第5話

次の日の朝、起きるにはまだ早い時間に目が覚めた。

私は恐る恐る目を開けた。


よかった・・・。


目が合う事はなかった。

リリアーヌは、まだ居ないようだ。

本当は、もう起きてしまいたいが・・・。

私は仕方なしに目を閉じた。


どうやら2度寝をしたみたいだ。

私は紅茶の香りに目が覚めた。


「お目覚めですか、お嬢様。」


「ええ。」


「紅茶の用意が出来ております。」


昨日とは違い、私は心地よい目覚めを経験した。


うん、まあこれも貴族の務めって事で・・・。



最近、お母様が妙にやさしい。

リリアーヌは、どんな説得をしたのかは教えてくれない。


まあいい、気にしたら負けだ。


リリアーヌは常に私の傍に居るわけではない。

屋敷にいる時は、何やら他の仕事をしてるようで、屋敷内限定だが、私は一人の時間を過ごす事ができる。

もちろん、勝手に屋敷から出ることはしない。


そんな事したら、一生、リリアーヌに付き纏われそうで怖い。


ということで、私は、のほほんとした気分で屋敷内を探索する。宰相の屋敷というだけで、以前住んでいた伯爵の屋敷よりも広い。

子供にとっては、冒険するのに事欠かない。


まずは厨房よね。

うん、別に何かをつまみに来たわけではない。

うん・・・。


厨房に行くと、入り口に一人のメイドが居た。

メイドにも、それぞれ仕事があり、側仕えだったり、洗濯係だったりと、色々と。


ん?あれは鉄仮面三姉妹の?

いや、風魔は関係ないですよ?

もちろん暗闇警視も無関係だ。


ピザート家の鉄仮面三姉妹とは、ピザート家で働く3人の側仕えの愛称で、血縁関係があるわけではない。

3人とも無表情である事から、いつの間にか、そう呼ばれるようになったらしい。

その3人とは。


私の側仕えであるリリアーヌ。

うん、鉄板だ。

あの人、基本無表情なので。

あの顔で覗き込むように見られていたら、心臓に悪すぎる。


次にお母様の側仕えエルミナ。

そういや、最初に挨拶して以来、声を聴いたことがないような?うん、気にしたら負けだ。


そして最後が、厨房の入り口にいるダリアだ。

側仕えなのだが、誰かに仕えてるわけではない。

私との絡みも、殆どない。

あいさつ程度と言ったところか。


「ダリア、何してるの?」


「お嬢様、お一人ですか?」


「ええ、リリアーヌは仕事があるようだけど?」


「そうなのですか。」


ジーっと私を見てくるダリア。



「な、何?」

「屋敷の外には出ないように。」


「も、もちろんよ。」


前科持ちとしては、肩身が狭い。


「で、何してるの?」


「ちょっと小腹が空いたので、おやつでも作ろうかと。」


じ、自由だな・・・。

いいのか側仕えが、そんなんで。

というか・・・。


「面白そうねっ!」


調理は全くしてないわけではない。

教会の手伝いで何度かした事はある。


前世は・・・、料理の記憶が全くない。

しかし、これは私の前世の記憶が朧気な為であり、決して前世で料理をした事がないわけではない。


・・・はず。


さすがにカップ麺くらいは作ったことはあるんじゃね?全く記憶にないけど・・・。

カップ麺を料理と言っていいのかわからないけど、昔の偉い人は言いました。


人の手によって出来上がった食べ物を総じて料理という。


うん、いいこと言った昔の偉い人!


「私も一緒にやっていい?」


「駄目です。」


即答かよっ!


「お嬢様に料理をさせる訳にはまいりません。」


なんという杓子定規。

そう言えば、鉄仮面三姉妹は、お互いをライバル視していると聞いたな。


「孤児院で料理の手伝いをした時に、リリアーヌはそんな事、言わなかったのになあ・・・。」


ぼそっと言ってやった。


実際は、説得するのに時間を要した訳だが、その辺はカットだ。


「なっ・・・。リリアーヌは何を考えて・・・。」


無表情ではあるが、眉間に皺が寄ってるのがわかった。


「なるべく気を付けるから、ねっ?」


最後は、10歳の少女の可愛らしさという武器を使って訴えてみた。


「では下拵えを手伝っていただけますか?もちろん包丁は駄目ですよ。」


「わかったわ。」


包丁が下手クソなのは自覚している。

伯爵領の孤児院でも、手際が悪かった。

前世の私よ、何してたっ!?


「サントンは、居ないようですね。料理長、かぼちゃを一口サイズに切ったものを用意してください。」


「はいっ、わかりました。」


えっ?

料理長って4、50代に見えるんだけど?

ダリアは、リリアーヌと変わらない20代っぽい。

それが・・・、料理長を顎で使ってる・・・。

ていうか、料理長、ちょっと怯えてない?


どうなってるの?鉄仮面三姉妹!


リリアーヌとダリアがこれでは、きっとエルミナも。

鉄仮面三姉妹は、敵にしてはならないと私は心のメモにそっと記録した。


「では、お嬢様、あえてもらえますか。」


うん、そんな事だろうと思った。

私の役目は混ぜるだけ~。

何か前世で、そんなお手軽な料理があったような?


