005 エルフの大家さん
扉を開けると 、とても綺麗なドアベルの音が響き渡る。
中はこぢんまりとしていたが、お店の外観同様とてもおしゃれで清潔感のある、非常に美しい店内だった。
ただ残念ながら、店内には主の姿が見当たらない。仕方が無いので、少し迷ったが呼んでみる事にした。
「ごめんくださーい」
すると奥の方から 「はーい、少々お待ちくださいね」 と声が聞こえ、暫くして一人の女性が現れた。
その方はここを紹介してもらったミリアさんと同じく長い耳をしたエルフの女性で、かなりお年を召しているがとても清楚な佇まいをした、美しいご婦人だった。
今の姿でも思わず見とれてしまったので、若い頃は女神様にも劣らぬほどの美人さんだったのだろう。
「はい、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」
「あっ、あの! 私はケイタと申します。――本日はギルド職員のミリアさんからの紹介で、こちらに下宿させていただけないかとご相談にお伺いしました」
「そうでしたか。私はこの家の主でサリアと申します」
サリアさんは自己紹介をしてくれると、 「とりあえず、あちらの席でお話しましょうか」 と店内にある応接用のテーブル席に案内してくれた。
「えっと……、こっ、こちらが、紹介状になります」
「あらミリアから? ちょっと読ませていただきますね」
慌てて紹介状を取り出し、サリアさんに手渡す。
なぜか大家さんは暫く俺の顏を覗き込んだあと
……今の間はなんだったんだろう。ちょっとドキっとしちゃったよ。
大家さんが紹介状を読んでいる姿を緊張しながら眺めていると、なんだか困ったような表情をしだした。
もしかしてダメ!?
「まったくあの子ったら……。 『ケイタさんのお芋食べたいから下宿させてあげて』 ですって」
なんとサリアさんは、うふふと笑いながら紹介状の内容を俺にばらしてくれた。
うぉぉ! 食いしん坊なミリアさんありがとう!
「とりあえずこちらに下宿するにあたっての条件は聞いているかしら?」
「はい、大家さんへ優先して薬草を卸したり薬草畑の手伝いをする、という条件と聞いております」
「はい、それで合ってます。ケイタさんがそれで構わないのでしたら、下宿を許可しましょう。――どうします?」
「ぜひお願いします!」
「はい、了承いたしました」
もっと色々と面談をしたりするのかと思ってたのに、物凄くあっさりと下宿の許可が貰えてしまったのでビックリしてしまう。
そのため、思わず尋ねてしまった。
「……あの、自分は先ほど冒険者になったばかりでして、すぐには大家さんに薬草を納品できるか分からないのですが、それでもよろしかったのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。元々ミリアには駆け出しの方でも構わないと伝えていたので、ご心配なさらずに」
そう言うと大家さんは席から立ち上がる。
「では、お茶でも飲みながら決まり事などについて、いろいろとお話しましょうか。今お茶を淹れてきますので少々お待ちくださいね」
それから大家さんの用意してくれたお茶を頂きながら、この家でのルール、大家さんの手伝いをする内容、家賃や食事について、武器や防具、薬草採取に必要な道具はどこで買うのがお勧めか、後は薬草畑の隅で芋を植えさせてもらう許可など、いろいろなお話をした。
「……とまあ、こんな感じかしら?」
「ありがとうございます。それでは明日にでも早速
「はい、私もケイタさんのお芋が楽しみなので、収穫できたら食べさせてくださいね?」
「勿論です! 収穫したら一緒に焼き芋して食べましょう!」
大家さんから茶目っ気のある笑顔でお願いされたので、収穫時期がとても楽しみになった。
「あら、もう随分と暗くなってきましたね。ケイタさんも今日街へ来たばかりでお疲れでしょうし、そろそろお部屋にご案内しますね。――食事ができたらお呼びしますので、それまではお部屋でゆっくりとしていてください」
そう言われ、大家さんに部屋を案内してもらう。
下宿人の部屋は全て二階とのこと。
「そういえば、自分以外に下宿されてる方って何人位いるんですか?」
「一人ですね。提供できるお部屋も四つしかありませんから、宿泊業はおまけでやっているようなものなんです」
「なるほどです」
「あっ、そういえばまだ言ってませんでしたね。その一人ってミリアの事です。あの子、私の妹なんですよ」
「えっ!? 妹!?」
「ふふ、おどろきました?」
サリアさんは意味深に微笑んだ。
