転生ナースの衛生革命〜スラムに追放された聖女は復讐のために生き延びることにしましたが、スラムが不潔すぎて病気も発生したのでまずは環境の改善と感染症の予防に努めます

三桐いくこ

教会を追放されました。そしてスラムでならず者に捕まりました

「聖女ヘレン。お前を教会から追放することが決定された」


 大神官の言葉に、ヘレンは何も言わなかった。

 大きな教会にヘレンの心が安らぐ場所はどこにもない。


「返事もないのか……。どこまでも不遜なやつだ」


 ──ハゲに愛想よくするわけないでしょ?バカじゃない?


 心のなかで悪口を言いつつ、ヘレンはその場をあとにした。


「ここともお別れね」


 今まで使っていた、がらんとした二人部屋。

 親も分からないヘレンは、何も持っていなかったので、荷造りを行う必要はなかった。

 自分が使っていた二段ベッドの下の段。布団すらない、がらんとした空間をヘレンは見た。


「さようなら。──エルナ」


 聖女としての白い衣装から、罪人のようなボロ服へと着替えて、住み慣れた部屋をあとにした。


「ふふふ、汚い格好。ボロを着せられるのはどんな気持ちかしら」

「回復の加護を持たない聖女がいなくなるのね」

「大した加護持ちでもないくせにね」


 ──エラそうに。あいつの言うことにビクビクしてるくせ、こう言うときだけは生き生きとするのね。

 今度はあんたたちがこうなるのよ。


 他の聖女たちの陰口を聞きながら、ヘレンは教会から去っていった。




「降りろ」


 橋への入口で止まった馬車から、ヘレンは見張り役の神官に突き飛ばされた。


 ──痛いっ!


 ヘレンは思わず口に出しそうになった。


「使えない聖女だったが、筆頭聖女に歯向かうとはな。どこまでもお前は愚かだよ」

「……」


 神官はヘレンが何も言わないことに舌打ちをして、馬車に乗って帰っていった。


「筆頭聖女だからって、子猫を殺せって命令するのは殺すのはダメでしょ」


 馬車が帰っていくのを確認しながら、ヘレンは初めて声を出した。喉が少し痛い。

 それでもヘレンは明るい表情だった。


「誰があんたたちなんかと話すもんですか」


 およそ聖女とは言えないジェスチャーを馬車に向かって行ってから、ヘレンは辺りをみまわした。


「ここは町とスラムの境目ね。よく慰問に来たわ」


 ヘレンが立っている橋は町の出口だった。

 大きな跳ね橋となっていて、夕方には渡れなくなる。

 不届き者が忍び込まないようにしてあるのだ。


「そして、私が住むのはこっち側ね。橋から先に行くのは初めてだわ」


 ヘレンは橋を渡りだした。

 大きな川の向こう側は朽ちた板を立てかけたような家が連なっている。

 王都や町の人達が“ゴミ捨て場”というスラムだ。


「相変わらず臭い……」


 橋を進むほど、甘いような油っぽいような異臭がする。

 なにか焦げているような臭いもした。


「えぇ!?何が流れてるの?」


 橋から川を見下ろすと、生き物の足のようなものがぷかぷかと流れていった。


 蛇のように曲がりくねった川は、教会や貴族の住むところが一番水がきれいな上流。

 そこを通り過ぎると、川は庶民の町を流れていく。


 そしてスラムとの境目のこの場所は、町の外れで鍛冶場や工房が連なる場所だった。

 町から色んなものが流れてきている。

 ゴミや生き物の死骸、工房からの排液などが垂れ流されている、一番汚い場所だった。

 川はさらに流れていくが、その先は誰も知らない。


「うぇぇ、汚い〜。……す、住めば都よ!」


 あまりの汚さに、半泣きになりながらヘレンは歩いていく。


「エルナ、見ててね」


 こっそりと持ってきたネックレスを身につけて、ヘレンは遠くに見える教会を睨みつけた。


「私の親友を殺したことを、後悔させてやる」





「あっさりと捕まってしまったわ……」


 スラムにたどり着いたヘレンはいきなり男どもに囲まれてしまった。

 そして今、スラムの奥の小屋へと連れてこられている。


「あ?なんか言ったか?」

「いいえ」


 見張りの男に、にらまれてヘレンは返事をした。


 ──来てすぐに殺されるとかツイてないわ。

 まあ、スラム送りって、実質死刑みたいなものだし当然か。


「おう、お前か?教会の馬車で連れてこられた女は」


 ジャリジャリと足音をさせながら大きな男が、ヘレンを見た。

 ヒゲがもじゃもじゃで、熊のような男だった。


「はい!こいつです。ノコノコとスラムの入り口にやってきたんで捕まえました!」


 やけにはりきって、見張りの男が報告した。


「おう。よし、女。お前は、なんの加護持ちだ?」

「!?」


 ヘレンは驚いた。聖女だとバレたからだ。

 ヘレンの心を見抜くように大男が笑う。


「加護を持つ人間は、みんな教会に集められる。女なら聖女、男なら神官になる。

 教会が、役立たずの神官や聖女を捨てるのはお前が初めてじゃないんだ。

 言え、加護は何だ?」


 ヘレンをまっすぐに見つめる大男。

 おそらく、役に立つ加護なら手下にしようというのだろう。

 ヘレンは、生きられるならそれでいいと思った。

 エルナを殺した教会よりは、マシだと思ったのだ。


「加護は百科事典です」

「百科事典?」

「なんだそりゃ?」


 ヘレンの言葉に、見張りの男も大男も首をかしげた。


「見せましょうか?」

「やってみろ」

「お、お頭!危険です」


 慌てて見張りの男が大男を止める。


「いい。やれ」


 大男が見張りの男を手で止めると、ヘレンを見た。


「ジーニ君、来て」


 ヘレンの右手が光り、小さな子どもくらいの大きさの百科事典が現れる。

 辞書にハリガネのような手足がついていた。


『こんにちは〜百科事典のジーニです!』


 ジーニと名乗る百科事典が、大男に手をふる。


「あぁ?」


 大男がジーニをにらみつけた。

 ドスを効かせた声におびえるジーニを、ヘレンはよしよしとなだめる。


「えっと、私の加護は何でも分かる百科事典を呼び出せることです」

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