第76話ザルツ公国降伏

 狙撃に成功した俺たちはすぐさま増援に向かう。ザルツ公国軍は指揮官を失い総崩れになる。

 ビルト将軍は負傷し、指揮することは絶望的だ。今まで絶望的な状況をまとめ上げていた猛将が戦闘不能になったことで組織は崩壊した。


「クニカズ准将!!」


「ラガ大佐、無事か?」


「はい!!」


 俺たちはすぐさま戦列に復帰する。敵の将軍は苦しそうに倒れ込んでいてこちらを見ている。


「あんたがクニカズ准将か?」


「いかにも」


「見事な狙撃だった。人生の最期にそこの大佐さんやあんたとやれてよかったよ」


「降伏しないか、将軍?」


「残念ながら、俺にも軍人としてのプライドがある。だが、部下に責任はない。寛大な措置をお願いしたい」


 死を覚悟した軍人の顔だった。すでに、グレア帝国義勇軍とザルツ公国の残存戦力は包囲殲滅の危機にある。戦況は誰が見ても明白だった、


「わかりました。将軍。善処します」


 その言葉を聞くと将軍は頷く。その顔は責任をまっとうした男の顔だった。


「ここまでか。グレア帝国の猛将として良い人生だった。グレア帝国万歳」


 そう言うと、将軍はうずくまったまま動かなくなる。狙撃による致命傷で彼は死亡した。


 彼に付き従っていた副将は、指揮官の遺言に従い全軍を降伏させる。ザルツ公国の残存戦力も同時に降伏した。こうして、ザルツ公国の最後の抵抗勢力は排除され、南方方面軍と合流した俺たちは公国の首都まで無抵抗で進軍できるだろう。


 すでに、敵は少数の首都防衛隊くらいしかいない。それも数は数千くらいで、10倍以上の兵力を相手にしなくてはいけなくなった以上勝ち目はない。


 ここから敵の首都までは、ほとんど無抵抗で進軍できるだろう。首都防衛線も絶望的な状況を考えれば、ザルツ公国のわずかに残った兵力は政府首脳部と共に、グレア帝国に亡命を選ぶだろう。そちらの方が合理的だ。


 これで国境付近以外は、ほぼ無傷でザルツ公国を併合できる。最高の結果を手に入れた。さすがに政府首脳部を確保はできないが、それは贅沢なものだ。


 グレア帝国は、ザルツ公国首脳部を厚遇し、亡命政権を作るかもしれないが実態はほとんどない。ただの外交のための一つの手段として活用するくらいだろう。


 戦略的に考えてもこちらのワンサイドゲームで、他国への恐怖心を植え付けるとともに、抑止力にもなる。さらに、旧神聖ヴォルフスブルク帝国の旧領を完全に回復することで、存在感はさらに強くなる。


 大陸への覇権に王手をかけた。ここからは、いよいよ本格的な覇権争いになる。


 ※


 歴史書は語る。


――――


大ヴォルフスブルク帝国の誕生によって、孤立を深めたザルツ公国はついに戦争を始めた。

グレア帝国の後方支援と義勇軍を獲得したザルツ公国首脳部は、大ヴォルフスブルク帝国統合が完全に完成する前に、奇襲を仕掛けたのだ。


このザルツ公国戦争は、わずか1か月で終戦した。


当初、ザルツ公国の奇襲によって混乱した大ヴォルフスブルク帝国南方方面軍は、敗北を重ねた。新たに創設されたザルツ公国の航空魔導士隊とビルト将軍率いるグレア帝国義勇軍の働きは圧倒的であり準備が整う前の国境での初戦を落として、帝国内陸部まで撤退を重ねたのだ。


しかし、ここでも大ヴォルフスブルク帝国の守護者とされるクニカズ・ヤマダ将軍が立ちはだかった。

航空魔導士の発案者にして史上最高の研究者と呼ばれる彼は、すぐさま戦線が崩壊しつつあった南方方面軍の増援に向かい戦線を修復すると、制空権を確保した。


圧倒的な技術力差と戦略によって、大ヴォルフスブルク帝国領内にいたザルツ公国の主力軍は壊滅し、総戦力の半分近くを失うことになる。


このクニカズ将軍の圧倒的な技術力で制空権を支配する戦略は、のちに"航空支配エアドミナンス"ドクトリンと呼ばれて今日の軍事学上における重要な概念になっている。


しかし、クニカズ将軍は、ここでさらにもう一つの戦略を生み出すのだった。


それが、"電撃戦"だ。

この作戦は3つの段階に分かれている。

①騎兵や航空魔導士の機動力を生かして、敵の前線を突破する。

②突破した機動部隊は、敵の司令部や補給路を攻撃し敵の後方を脅かす。

③後方の安全確保のために撤退してきた敵を、味方と挟み撃ちにして殲滅する。


この作戦の教科書になっているのが、このザルツ公国戦争だ。

クニカズ将軍はこの作戦を用いて、ザルツ公国の守備隊とグレア帝国義勇軍を包囲殲滅し、完全にザルツ公国の抵抗力を奪い去った。


そして、そのままザルツ公国首都・ルクスを無血開城させて、ザルツ公国をそのまま併合した。この併合によって、大ヴォルフスブルク帝国は旧・神聖ヴォルフスブルク帝国の領土をほとんど継承した大国になった。


ザルツ公国首脳部は、そのままグレア帝国に亡命し、ザルツ公国亡命政府の発足を宣言し、大ヴォルフスブルク帝国とグレア帝国は対立を深めていく。

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