010 特訓しましょう

 お店側とは違う通用口から家の中に入ると、とても良い匂いがする。

 大家さんは台所で夕食の準備をしていた。


「ただいま帰りました」


「はいお帰りなさい。色々と買い込んだようですね。冒険者さんらしくなりましたよ」


「大家さんに教えてもらったお店はどこも良かったです。本当にありがとうございました」


「それは良かったです」


 大家さんは微笑みながら俺の買い込んだ装備を評価してくれた。照れ臭いけどなんか嬉しい。自然と俺も笑顔になる。


 ――あっそうだ、先ほど聞いた薬の事を大家さんに聞いてみよう。


「あの大家さん、カロリスって飲み薬はこちらでも扱ってます?」


「カロリスですか? ありますけど……、どうかしたんですか?」


「いえ、今日ギルドの身体強化魔法の講習を受けた時に、講師の子に俺の魔力マナは凝り固まっているからカロリスって飲み薬を飲めば改善するかもって言われたんです。――なので試しに飲んでみたいのですが、一本売ってはもらえませんか?」


「あら、そんな事言われたんですか。――いいですよ。ただカロリスは体がまだ未発達な子供が飲む薬なので……、あまり期待はしない方が良いかもですよ?」


 そう言いながらも大家さんは、すぐにお店の方にある魔動冷蔵庫から薬の入った小瓶を一本取ってきてくれた。


「お幾らですか?」


「サービスです。もし効果があるようでしたら、次からは購入してくださいね」


「なんかすみません。――ありがとうございます。早速飲んでみますね!」


 大家さんの優しさに感謝してもしきれない。

 俺は早速、蓋を開け飲んでみる。子供向けのためか、ほんのり甘くて美味しかった。


「あっ、美味しい」


「ふふ、そうなんですよ。子供向けのお薬ですからね」


 さて……とりあえず飲んでみたがどうだろう?

 折角だからすぐにでもカロリスの効き目を試してみたいところだが……ここじゃ大家さんの邪魔になっちゃうな。


「効いてくれると嬉しいな。――ちょっと部屋で魔力マナを練る練習してみます」


「はい。良い結果がでるといいですね」


 俺は部屋に戻り荷物を適当に隅に置くと、早速ベッドに座って魔力マナの流れを作る練習をする。


 うーん……僅かにだけど、ギルドの教室でやった時よりも動いている……気がする。

 とにかく、まずは動くように、巡るように。丹田から魔力マナが全身を巡るように集中する。




 なんとか魔力マナの粘度がジャムからカレールウ位にはなってきたんじゃないかと思えた頃、夕食を告げる呼び鈴が鳴った。

 食堂へ向かうと、既にミリアさんも帰っていた。早速三人で食事をとりながら、今日あった事などを話しのタネに談笑をする。


「ケイタさん身体強化魔法入門の講習受けたのね。やかましかったでしょう?」


「はい。なんかもう凄い熱気で圧倒されましたね。最初サリーちゃんに講習はあんまり人が来ないって聞いてたので、予想外の多さにもびっくりしましたし……」


「魔法関連の講習は魔導学院の生徒に講師の依頼をお願いしているの。――苦学生対策ってやつね。殆どの講習は魔法士でないと参加できないけど、身体強化関連は誰でも受けれるからねー。みんな学院の生徒と接点持とうと必死なのよ」

 

「なんか青春してるなーって感じがしました」


「ふふっ、彼らからしたら魔導学院の生徒は高嶺の花だからね。僅かなチャンスでも掴み取ろうと必死すぎて、しょっちゅう怒られてるわ。……でもね、ああ見えて彼らは優秀だから、ケイタさんもいずれダンジョンに潜るなら親しくなっておいた方がいいわよ」


「へぇー、そうなんですか?」


「そっ、かなり優秀。まず彼らはみんなダンジョンに潜って生きて帰ってこれた強運の持ち主だから。そして講習に来るって事は自分の力不足を理解できる頭も持っている。学院の生徒と接点を持とうとするのも、将来の事を考えてる賢い証拠ね」


