スラムに戻りました!人が増えました!?

 筆頭聖女がくると伝えられたヘレンは、厄介事を避けるためにエリヒオの屋敷からスラムへと戻った。


「あぁ!ゴミだらけの道よ、久しぶり!少しずつ寒くなってるから路上でごろ寝する人は減ったわね」


 道を歩きながらヘレンは懐かしさを感じた。


「おう!ヘレン、久しぶりだな」

「ヤン!久しぶり!お肉係を変わってくれてありがとうね」

「お安い御用だ。それより、貴族からカネをせびれそうか?」


 ヤンの狙いは貴族からの援助だった。もともとヤンは楽して金を稼ぎたかったらしく、“楽して”を重視していたら金が無くなってスラム暮らしになったらしい。


「あ……それなんですけど、ヴォルフさんに話したいことがあって」


 ヘレンはヤンとヴォルフの元を訪ねた。


「ヴォルフさん、今戻りました」

「お、帰ってきたのか。で、どうだった?」

「最初にお金のことですが、教会が横槍を入れてきて……。まだハッキリとしていません」

「なんだと?嫌がらせか?」


 ヴォルフとヤンは目に見えて不機嫌になった。


「何でしょうね?いきなり筆頭聖女がやってくると聞いて、めんどうが起こる前に逃げてきました。ルードは貴族のところにいます」

「ルードか。義理は通すやつだが大丈夫なんだか……」

「ボス、ルードは今まで食い物を、大雨だろうが大雪だろうが用意していた奴です。今回もほとぼりが冷めたら持ってくるでしょう」


 ヤンがルードをフォローした。ヤンの中ではルードは信頼できる人間らしい。


「私もほとぼりが冷めたら貴族の屋敷に行く予定です。その前に屠殺場とさつばでルードと会ってみます」


 ──私が当事者なんだからしっかりしないと!


 ヘレンも自分ができることを言ってみる。

 ヴォルフは顎を手のひらで擦りながら考えていた。


「すぐには解決できねぇな……。ヘレン、三日待つからルードと話をつけろ」

「分かりました!ヴォルフさん、頑張ります!」

「当たり前だ。お前がいないとジーニも借りれねぇ。ジーニを使いたいことがあるんだ。来い」


 ──ヴォルフさんたら、私よりジーニ君に会いたがってるのね。まあ拾い物を調べたいならジーニ君が必要だわ。


 ヴォルフはスラムに転がっているものを手当たり次第、ジーニを使って調べていた。

 たまに売れたりしているらしく、そういうときのヴォルフは羽振りがいい。


「はい!あ、お屋敷の使用人からお下がりの服を頂いたんです。どうしますか?」


 ヘレンは背中に紐でくくりつけた洋服たちを降ろした。


「おう、みせろ」

「八枚くらいですか?私が着るようにと、くれたので女性の服なんですけど」


 ──人のものはみんなのもの、貰い物だろうがスラムではみんなで分け合う。結構神経使うわ。


 ヴォルフとヤンが服を吟味する。


「売るにはくたびれてる。お前が貴族の屋敷に行くなら必要だろう」

「じゃあ、ヴォルフさん預かりで、必要なときに借りに来ます」


 ヘレンが話していると、ヤンが思い出したようにいった。


「ボス、服が破れてる奴がいました。あて布に一着バラしましょう」

「そうだな。他にも服が破れた奴がいないか確認しておけ。ヘレン、お前が着る分はお前が持って隠しとけ。俺は忘れる」

「はい」


 そうして、ヘレンはスラムの日常に戻ったのだが……。


「ヤン、ヤン!」

「なんだぁ?」


 すっとぼけるヤンに小声でたずねる。


「なんだか、人が増えてる?」


 ヘレンが辺りを見まわすと、知らない顔の人間がちらほらいる。


「ああ、出稼ぎだと」

「出稼ぎ?」

「東が魔物だか水害だか旱魃かんばつだかでメシ代も難儀してるらしい。

 仕事を探しに来たが宿代が払えないから、スラムに来やがった」


 ヤンは忌々しそうに話した。


「嫌そうね」

余所者よそものは何もボスに知らせねぇ。勝手なことばっかしやがって迷惑だ」


 ──なるほど。暗黙のルールを無視するのね。


「治安が悪くなりそうね。今まではヴォルフさんの威厳で守られてきたから、怖いわ」

「ボスが追い出せばいいんだよ!それなのにだんまりだ」

「うーん。ヴォルフさんも考えることがあるのかも知れないわ」


 ヤンと首を傾げながら、ヘレンは自分の寝床へ帰った。





「寝床が硬いの」


 ヘレンは屠殺場とさつばでルードに愚痴った。


「すっかり寝不足よ。エリヒオさんのところでは、ふかふかなお布団で寝てたから……」

「贅沢に慣れたからだな。そのうち忘れるだろ」


 ルードは諦めろと素気すげない。


「ふかふかのお布団って作れないかしら?」

「綿でも育ててろ。ちなみに、ここの鶏の羽毛はふとん屋に卸してるからな」

「なれるまで枯れ葉の上で眠るわ」

「ダニに噛まれるぞ」

「ぐぅ……」

「そういや、エリヒオが報酬の交渉をしたいらしい」

「そうそう、それも聞かなきゃって思ってたの。エリヒオさんのお屋敷に行けばいいの?」


 ヘレンはのんきに答えた。


 ──転送されてばっかりだから、エリヒオさんの家までの道は知らないのよね。


「それなんだが……。アロンソが筆頭聖女の護衛騎士になった。だから屋敷に行くのは危険だ」

「え……?」


 ヘレンはルードが話している意味が分からなかった。


「簡単にいうと人質だ。恩を着せての、な」

「……」


 ──あの女……。また誰かを不幸にしようとしているのね。


 ヘレンの瞳から光が無くなる。


「だから使者を寄越よこすそうだ。あっちの予定に合わせるがいいな?」

「……分かった」

「エリヒオは役職持ちの貴族だ。息子が人質だからって思い通りにされるほどヤワじゃねぇよ」


 様子のおかしいヘレンに、ルードが声をかける。

 ヘレンは無言のまま頷いて、お肉をスラムへと持って帰った。

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