私はダリアに指示されたものをあえる。


はちみつ、みりん、醤油。


この世界、意外と調味料あるよね。

そんな事を思いながら、混ぜ~、混ぜ~。


その間にダリアは、下処理されたかぼちゃをレンジにかけていた。


って、おいっ!

レンジがあるのっ?

どういうこと?


孤児院では見たことなく、伯爵令嬢時代は、厨房には近寄ってない。


「ダリア、その調理器具は何?」


「これですか?魔導レンジです。」


おおー、異世界っぽい。

ついに魔法が。

まあ魔法があるのはゲームで知ってたけど。


「これは食物の中にある水分子に、直接魔力エネルギーを与え、分子を回転、振動させ温度を上げるものです。」


まんま電子レンジやんっ!

私は心の中で、盛大に突っ込んだ。

電気が魔力に変わっただけという・・・。


うん、気にしたら負けだ。


ダリアは、まずかぼちゃをしっかりとフライパンで炒めた。

その後、私が混ぜ合わせた物を絡めて、再び炒める。


これ、あれだ。

大学芋って呼ばれる奴やん。

いうなれば、かぼちゃの大学芋風?


てか、絶対おいしいやつやん。


私の口内に唾液が溢れ出す。


「ここでは、お行儀が悪いので、外で食べましょう。」


ダリアに言われて、二人でバルコニーっぽい場所へ移動した。

ダリアが紅茶を入れてくれて、二人でおやつを食べた。


うまいっ!


それ以上の言葉が必要だろうか?

はちみつ、みりん、醤油を使用しているんだから当然だろう。

こんなもの貴族じゃないと食べれない。

ダリアは貴族ではないけど。

職権乱用っ!?


まあいい、美味しいから。

貴族に生まれて良かった。

初めて、そう思えたのだが・・・。


氷のような冷たい視線が、私を突き刺した。


リリアーヌかっ!

が、違った。


いや、マジでリリアーヌの方が良かった。


「何をしているのかしら?」


今のお母様の頭には2本の角が見える。

鬼だ、鬼になっておられる・・・。


「休憩におやつを頂いております。」


ダリアが気にした風もなく堂々と答えた。


「あら、そうなの?アウエリアは?」


「お嬢様とは偶々お会いしたので、おやつをご一緒しております。」


うん、さすが鉄仮面三姉妹の一人。

鬼のお母様を前にしても、威風堂々としてる。


「そう、よかったら私も頂けるかしら?」


「気が付きませんで、申し訳ありません。」


ダリアは、すっと立ち上がってお母様の紅茶を用意した。

すごいわ、ダリア、動作に一切の淀みもない。


「エルミナは?」


ダリアがエルミナに問いかけた。


「私の休憩は、まだ先ですので。」


ひ、久々に聞いたっ!エルミナの声を。


通常、貴族と使用人がテーブルを一緒にすることはない。しかし、今回は、使用人の席に貴族が割って入った為に同席は許される。っぽい?


テーブルには3人が座ってる。

私とダリアとお母様。

私としては、爪楊枝でひょいっと、食べたいのだが、貴族令嬢にそんな事は許されない。

フォークで上品に食べないといけない。


優雅な所作で、フォークでかぼちゃを口に持っていき、口元を隠して咀嚼する。

うーん、お母様の所作はまさに貴族婦人というに相応しい。


「おいしいわね。こんな美味しいものを今まで独り占めしていたのかしら?」


チクリとお母様がダリアを口撃する。


「偶には甘いものが欲しくなりますので。」


「あなたが作ったの?」


「今回はお嬢様にも手伝って頂きました。」


余計、余計なことよ、それっ!


「へえ、そう。私と一緒のスケジュールは息が詰まるけど使用人とだったらいいのね?」


怖い、マジ怖い。


「一人で屋敷を散策してたら、偶々ダリアを見かけたので。偶々ですよ?」


偶々を強調しておいた。


「リリアーヌはどうしたの?」


「他の仕事をしてるんじゃないですか?リリアーヌだって他にも仕事があるんでは?」


「そうね。いきなりアウエリア専属になったのだし、引き継ぎもあるでしょうね。それにしても私だけ悪者だなんてねえ。」


おい、リリアーヌ、お母様に何言った?


「私とずっと一緒だったら息が詰まる。このままならリリアーヌと駆け落ちするって言うんですもの。どう思う?エルミナ。」


リ、リリアーヌっ!!!


「奥様の心中お察しします。」


背後のエルミナが恭しく答えた。


「ご、誤解です。お母様。お母様と一緒が嫌だなんて一ミリも思ってません。ただスケジュールがパンパンで息が詰まってただけなんです。」


とんでもない誤解だ。

リリアーヌ、手段を択ばない子っ!!!


「そうなの?」


「は、はい。」


「明日、商人が屋敷を訪れるんだけど?」


「ご一緒します。」


私は即答した。


「そう、よかったわ。」


そう言って、優雅に紅茶を飲むお母様。

とりあえず、お母様の機嫌が直って、よかった。


「ダリア、次から時間が合えば私も誘ってちょうだい。」


「了解しました。」


こうしてダリアと初めてお茶した時間は、無事終了した。

無事なのこれ?

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