018 来客

「こんな時間に誰かしら」


 大家さんは席を立ち、玄関へ行く。

 精霊による警告がこないから悪意がある来客ではない事は分かるらしい。

 しかし何があるかわからないから、結局みんなでぞろぞろと玄関に付いていく。




 なんとそこにはこの国の現人神あらひとがみである大天使ラクス様が二人・・いた。

 二人とも銀髪の紅眼で、額にはヒンドゥー教のシヴァ神のように第三の目がある。降臨際こうりんさいの時に見せてくれるという六枚の光の翼は今は出ていない。

 まさに人間離れした美しさで女神様を思い出してしまう。

 どちらも日本の昔からのお姫様のような所謂姫カットな髪型をしているが、片方はクレヨンしんちゃんの吹雪丸のようにポニーテールにして快活そうな雰囲気を出している。


「お久しぶりですラクス様。こんな時分にどうされたのですか? ……それとこちらの方は?」


 大家さんはラクス様と知り合いのようだ。しかしもう一人の存在は知らなかったようで、驚いた表情でポニーテールの女性の方を見ている。


「お久しぶりですサリア。突然の訪問申し訳ありません。この子は妹のサラス。表には出ない子だから知らないのも無理もないわね。

 ――本日は、そちらの少女に用があって参りました。少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?」


 少女とは勿論ラキシスの事だ。


「ええ勿論です。――とりあえず中へどうぞ」




 応接間の方へ案内すると、二人は居ても立っても居られない感じでラキシスの前に目線を合わせるように屈み、ためらいがちに言葉を発した。


「あの……、私たちの事覚えているかしら……」


「えっと……、一号お姉ちゃんと二号お姉ちゃん?」


 ラキシスがそう言うや否や、二人は堰を切ったように大粒の涙を流しながらラキシスに抱き着いた。


「ごめんね! ごめんね! 置いていっちゃってごめんね!」


「あたしたちのせいで本当にごめんね!」


 二人はひたすらラキシスを抱きしめ謝りながら泣いていた。


「大丈夫だよ。気にしないで。お願い、もう泣き止んで?」


 そう慰めながら、ラキシスも自分を知っている二人に会えたことに涙を流して喜んでいた。




 暫くして落ち着いたところで二人から事情を聴く事になった。

 お互いに自己紹介を終え、まずはラクス様達がここへやってくる事となった経緯を話してもらう流れになったのだが、その前に一つ尋ねられた。


「その、皆さんは私たちの事をラキシスからどの程度聞いておられますか?」


「お二人の事については何も……。ただ名前を尋ねた時に 『人造天使試作三号』 と教えてもらった位です」


 その言葉を聞き、二人は顔を見合わせ結構悩んでいる。


 ――これから話す事はできたらここだけの秘密としていただきたいのですが


 そう切り出した後、


「その名前を聞いたという事は薄々感じておられるかもしれませんが、私は女神様の使いではなく、人により造られた存在です。サラスも、ラキシスもです」


 俺はこの世界の常識が女神様に植え付けてもらった程度しか持ち合わせてないからなるほどなって感じだったが、大家さんとミリアさんはあまりの事に驚いた顏で固まっている。


「えっ?……、じゃあ神聖魔導帝国を滅ぼした魔王をこの地で抑え込むために降臨されたってのは……」


「勿論作り話よ」


 ミリアさんが思わず呟いた疑問に、サラスさんがさらりと言った。そっかー、作り話だったかー。

 大家さんとミリアさんはまた驚いている。


「この際言っておくけど、神聖魔導帝国を滅ぼしたのは魔王じゃなくてあたしと姉さんの二人なの」


 これには俺も驚いた。女神様情報とまるっきり話が違うじゃないか。……ってそうか、俺が貰った情報ってただの一般常識だもんな。真実とは限らないって事か。


「私たち三人は神聖魔導帝国により人の力で天使を作り出すための素体として集められました」


「……村を焼かれたり家族を殺されたりしてね。条件は神聖魔法の恩寵を持つ子供だったのよ」


 大家さんがどこの国も神聖魔法の使い手を保護しているって言葉を思い出した。


「それで私と姉さんは主従の契約の際に心が壊れて暴走しちゃってね、この辺一帯を火の海にしちゃったの」


「ラキシスは私達よりも最終調整に時間が掛かってしまい、その時はまだ生命維持装置の中でした。

その……、私達がまともな心を取り戻すまで半世紀はかかってしまったんです。そのため、ラキシスの存在を思い出せた時は既に遅く、どうしても見つける事ができませんでした」


「やはり私たちが狂っていた時に死なせてしまったと思って二人で泣いたわ……」


「でも今日! この子の識別信号が突如現れたのです!」


「そう! それで慌てて姉さんとここに来たってわけ!」


 なるほどな。何かしらの能力でラキシスの生存を知ってここまできたのか。

 俺は第二下水処理場でラキシスを発見してここまで連れてきた事、名前を付けてあげたら機能制限を解除した旨を本人が喋った事を伝えた。


「あんな所まで飛ばされていたなんて……、本当にごめんなさい……」


「という事はラキシスはあなたと主従の契約を結んだのね。……それで制限が解除されたって事か」


 ――主従の契約!? どういうことだ?


