4章 外の世界

第53話 出向① 合法ロリ


「冗談やネタはさておき真道、お前最近メキメキ成績を上げてるな。実は今度関東以外にも支店を増やす計画があってな。子会社化する会社の視察……出向という形で異動の話が出てるんだが。」


 以前から会社の上層部の中では関東以外への進出が進められていた。


 現状埼玉に4支店(本店、浦宮市、乳武市、深矢市)、栃木に2支店(日幸市、奈須塩原市)、茨城県に1支店(大子町)、群馬県に1支店(我妻郡草津町)と北関東と埼玉県で既に充分広くなってきていた。


 東京や神奈川、千葉はまだ未進出であるが、千葉県は近々1支店計画中であり来年度もしくは来年度下半期には大幅の目途が立っていた。


 後は人員配置や住宅などの福利厚生の問題を残すのみといったところである。


 関東以外は最初は視野に入っていなかったため、資本や周辺環境や従業員を事前に把握しており、現存する小さな会社を子会社、協力会社へと買収や合併等で社名替えをする事でグループ会社とする見通しであった。


 そのための候補地は既に偵察部隊ならぬ、地方開拓部の方で絞り済であった。


 各地方1~3県程の地域を数年以内に出店する計画である。


 


「それで、何処へ異動なんです?期間は?どうせ断れないやつでしょう?」


 営業所長に呼ばれた真樋は、異動の話を上司から告知される事となった。


 季節は2月末、4月からの異動となる。



「えっとな、驚かないで受け止めて欲しい。4月から松嶋、10月から小野河、その翌年4月から別付、10月から嬉乃の半年ずつの予定だ。」


「全部温泉地ですよね。何か意図があるんです?」



「大都市には大都市の地盤やら基盤があるからな。うちは少数精鋭・地域密着型でって意向だから。温泉街を盛り上げる意味でも地元民と移民が両方ウハウハな計画という事だ。」


「所長の言葉とは思えないですね、ウハウハとか。」



「ちょうど、お前の部下の一人、朝倉が良い感じに育ったし良い頃合いだとも思うんだが、戻ってきたらお前が営業所長かもしれんな。」


 班長職が何か大きなことをやり遂げて出世するにしても、いきなり課長職と同等の営業所長に昇進は流石にありえない事である。


 2階級特進……タヒるって事かと真樋は心の中でツッコミを入れる。


「あ、そうそう。嬉乃って温泉街に行く前に泡のお店があるんだけど、お前……沼に落ちて破産するなよ。」 


 嬉乃温泉駅から温泉街まで徒歩で向かうと、途中で夜のお店を通らなければ辿り着けない。


 温泉街との距離も徒歩で5分程度圏内であるため、観光客の利用が多いのは事実である。


「しませんよ。行く事も……ないとはいえないけど、多分そんなゆとりはないですよ。」



「お前はそういうと思った。でもな、宮田グループと提携する店も実はあるんだぜ?ハメを外してハメまくっても誰も文句言う相手いないんだろ?」


「それはセクハラとパワハラですよ塾長……じゃない、所長。」


 先程の漫画のネタを微妙に引きずっている真樋だった。


 そして先程からおっさん臭そうに話している、この真樋の上司である営業所長(アラフォー・既婚・3人の子持ち)は女性である。


 口調がおっさん臭いので、誰も彼女が女性である事に疑問を抱いてはいなかった。


 実際に仕事は真面目で部下思いでもあるため、職場的には頼れる上司である。


 その上司からの推薦で、この度地方への出向でさらなるスキルとステータスアップを!という願いでもあった。


 所長は冗談で次期営業所長と言っていたが、実際は戻って来る時には係長の椅子が約束されているも同然であった。



「あとな、お前だけでなく浦宮のエース宇奈月も今回のメンバーに加わっている。二人で仲良くしっぽりと……じゃない、しっかりと現地の視察と勉強に励んで濃い……恋……来い。」



「漢字にしないと突っ込めないネタをぶっこまないでください。言葉のニュアンスだけでツッコミするにはイントネーションがわかり辛いです。声優泣かせです。」



「そういったツッコミをする辺り……真道、おぬしもヲタよのう。」



「公私混同もやめていただかないと、今は業務時間中です。」



「真道は堅いのう、あそこも硬いのか?」



「セクハラで申告しますよ?」



「もう冗談だって。それで、異動の件は承諾という事で良いか?一応断る権利もあるが。」


 1カ月前までに告知する義務や不条理と思える異動についての拒否権は、法及び社則によって認められている。


 地方への出向なので、人によっては不条理だと思う者もいないとはいえない。


「別に構いませんよ。」








 1ヶ月は桜が開花して散る如く過ぎていき、真樋と宇奈月の二人は待ち合わせである尾山駅で合流する。


 仙代駅で待ち合わせでも問題はなさそうであるが、松嶋海岸駅で先方の案内者と待ち合わせをしているため、一緒に向かった方が早いという結論であった。


「あ、私通路側で良いですよ。」


 二人の座席は連番、隣通しである。しかし誰が何処に座るかは当人同士の自由であった。


 窓側を薦めるのと通路側を薦めるのはどちらが紳士的なのかは、一緒に行く当人同士の問題なので何が正解というものはない。



 宇奈月が自ら通路側を希望した理由としては、到着時に出易い、トイレに行き易い、車内販売に対応し易いなどいろいろな〇〇易いがあると考えるのが一般的である。



「真道君電車好きそうだし、景色楽しみたいかなと思って。」


 否定はしないが、素直に喜べない真樋であった。


 東北新幹線には喫煙ルームは存在しない。禁煙している真樋には今更無関係であるが、真樋が席を立つのはせいぜいがトイレに行く時くらいである。


 妙な気遣いの宇奈月に、真樋は今度どう接して良いのかわからなくなっていた。



「うとうとしてもそちらに倒れたりはしませんよ。」

 

