第5話「まだ我が国には忍者がおります!」

 一九六二年! 世界は核の危険に包まれた!


 なにがあったかって? それは重要なことじゃあない。興味があるなら、自分で調べるんだな。勉強は得意だろう?

 重要なことは、一九六二年に核兵器を保有する二大国間で核戦争が起きそうになったことと――二大国の首脳が歩み寄り、核戦争を回避したこと。

 そして、この事件を受けて、日本のお偉方が危機感を抱いたことだ。

 やつらは連日会議をひらいちゃあ、騒ぎに騒いだ。


「二大国の首脳は歩み寄ることができた。なぜだ?」

「互いに核兵器を保有していたからだ!」

「互いに抑止力が働いたからだ!」

ひるがえって、我が国はどうだ?」

「核兵器がない!」

「抑止力がない!」

「さりとて持てぬ!」

「ではどうする!?」

「……」


 そして連日、沈黙のうちに解散していた。

 だが、その日はちがった。


「お待ちください!」


 警察庁長官が言った!


「まだ我が国には忍者がおります!」

「そうだ、忍者だ!」


 国家公安委員会の委員長が応じた! しかしことは国家安全保障だ、冗談では済まされない! 非難囂囂ひなんごうごう罵詈雑言ばりぞうごん


「なにをばかなことを!」

「議事録に残すに忍びない!」

「そもそも、忍者など現代にいるわけが――」

「これに」


 そのときだ! 首相が自らの顎に手をかけ――ベリッと顔の皮を引き剝がした! いや、皮じゃあない――マスクだ!


「な……!?」


 マスクの下にあった顔は――


「長官が、ふたり!?」


 警察庁長官のそれだった。


「ふ、ふざけるな! 誰だ、きさまは!?」


 誰何すいかされた偽長官は、ふたたび自らの顎に手をかけ――ベリッとマスクを引き剥がした!


「な……!?」


 マスクの下にあった顔は――


「委員長が、ふたり!?」


 国家公安委員会の委員長のそれだった。そして偽委員長は言った。


「誰でもござらん。忍者にござる」


 その会議に出席していた首相は、服部家の忍者が扮した影武者だった。


 デモンストレーションは大いに受けて、政府は秘密裏に、核抑止力に代わる力を忍者に求めることになった。

 政府と在野の忍者たちを仲介したのは、服部家だ。やつらは幕臣だったから、江戸幕府が倒れてから厄介者扱いされていたが、西南戦争でを圧する軍功を挙げてからは、時の政府に重用ちょうようされるようになった……いまの政府にもな。わかるか? 西南戦争。まあ、いい。

 表社会と裏社会、科学と忍法が合わさった産学官忍の四連携は、さまざまな力を生み出した。

 おまえが卒業した忍学の前身も、このときにできたんだよ。それはそうだよな。有事でもなければ、税金で忍者を養殖するはずもない。煮ても焼いても食えねえしな。


 時は流れ……二〇一七年になって、政府と忍者たちの努力の成果を発揮すべきときがきた。

 ついに核戦争が勃発したのだ。もちろん、緊張が高まるきっかけはあった。だが、最後の一押しがなんだったのか――それは誰も知らないことだ。

 とにかく、わずか数分のあいだに世界中の核ミサイルの発射スイッチが押され、それから数分も経たないうちに、世界中……文字どおり、世界中に核ミサイルが雨霰あめあられのように降り注ぎ……世界は核の炎に包まれ、すべての国家はおろか、生命までもが死に絶えた。


 だが、日本だけは生き残った。

 忍者がいたからだ。

 忍者たちが、日本に落ちてきた核ミサイルすべてを爆発まえに処理したからだ。どうやって? そりゃ、忍法だろうよ……謎めいた忍法!


 ここまで言えば、察しはついたよな? その忍者たちのひとりが、祇園ってわけだ。

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