第53話併合
そして、防衛線を突破したヴォルフスブルクは敵国の首都になだれこんだ。アルフレッド指揮のもとで攻城戦を制した王国軍は、敵国首脳部をほとんど捕虜にした。
ボルミアの首都が陥落したことで、ボルミア―シュバルツ連合軍は継戦能力を完全に失い降伏。
シュバルツ公国も本土は無事だったが、主力部隊が壊滅したことでこれ以上の戦いをおこなうことは不可能になった。
そして、講和会議が開かれた。
出席者は、政府の全権である女王陛下、最前線の責任者であるアルフレッド、そして俺だ。
ボルミア―シュバルツの両公王は恐怖に駆られながら講和会議という名の降伏文章調印式にやってきていた。
「それでは、こちらからの要求をお知らせします」
すでに年上の両公王を威圧していたウイリーは単刀直入に要求を突きつける。ちなみにこの要求を跳ねのけようものなら、講和会議はご破算となり戦争が継続する。
敵国は継戦能力がほとんどないため、より悲惨な状況になるってわけだ。
「まずは、今回の総責任者である両公王陛下たちは、退位してください」
「「なっ!!!!」」
ふたりの中年公王は席から飛び上がるように立ち上がる。
「もちろん、戦争を続けたければ跳ねのけていただいても構いませんが?」
「ぐぬ」
女王陛下の冷静な一言によって悔しそうにふたりはうつむきながら座り込んだ。
「もちろん、この要求に従ってくだされば、命の保証はさせていただきます。ただし、次期公王はこちらが指定させていただきます。両公王陛下とは遠戚になりますが、我がヴォルフスブルク王国のボール公爵です。彼にはボルミア―シュバルツ公国の公王を兼務してもらいます」
ボール公爵は、女王陛下のいとこらしい。両公王の遠戚にあたるので、公王継承権も保有している。だから、都合がいい。公爵を一時的に擁立して、平和的に両公国を併合するつもりらしい。これなら他国からの干渉する余地もなくなり、誰にも邪魔されずに公国を手に入れることができる。
恐ろしい政治力を発揮していた。
「これでは事実上の併合ではないか」
ボルミア公王は無念そうにつぶやいたが、拒否などは許されていないことを理解して蒼白な顔になっていた。
「だが、拒否はできない。これであの若い女王が考えた策だとするなら、末恐ろしい……」
シュバルツ公国は、震えながらペンを持ち降伏文章に調印する。
こうして、2つの公国はヴォルフスブルクに併合された。
これで国力的にも列強国に匹敵する大国が誕生したことになる。
歴史は新しい流れに向かって動き始めた。
※
こうして、ヴォルフスブルクはさらに領土を広げた。ヴォルフスブルクの周辺領邦のなかでも特に強かったボルミア公国・シュバルツ公国を事実上併合した。これによって、国力はより強大となった。
もともとヴォルフスブルクと周辺領邦は、ひとつの国家だった。だが、巨大すぎる国力を警戒した周辺諸国の介入を招き、今のような状態になってしまったらしい。
だからこそ、ヴォルフスブルクは常に警戒されて、包囲網が敷かれていたのだ。ローザンブルク帝国を撃破したとことで、そのくびきは解き放たれて大国化の流れは止まらなくなっている。
周辺領邦の内でも特に強力な公国が軍門に下ったことで、それよりも小国はこちらになびきつつある。
「お疲れ様でした、クニカズ。あなたのおかげで今回も大きな成果を獲得できましたね」
「さすがは、クニカズだ。まさか、20人で第二防衛線を無力化するとは思わなかった」
すべてが終わった後、ウイリーとアルフレッド、俺の3人は祝杯をあげていた。
グレタ産のシングルモルトウィスキーを3人でゆっくりと飲んでいく。
「ああ、ふたりとも俺たちの計画は順調だ。ほとんどの周辺領邦はこちらに従順になるだろう。大ヴォルフスブルクのほうの計画案で地域の統一が可能になる。そうすれば、単純な国力ならば、グレア帝国すら上回る超大国が誕生する」
そう、これが俺の計画だ。