 何かの釘を刺される真樋であった。





 仙関線に乗り換えると、目的地である松嶋海岸へと向かった。


 JRから仙関線まではそれなりに歩くため、大きな荷物を持つ二人はそれなりに重労働であった。


「始発だから座っていけるな。」



「おじさん臭い事言わないの。」


 その口調はどこか夢月を思い起こさせるようなものであった。


 同期間であっても丁寧語が多い宇奈月、真樋は知らないが後輩や部下に対しても威圧的に対応した事はなかった。



「実際JKとかから見ればおっさんだろ。」



「その理屈でいくと、私はおばさんという事になるんだけど……?」



「あ、ごめん。宇奈月はべっぴんさんだわ。同期って事忘れるくらいには。」



「そこはありがとうと言うべきなのか、セクハラと言うべきなのか。」


 真樋と同じ27歳独身、社内ネットワーク的なものからは現在彼氏無し。


 過去は流石に誰も探れていないが、浮ついた様子はこれまで一度も見せてはいないという事から、推定会社に入ってから彼氏は一度もなしという結論に至っている。


 学生時代から付き合っている彼氏がいるのかもしれないが、そこまでストーキング調査する若手社員は一人もいなかった。



「真道君は地味なのが好みなの?」



「なんで?」



「私を褒めるって事はそういう事でしょう。」



「う~ん。まぁ否定は出来ないけど、派手なのがあまり好きではないからそうなのかも。友人を除けばギャルは苦手だし。」


 真樋が山﨑雲母に嫌悪感も苦手意識もなかったのは、高校デビューだという事が初対面から理解出来ていたからである。



「そういえば、観光であれば松嶋で良いけど、仙代市内や水族館のある中乃栄とかの方が利用者多そうなんですけどね、。」


 宇奈月が当然の疑問を口にする。


 東西線、南北線沿線の方が人が住むには人が多そうなものである。


 東京で言う所の山手線沿線のようなイメージであろうか。


「俺には一つわかった事がある。」


「何がです?」


 首を傾げうる宇奈月は、どことなくいつかの美結を彷彿とさせた。


 宇奈月は自身を地味と称したが、間違いなく童顔ではあった。


「温泉ガールという温泉地をアピールするために生まれたキャラクターが松嶋には存在するんだ。きっと移住希望もそれなりにいると見てるんだよ。」



「まさかぁ、流石にそれは……」



「そうでもないんだよ。奈須塩原とか有間には既にいるらしい。」


 そういって真樋は当該のSNSの書き込みを宇奈月へ見せる。


「本当だ……」



「だから移住希望者が増えそうな地域をピックアップして、元々会社が地方進出を考えていた地域とを加味した結果の地域に今回派遣するんだと俺は踏んでるね。あとは特産品かな。」


「俺はどこかのタイミングで所長当てに牡蠣と温泉の素を贈り付けようかと思ってる。」



「ゴマすり?それなら私は仙代味噌とひらめかな。」


 意外にも真樋の悪ノリに付いて来る宇奈月である。


 話をしていると、いつのまにか次は目的地である松嶋海岸へと向かうアナウンスが流れる。



「マリーンピアの跡地が知らない建物になってる。」


 駅へ到着し電車を降りると、松嶋湾の方へと目を向けるとそこにはかつて在った水族館、マリーンピアの場所に新しい施設が建っていた。


 普段海になれていないせいか、例え湾であっても潮の香りを感じるのは慣れない景色と雰囲気のせいだろうか。


 真樋も宇奈月も深呼吸をして心を和ませていた。



 駅から出ると、いくつかの店と旅館の送迎バス、タクシーが目に入る。


 真樋がきょろきょろと周囲を見ていると、二人の元に小走りで近付く女性が一人。


 真樋の目の前で立ち止まると、ショートカットの少し年下に見える女性はにこやかに微笑んだ後口を開いた。


「先輩を忘れるために地方に就職したのに……また会っちゃいましたね。(はぁと)」


 両頬に手を当てて、海中の海藻のようにくねくねとうねるように身体を動かす女性。


 それは先方の社員であり、現地に到着した時の道案内を兼ねての人員だったのだが……


 それがまさかの真樋の知り合いの女性であった。

 

 流石の真樋も「誰?」という程変化があるようには思えない目の前の女性。


 中高生時期から一度も会っていなければわからなかったかもしれない。


 しかし、多感な時期、大人でもある大学生の時に会ってれば別である。


「金田……」


 真樋は驚きのあまり、「だ」のまま口が締まらなくなっていた。



「真昼って呼んでくださいッ。」


 かつて中学時代、真樋が夢月以外からバレンタインのチョコレートを貰った相手、夢月以外で真樋に告白をしてきた相手、大学時代に再会したけど回想するまでもないと割り切った相手。


 自身を地味と称し、その実童顔眼鏡っ娘でバリバリキャリアウーマン風な宇奈月を以ってしても年配と言わざるを得ない……


 まさしく合法ロリという言葉がぴったりと一致するその容姿。


 ショートカットでなければ幼女は言い過ぎであっても少女、中学生くらいと間違われて夜であれば補導されてしまいそうなその容姿。


 金田真昼(26歳、145cm3〇kg、スリーサイズは秘匿)であった。


「現地妻?」


 宇奈月が恐ろしい言葉を真樋の耳元で囁いた。


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