってどうなっちゃったの?」


「んー、地面にめり込んで死んじゃったんだって」


「うへぇ、魔王様ってやっぱりとんでもなく強いんだね」


 凄いな。それが本当ならドラゴンブラッドの謂われだってあながち嘘じゃないのかも。


「本当に世界の管理者なんですね。……ラキちゃんのおかげで歴史の真実を知れて嬉しいわ」


「うん、ほんとほんと。教えてくれてありがとう」


「どういたしましてっ」


 ラキちゃんはとてもご満悦。その姿がとても可愛い。


「しかし誰にも話せませんね。信じてくれないだろうし」


「ええ、私達だけの秘密です」


 大家さんと二人で思わず笑ってしまった。

 今回は車内に俺たちだけだったので、こんな会話が普通にできるんだよね。

 今日は天気が良いので、運賃の安い車外の座席に座る人ばかりなのだ。


 中継となる町の駅で馬車が馬と護衛を変えるので、その間俺たちも馬車を下りて休憩となる。

 ずっと座っていると腰とお尻が痛くなるね。大家さんに言われて座布団持ってきたからまだこれでもマシな方なんだけどさ。


 駅には乗客に食べ物や特産品を売ろうと屋台が出ているのでそこで昼食を買い、併設されたガーデンテーブルで食べる事にした。

 大家さんお勧めの果物を絞ったジュースにラキちゃんはご満悦だ。俺も美味しさに唸ってしまう。


「美味しいですね、これ」


「うん、美味しい!」


「そうでしょ? この町特産の果物を3つも使ったジュースなの」


 そして俺たちは昼食を楽しみ、それから車内のおやつとして特産の果物を使ったドライフルーツを買って再び馬車に乗り込んだ。

 その後も駅馬車の旅は順調そのもので、護衛が腕前を披露する場面も無いまま夕方にはロッセンの町に到着した。

 荷物を下ろし、大家さんが毎年利用している宿へ向かう。


「ごめんください。予約をしたサリアです」


 カウンターで大家さんが声を掛けると、奥から主人とみられる男性が出てきた。


「ようこそいらっしゃいましたサリア様。今年も当宿のご利用、誠にありがとうございます。――今年は三名の宿泊でよろしかったですね?」


「はい。三名の宿泊でお願いします」


 早速部屋に案内される。部屋は大家さんとラキちゃんのツイン一部屋と、俺のシングル一部屋で借りた。

 荷物を置き、早速食事に向かう。


「ここの宿は湖で獲れる魚の料理が美味しいんですよ」


 大家さんがそう言う通り、スープや衣で揚げたものやスモークサーモンのような切り身など、幾つもの魚料理が並べられる。

 どれもとても美味しい。身が大きいく小骨がないのでパクパクと食べてしまう。


「美味しいですね」


「美味しいね~」


「二人に気に入って貰えてよかったわ」


 お腹一杯に料理を楽しんだ後は、食後のお茶とデザートのフルーツでくつろぐ。


「今年はみんなで来れてとても楽しいわ」


 大家さんは上機嫌で俺たちにそう言ってくれた。


「大家さんは毎年お一人で来られているんですか?」


「そうね、たまに仕事の都合がつけばミリアも来るんですけど、大抵は一人ですね」


「やはり一年に一度だけ咲く花の景色が素晴らしいからです?」


「それもありますけど、一番の理由は他の人に任せられないって事ですね。鮮度が重要なんです」


「あぁなるほど~、だから……」


「そうなんです」


 そう言い大家さんは微笑みながら人差し指でシーのポーズをとる。

 実は大家さんはマジックバッグを持っている。

 なんとマジックバッグは重量が無視されるだけでなく時間経過も止める事ができる。

 そのため、鮮度が重要な素材の管理には欠かせない道具なんだが……如何いかんせん高い! 現代で高級車が買えるほどに!

 だから、そんな高級品を持ってるような奴が薬草採取なんて依頼を受けてくれる確率が低いんだと思う。

 ……それで自分で採取に来てるのか。


 因みに、実はラキちゃんも持っている。正確に言うと、ラキちゃんの能力の一つとして亜空間収納を持っている。

 性能はマジックバッグよりも高く、入口を自在に変える事ができるため、かなり大きな物も収納できる。

 本来の目的は、ラキちゃんの武装を格納するためのものらしい。

 人前で使うと大問題なので、普段は背負っている可愛いリュックの中で出し入れしてねとお願いしている。


 食堂でくつろいだ後は、この宿のもう一つの魅力である大浴場で汗を流して明日に供える事にした。




 次の日、今日は湖のほとりでドラゴンブラッドの採取に供えてベースキャンプを張る事になっている。

 宿を出て朝市でキャンプ中に食べる食材を色々と買い込み、それからのんびりと歩いていく。

 町から湖までの道のりはそれなりにあるのだが、魚の漁をしているだけあって荷車が通れるほど広く整備されているため歩きやすい。

 道があり人の往来もそれなりにあると、獣や魔物もあまり寄ってこないらしいので、何事もなく昼前にはメカリス湖に到着した。




「おっきーい!」


 ラキちゃんが湖の大きさに歓声を上げ水辺に駆けていく。

 俺は琵琶湖などを知っているため大きさについてはそれほどでもないが、とにかく景色が綺麗だ。

 森に囲まれた幻想的な風景に、見入ってしまう。


「綺麗ですねー」


「はい! とても景色が良いんですよ」


「大昔に竜がめり込んで出来ただなんて信じられませんね」


「ふふ、本当ですねっ」


 俺たちはラキちゃんの後を追い、水辺の方へ向かっていく。

 道から一番近い水辺は漁師の船着き場となっている。

 ドラゴンブラッドの採取できるエリアは船着き場からはもう少し奥まった場所なので、俺達は水辺に沿って歩いていく。

 採取できる湿原のようなエリアに近づくと、もう既にテントを張っている人達が何人かいた。

 俺達以外にも各地からドラゴンブラッドを求めて来ている人達が結構いるようだ。大家さんは顔なじみの人と気軽に挨拶をしている。

 それから空いているエリアを見つけ、俺達もベースキャンプの設置に取り掛かった。


「ではこの辺にかまどこしらえましょう。――さあケイタさん、魔法の練習ですよっ。れ・ん・しゅ・うっ!」


「はい!」


 大家さんのご指名を受けたのでやっちゃうぞ!

 俺は魔力マナを流しやすいよう、地面に両手を添える。

 土魔法はイメージが大事と言われているので、どのような形でどの部分を特に強化するかなどを頭に描きながら魔力マナを流す。


 ――ズズッ……ズズッ……。


 サブがやったように瞬く間とは程遠いが、ゆっくりと土がせり上がり、形を整えていく。


「うん、見た目は上出来です。後は実際に火を掛けて確認ですね」


 大家さんはコンコンと指で叩きながら、評価をしてくれる。

 そう、見栄えはよくても実際に要求に沿った機能を満たしていないと意味が無いからね。


 それから大家さんはマジックバッグからテントを取り出したので、俺は大家さんの指示に従い設営していく。

 こちらの世界のテントも地球とそう変わらないが、どうしてもポールが木製のため重くなってしまう。

 そのため、一人での運用だとポール一本か二本でタープが一枚と簡素な物になりがちだが、今回はマジックバッグがあるため、しっかりとしたのを持ってきた。

 レディが二人もいるしね。


 設営が完了したので、これからは目的の花が咲くまでのんびりと待機する事になる。

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