「主従の契約だなんてそんな、俺はただ名前を付けてあげただけですよ」


「それが契約方法なんです」


「お兄ちゃんが私を家族にしてくれるって言ったの」


 俺が戸惑っていたら、ラキシスが合いの手を入れてくれた。


「そうだったの。良かったわね、本当に……」


「うん!」


「じゃ、連れて帰るわけにもいかないかー」


「そうね。――本当はこちらで保護しようと思っていたのですが、どうやら必要なさそうですね」


 そう言った後、ラクス様は俺に向き直る。


「ケイタさん、どうかラキシスをよろしくお願い致します」


「はい。命に替えても」


 これには俺はきっぱりと答えた。女神様に託されたし、ラキシスとも約束したからね。


 それからは今後の生活の事や定期的な健康診断が必要な事などを話した。

 ミリアさんがラキちゃんと呼ぶので、天使様二人だけでなく俺や大家さんもその愛称で呼ぶことにした。


「ラキちゃん、私たちとリンク張っていいかな? どこでもお話できるようになるよ?」


「うん! いいよ!」


 そう言い、天使の三人はお互いの第三の目を光の筋で結び、何やらスマホの連絡先交換のようなやり取りをした。


「わーおもしろーい。頭の中でお話できてるー」


 おぉー、頭の中でSNSやってる感じなのかな? 凄いな神聖魔導帝国の技術。

 その後も皆で和やかに談笑していたが、俺はどうも腑に落ちない事があり、思い切ってラクス様達に尋ねてみる事にした。


「あの、一つ質問よろしいでしょうか?」


「はいケイタさん、なんでしょう?」


「伝承ではラクス様が魔王の脅威を抑え込んでいる事になっていますが、実際のところその辺はどうなっているんでしょうか?」


「あー……、まあ、あたしたちの素性を知ったら疑問に思うわよね。遠くにあんな島が浮いてるわけだし」


「そうですね、その辺も少しお話しておきましょうか。――端的に言うと、魔王の脅威は全くありません」


 おおぅ! 無いの!?


「実は魔王は私とサラスの保護者なんです」


 なんか凄い事言ったぞ! 大家さん達もまた驚いている。


「私は偽物の天使ですが、魔王は紛れもなく女神様の遣わした大天使であり、この世界の管理者なのです。

 彼は心の壊れた私とサラスを保護し、辛抱強く導いてくださいました。――女神様の恩寵を受けた私たちを放っておけなかったのでしょうね」


「姉さんは自分の事を偽物だなんて卑下してるけど、女神様の遣いである彼からこの国を任されてるから、まるっきり偽物ってわけでもないはずなんだけどね……」


 確かにそうだ。間に魔王が中間管理職として入っていると考えれば、これまでも女神様の意向に従いラクス様は行動してきた事になる。


「でも不思議ね。その大天使様は、なんで魔王なんて名乗って悪役を演じているのかしら?」


「ふふ……その方が色々と都合が良いからです。ですから、これからも表向きは魔王は恐ろしい脅威という事でお願いしますね」


 ミリアさんの疑問に、にっこりと微笑んで意味深な事をラクス様は仰った。これ以上詮索は止めた方が良さそうだな。


「わかりました。教えて頂きありがとうございます」




 時間も結構経ち、そろそろラクス様達は帰る事となったのだが、ラキちゃんは結局二人に付いていく事になった。

 天使として造られてからあまりに年月が経ち過ぎているため、一度健康診断を受けておいたほうが良いとの話になったから。

 ここに来るまではガリガリだったもんね。不安は早めに解消しておいたほうが良い。


「ではラキちゃんをよろしくお願いします」


「まかせて。問題なければすぐにこっちに帰ってこれると思うわ」


「本日は突然の訪問ですみませんでした」


「いいえとんでもない。またいつでもいらしてくださいね」


「ありがとうサリア。――それでは皆さん、ごきげんよう」


 そして三人はそれぞれ美しい六枚の光の翼をまとい、夜空に消えていった。


「なんかあまりにも現実離れした話で、夢だったんじゃないかって錯覚しちゃうわね」


「そうね。――約束通り、今日の事は私たちだけの秘密にしておきましょう」


「わかりました。でもこんな事誰かに言っても、誰も信じちゃくれないでしょうね」


「そりゃそうよ。頭がおかしくなったと心配されるのがオチだわ」


 思わず三人で笑いながら、暫し天使たちの飛んで行った空を眺めていた。

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