かつて存在していた大国の復活だ。それも、ヴォルフスブルク王国を中心とした超大国を建国し、新しい国際秩序を作り上げる。
超大国の存在は、諸刃の剣だが……
うまく使えば、世界に大きな安定をもたらす。
大国がいくら束なっても勝負できないほどの国力を持った国があれば、世界は基本的に平和になる。
超大国、例えば19世紀の大英帝国やソ連崩壊後のアメリカ合衆国のようなものだ。
他の追随を許さない国力を持った超大国が存在すれば、破滅的な戦争は発生しにくくなる。
そして、訪れるのは安定的な平和の時代だ。最も超大国に匹敵する国家が生まれた場合は、その平和はもろくも崩壊するわけだが……
俺たちが目指すのは、ヴォルフスブルクが超大国となり、この世界に数十年もしくは数百年間の平和をもたらすことだ。
これなら歴史的に考えても実現可能な現実的な選択肢だ。永遠の平和というものは理想だが、残念ながら実現できる保証はない。国際連盟・軍縮・集団的安全保障……人類は理想を叶えるためにいくつもの価値観を作ったが、戦争撲滅は達成できなかった。
だからこそ、俺たちは現実的な平和の実現を目指す。
ロウソクの灯りに、ウィスキーは美しく輝いている。甘くまろやかな酒を楽しみながら、俺たち3人は今回の勝利を祝った。
※
『またまた、クニカズ中佐が大活躍!!』
『わずか20名の少数精鋭部隊が、敵国の防衛ラインを破壊!?』
『まさに、救国の英雄……』
『軍事の天才、現る』
『両公国は降伏。事実上の属国化に成功』
『グレア帝国、マッシリア王国に次ぐ国力を持った大国の誕生』
ヴォルフスブルクのメディアは勝利に歓喜していた。今まで弱小国家だった自国が、戦争に勝利を重ねているわけだ。熱狂しない方が無理ってもんだが……
だが、この熱狂はある意味では諸刃の剣だ。民衆の熱狂は、時に政府の判断を誤らせることに繋がりかねない。
日比谷焼き討ち事件なんかがそうだ。
日露戦争で国力の限界に達した日本は、ポーツマス条約でロシアと和平の道を選んだが、講和内容に不服の群衆が暴動を起こしたのだ。
新聞を中心としたメディアや政治家たちは戦争での華々しい勝利を宣伝していたがために、賠償金なしの講和は認められなかったのだ。それも、厳しい日本の懐事情は国家機密で敵国に利益を与える可能性もあったので公表できなかったこともマイナスに影響した。
この暴動において対応を誤っていれば、日露戦争が継続されて、戦争に勝つよりも先に経済が崩壊していた可能性すらある。
これは政治における難問のひとつだ。
だが、今回は完全な勝利で作戦目的は達成された。あまり自虐的になるのもよくないだろう。
俺は作戦の成功によって、大佐まで昇進することになる。
大佐は、連隊長や艦長を務めることができるくらい偉い。陸上部隊なら連隊(数千人)の部下を持つことになる。
軍事参議官室長から軍務省作戦課長にキャリアアップだ。
今までは女王陛下の直属ということで、ある意味では超法規的措置で作戦の立案に携わっていたが……これで実質的な責任者として、大手を振って作戦立案が可能になる。
これでより航空魔導士がより効率的に動けるような立案が可能になる。クリスタも中佐として一緒に昇進させてもらったから、補給関係の近代化もどんどん進むはずだ。彼には、作戦課長補佐兼兵站班長を任せる。あとは、リーニャも呼び寄せるつもりだ。大学の同期を集めて、一気に軍の近代化を成し遂げる原動力にする。
順調すぎるな。
「(ずいぶんと上機嫌ですね、センパイ?)」
「ああ……ここまで来たからな」
「(なら今日は私とも祝杯をあげてくださいよ。今回は料理頑張っちゃいますよ!)」
「楽しみにしているよ」
久しぶりの王都の部屋での休日を楽しみにしながら、俺は夕焼けの空を眺めていた。
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