 彼ら優秀なのか。たしかに授業態度はともかく、みんなちゃんと講師の子のアドバイス聞いてたもんな。

 それになんといっても、俺にはまだできない身体強化魔法を普通に使ってたもんな! ……はぁ。


「それで、ケイタさんは講習受けてどうだった? 少しはためになった?」


「それが、――」




 俺はこれまで魔力マナを使った事が無く、魔力マナを流動させる事もできず、初歩の皮膚強化すらできなかった事を伝えた。


 ――やばい、二人とも唖然とした顏をしている……。


「嘘でしょう? 初歩の外皮強化なんて子供の頃にはできるようになるものよ? それは普通にできて当たり前な事として冒険者の登録してるんだけど……えっ、ホントに?」


「ええと、はい。残念ながら……」


 ミリアさんは額に手を当て困っているし、大家さんは顎に手を当て何か考えてる。


 ――どうしよう、物凄く気まずい。何とか話題でも変えようか。


「とっ、ところで……、装備も整えた事ですし、明日から常設依頼の薬草採取にでも行ってこ……」


「いけません!」


「ダメに決まってるでしょ!」


 二人の物凄い剣幕に、それ以上言葉が出せなくなる。


「外皮強化すら未熟な方に薬草採取の依頼なんて頼めません!」


「外皮強化もできないなら、その辺うろついてるホーンラビットにすら殺されかねないわよ!?」


 えぇ……、今の俺ってウサギにも勝てないの? この世界を少し甘く見てたかも……。


「特訓しましょう」


「――そうね。あとギルドでやってる剣術の講習にも毎日参加する事」


 暫しの沈黙の後、大家さんは真剣な顔で提案し、ミリアさんもギルドでの剣術の講習を指命してきた。


「ケイタさんには暫くの間、私が魔力マナの使い方を指導します。あと、その間に薬草採取の知識も覚えてもらいましょう。――いいですね?」


「はっ、はい!」


 こうして俺は冒険者としてスタートラインに立つ事も許されず、暫くは訓練に明け暮れる事になった。




 次の日から早速、特訓が始まった。

 午前中は大家さんの作業の合間を縫って魔法と薬草採取の指導をしてもらい、午後は冒険者ギルドで剣術の講習に参加する事が決まった。

 まずは俺自身が意識せずとも魔力マナを常に循環し、いつでも魔法を発動できるようになる。当面はこれを目標とする。


 大家さんは本日、傷を治す回復薬という丸薬を作っている。俺はその作業を見学しつつ、魔力マナの循環を行っていた。


「そういえば、今私が作っているこの回復薬も、傷を治す時に自分の魔力マナを消費します」


「そうなんですか?」


「はい。ですので自分の魔力マナが殆ど無くなっている場合は、この薬単体だと傷が癒えないどころか魔力マナの枯渇で気を失ってしまうため、魔力マナポーションと併用します。――ただ戦闘中では余裕が無い場合が殆どですので、この二つの効果を併せ持つ回復ポーションを使いますね」


 そう言い、小瓶に入った魔力マナポーションと回復ポーションを見せてくれる。


「この回復薬の利点は携帯性に優れている点ですね。ポーションの小瓶に十個ほども入ってしまいますし」


 今度は回復薬の詰まった小瓶を振って見せてくれた。


「回復魔法士の使う魔法は、基本的に効果が回復ポーションと同じですね。どちらも自身の魔力マナを消費せず傷の回復をします。とは言え、魔法の方が回復速度が圧倒的に早いですし、遠距離から魔法を掛けてもらえる利点があります」


「へぇー、回復魔法士さんが仲間にいれば安心ですね」


「ですね。ただ、回復魔法やポーションでは大きな欠損は修復できないので過信はいけませんよ。特にお腹に大穴が開いてしまったり腕や足が切り落とされてしまったら復元できません。――なのでケイタさんは体に大きな損傷をしないためにも、とにかく早く身体強化魔法を覚えてください」


 大家さんは俺の目を見て、真剣な眼差しで話してくれた。


「はい、頑張ります!」


「あっ、でも欠損部位があれば繋げる事ができますから、手や足、それに歯などが欠損しても必ず回収してくださいね」


 表情を緩め、大家さんはそう付け足す。

 腕や足が無くなってしまうのは恐怖でしかない。身体強化魔法で守っていれば失う事が無かったのにと後悔しないためにも頑張ろう。


「後はそうですねぇ……、一応欠損部位を復元できる魔法はありますよ。神聖魔法と復元魔法です。どちらもギフトなので使える方はほんの一握りですけど。もし大きな怪我をされた時にその方が近くにいたら、かなりの幸運です」


 おぉー凄いな、一応何でもありな回復魔法もあるんだ。うーん、俺もそんなギフトが欲しかった……。


「女神様の恩寵である神聖魔法は欠損部位の再生もできますし、病気や毒も浄化できます。あまりにも貴重ですから神聖魔法が使える方の殆どは、どこの国も保護し、管理してますね。――さらわれてしまいますから」


 大家さんは何とも言えない表情をしながら、非情な現実を教えてくれる。なんてことだ……優秀過ぎると、そんな弊害が生じてしまうのか……。

 その保護と管理が真っ当なものである事を祈るばかりだ。間違っても、国そのものが率先してさらってきているなんで事がありませんように。


 ……あーやだやだ。日本でもあった拉致事件を思い出してしまい、陰鬱な気分になる。


「復元魔法も時間を巻き戻して復元しますので、欠損部位も元に戻せます。ただ、こちらは能力者の練度により巻き戻せる時間が限られますから、もたもたしていると戻せなくなる危険性があります。またこちらは復元魔法なので、人体以外の復元も可能という利点がありますね」


 こちらはまさにことわりを無視したチートって感じのギフトだね。使える人が羨ましい。


「そんなギフトが使える方と、お友達になっておきたいですね」


「うふふ、ホントそうですね」


 相槌を打って微笑んでくれてるけど、大変長生きをされているであろう大家さんなら知り合いに一人や二人はいるんだろうな。

 俺にこんな説明ができるのも、知っているからこそだろうし。


「……うん、最初よりも魔力マナの流れが良くなってきてますね。その意気ですよ」


「……! はいっ!」


 会話の合間であっても大家さんは俺の状況を観察し、指導してくれる。

 良くなっているなんて言われると、俄然やる気が湧いてくる。やった事が結果に結び付くって、やっぱり嬉しい。

 ああ、早く魔法が発動できるようになりたい!


 その後もお昼休みになるまで、俺は魔力マナの循環を続けながら大家さんの仕事を見学していた。

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