それなりにご高齢に見えるサリアさんとまだ二十代前半に見えるミリアさん。二人が姉妹だった事に驚きを隠せない。
女神様情報からこの世界のエルフはテンプレ通り、とても長寿な種族らしい。
てことは、かなりの年の差姉妹なのかな? 勝手な妄想が膨らんでしまう。
部屋に案内してもらい、ベッドでくつろぎながら今日の一日を振り返る。
異世界一日目、恐ろしいほど順調に事が進んだなあ。
女神様から芋の苗貰った時は嬉しかったけど、正直なんで? って思う部分も少しはあったんだよね。
まさかこんな好条件の宿泊場所を手に入れるキーアイテムになるとは。本当に女神さまには感謝です。
女神様からの依頼はただ一つ 『とある少女を助けて欲しい』 って事だけ。
助けるにしても何時どこで巡り合うのかも分からないし、今の俺は冒険者に登録したけどまだ無職のようなもの。
まずは俺自身が稼げる男にならないといけない。でなきゃ誰かを養うなんてできないしね。
下宿代は月に銀貨二枚と破格の値段だった。
女神様情報によると貨幣の価値が白金貨三百万円 金貨三十万円 銀貨三万円 小銀貨三千円 銅貨三百円 小銅貨三十円 位らしいので家賃は大体六万位なんだけど、これに食事や光熱費が含まれると考えるとお得すぎる。
これによって装備にお金をかける事ができるようになった。
明日は芋の苗を植えた後にでも、装備と薬草採取に必要な道具を買いに行こう。
そんな事を考えていると、部屋に備え付けてある魔道具の呼び鈴が鳴った。
夕食の準備ができたのかな?
食堂へ向かうと、ミリアさんも帰ってきていた。
挨拶をして、早速ここを紹介してくれたお礼を伝える。
「ミリアさんのおかげでこちらでご厄介になる事ができるようになりました。本当にありがとうございます」
「よかったわね。これから一つ屋根の下、よろしくね」
ギルドでの事務的な対応とは違い、ラフな感じに答えてくれた。
「はい、よろしくお願いします」
「二人とも配膳を手伝ってくれないかしら」
「はいはーい」 「わかりました」
厨房からのサリアさんの声に応え、俺とミリアさんは食卓に料理を並べていく。
どの料理もとても美味しそう。そういえば俺、朝マック食べないまま死んじゃったんだった。
今更ながら凄い腹減ってた事に気が付く。
「今日はケイタさんの歓迎という事で奮発しちゃいました。――ワインも一本開けましょう。ケイタさんお酒は大丈夫ですよね?」
「はい、あまり強くはありませんが大丈夫です」
日勤の時に職場のおっさんとたまに居酒屋に行く位だったから、酒自体が久々だ。
異世界のお酒ってどんな味なのか小説を読む度に想像してたから、楽しみだな。
「それでは新しく下宿人となるケイタさんの入居を祝して、――乾杯!」
「「乾杯!」」
異世界へ来て初の料理はとても美味しかった。
これから毎日大家さんの料理が食べれるとなると、それだけで楽しみで仕方がない。
ひとしきり料理を楽しんだ後、三人でお酒を飲みながら談笑する。
「……ふふふー、意外とあっさり下宿できたから驚いてるでしょー?」
「そうですね、正直見ず知らずの俺をこんなにあっさり許可してもらって驚きました」
「ネタばらししちゃうと、私たちエルフは精霊魔法が使えるからね。ケータさんの魂の輝きを覗いたの。――性根の悪い奴ほど魂が穢れているからねー。ケータさんは合格ってわけ」
ミリアさんはお酒が入ってご機嫌なようで、口も軽くなってきている。
なんかもう俺の名前もケイタではなくケータとラフに呼んでくれる。親密度が上がった感じがして、それはそれでちょっと嬉しい。
「ああ、だから大家さんとご挨拶した時、じっとこちらを見てたんですね?」
「あら、気がつかれてましたか? うふふ……」
「あと嘘も見破れるから、私たちに嘘はダメよっ」
「うっ、わかりました。肝に銘じておきます」
ミリアさんがさらりと恐ろしい事を言った。気を付けよう……。
「それでケイタさんは明日はどうされるおつもりです?」
「――はい、明日は芋を植えた後にでも、早速大家さんに教えてもらったお店に行って装備を揃えようと思います」
「わかりました。それでは明日の朝のうちに、お芋を植える区画を教えますね」
「はい、よろしくお願いします」
「ケータさんの甘芋楽しみだなー。紹介料はお芋で手を打ちましょー」
「あはは、分かりました。楽しみにしててくださいね」
「いぇーい」
その後も色々とお話をして、ワインも空になった頃に歓迎会はお開きとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます