第12話ホームレス、優秀なチームを作り上げる

「ということで、突然だがリーニャ大尉とアリーナ大尉が俺たちのチームに加わることになったからよろしくな」


 俺がそういうとクリスタ大尉はとても驚いていた。ちなみに、アリーナ大尉というのは、リーニャ大尉のチームメイトだった女性士官だな。


 要は、俺とクリスタ大尉のチームが、リーニャ大尉のチームを吸収した形になった。

 俺が司令官。

 クリスタ大尉が兵站担当。

 リーニャ大尉が情報担当。

 アリーナ大尉が工兵担当。


 こんな感じで役割分担した。


 聞いた感じ、プロイセン式の参謀本部みたいな考え方は成立していないみたい。

 近世から近代初期くらいの文明レベルだから、指揮官の能力に依存した指揮系統のようだ。


「でも、クニカズ大尉? ずいぶん珍しいですよね。こんなにきっちりと役割分担するのは……」

 リーニャ大尉が不思議そうにそう話した。

 こういう感じで役割分担するのは珍しいらしいな。仮に、この世界がウェストファリア条約が成立する前後のヨーロッパとリンクしていると考えれば、プロイセン式の参謀本部は歴史より200年ほど先にあるオーパーツだ。


「ああ、クリスタ大尉にも聞いたけど、士官学校の机上演習とかは、各々が別々の師団とかを率いていたんだろ? そうなると、補佐役に適性がある人間でも、リーダーにならなくてはいけなくなるから、効率が悪くなるんだよ。だから、各々が適性がある部門を担当し、専門家としてリーダーを補佐するのが効率的なんだ」


 俺の説明を聞いて、3人は目を見開いた。


「たしかに、僕は指揮官の才能がなかったから、士官学校の演習では勝率は散々だったな。でも、昨日は自分が一番得意な分野で戦うことができたら充実感があった!」


「私もどちらかといえば、デスクワークの方が得意だし……昨日の演習で自分の指揮には限界があるとわかりましたから、この方式のほうがいいですよね」


「私も、ど・どちらかと言えば調整のほうが得意ですぅ」

 アリーナ大尉はちょっと自信なさげだった。でも、ちょっと勝気すぎるリーニャ大尉と長年相棒になっていたくらいだから、コミュニケーションは得意なんだろうな。


「それでさ、さっき教官から言われたんだけど……」

 俺はさっき言われた衝撃的なことをメンバーにも話す。


「今度さ、大佐クラスの人たちと机上演習することになちゃった……」


「「「えええええーーーー」」」


 ※


 俺は前回の机上演習の総括をおこなうために教壇に立った。

 学生だけじゃなく、現役の将官や佐官クラスの軍人たちも、俺の総括を聞くために授業に参加している。アルフレッドの姿も見えた。やばい、これはめちゃくちゃ緊張する。


「というのが、前回の机上演習の流れの簡単な説明です。今回の私たちのチームの狙いを箇条書きでまとめると、この3点に集約されます」


①自軍の犠牲を最小限にした遅延戦闘を繰り返した撤退作戦


②地形を生かした防衛戦闘によって敵主力部隊の戦力と物資を同時に消耗させる


③敵軍を自国領土内奥深くまで誘いこんだ後に、国境付近の山岳に潜ませていた伏兵を用いたゲリラ戦による補給路遮断


「このうち、最も重要なことは①の撤退戦です。この撤退戦で時間を稼ぐことができなければ、②の防衛陣地構築がままなりません。さらに、②のための防衛陣地を構築するためには物資の無駄がない輸送も重要になってきます。よって、この作戦を成功させるカギは、前線部隊・防衛部隊・輸送部隊――各部門の柔軟な協力関係を構築することにあります」


 俺が総まとめに入ると、教室内は拍手がまき起きた。


 アルフレッドは満足そうに俺に向かってウインクしながら、感想を言った。


「なるほど、いままでバラバラに戦っていた部門間を有機的に結び付けて、敵の最も弱いところを突くのか。補給路は、侵略戦争ならばどうしても長く伸びなければいけませんからね。長くなればなるほど守り切るのは難しくなるし、補給部隊は軽装だ。さすがは女王陛下も認めた異世界の英雄ですな。本来は負け戦になりやすい撤退戦すらも勝利をつかむためのひとつのピースになっている」


「ありがとうございます」


 今回の授業を聞きに来ていた将軍たちも笑っている。


「すばらしい戦略眼だ、クニカズ大尉」


「まさに、我が国の救世主ということだな」


 なんだか気恥ずかしいな。平和な日本だったら、ゲームの時くらいしか使わない知識だし。

 それがこんなに評価されるなんて、不思議な感覚だよ。


「それでは、今日の机上演習に入ろう。クニカズ大尉のチームと今回は特別に編成されたポール大佐のチームで戦ってもらう。ポール大佐は、我が国きっての戦略論の研究家として名高い軍人だ。おそらく、クニカズ大尉と互角に戦えるのは彼くらいしかいないだろうからね。前回は、防衛戦を基本としていたが、今回は会戦が中心となるシナリオを作成している」


 俺は配られた資料を眺める。たしかに、今回の戦闘領域は狭いな。戦力もほぼ互角。沼地のような大軍の移動が難しい場所も少ないし……


 この環境なら軍隊同士が中央から戦わなくてはいけなくなる状況か。

 うん、王道展開。


 小細工があまりできない状況をどうするか……


 ※


 ポール大佐は、黒髪の病的なまでにやせている眼鏡の中年男性だった。軍人よりも学者だな。


「それじゃあ、よろしく頼むよォ。クニカズ大尉ぃ。キミが今まで見せてきた奇跡、調べさせてもらった。素晴らしいものばかりだよ!! でもね、その奇跡もここで終わりにしよう。僕にとってはキミの戦略はまるで、おままごとだ。本物の戦争を体に教え込んであげよう。楽しみにしておいてくれたまえ」


 眼鏡の男は、不敵に笑って、去っていった。


「なんだよ、あれ。嫌なやつだな」

 俺は不満を漏らす。

 リーニャ大尉が俺に同情してくれた。


「ええ、でもあの人がヴォルフスブルク王国の戦略論において、最高権威者です。プライドもあるのでしょうけど……」


「あの人の戦略の特徴って何かある?」


「騎兵の第一人者ですね」


「騎兵か……そりゃあ、手ごわいな」


 騎兵。古来よりある兵科だ。戦車や車、列車が開発されるまでは、人類最速の陸上移動手段だったわけだし……


 騎兵の特徴はその攻撃力だ。

 日本の戦国時代。最強とうたわれた武田家の騎馬隊。

 世界最大の領土を冠したモンゴル帝国の騎兵。

 ロシア帝国陸軍の中核をなしたコサック騎兵。


 強い軍隊には、必ず騎兵の存在があった。


 その使い手となれば、攻撃力に優れた軍隊を使うんだろうな。


 ならば騎兵対策が必要になる。ゲリラ戦は、今回使いにくいだろう。隠れることができる森や山岳が戦場にはあまりない。仮に強引にゲリラ戦をしようものなら、騎兵の機動力にじゅうりんされて、各個撃破される。


 歴史的に見ても、いかに敵の騎兵隊を打ち破るかが勝利と敗北を分ける。


 歴史的に見れば名将たちは、敵の騎兵の対抗策をいくつも考えてきた。


 織田信長は、無敵と呼ばれる武田の騎馬隊を破るために"鉄砲"という新兵器に活路を見い出した。

 日露戦争の黒溝台会戦で、コサック騎兵を迎え撃った秋山好古よしふるは、騎兵だけでなく歩兵や砲兵など他の兵科と協力して騎兵を防御に使うことで世界最強の騎兵を打ち破った。


 歴史的に考えればいくつもヒントはある。あとは状況に合わせて、その事実を使って答えを導き出せばいい。


 大丈夫、俺たちなら勝てる。


―――

人物紹介


・ポール大佐

知略:84

戦闘:38

魔力:21

政治:33

スキル:理論家・研究者


ヴォルフスブルク王国軍きっての理論派。ただし、軍人というよりも、研究者に近く、作戦の指揮などはうまくない。シナリオ1からヴォルフスブルクに所属するが戦闘能力は皆無に近いため、アルフレッドの補佐役に落ち着くことが多い。

人材が豊富になるシナリオ2以降は、彼よりも優秀な補佐役が多く登場するため、本拠地で研究に没頭していることの方が多い。

性格に難があり、チームワークを乱す諸刃の剣的な存在で、アルフレッド隊を自滅させて王国を崩壊に導いたりもする。


――――

用語解説


プロイセン式の参謀本部


19世紀のプロイセン(ドイツ)で誕生した形式及び考え方。

これが誕生するまでは指揮官ひとりだけに重大な責任を背負わせるのが当たり前だったが、複雑化していく戦争では限界が生じたため、参謀(=専門家)たちの助言をもとに指揮官が意思決定をしていくスタイルに変わるきっかけになった。

最初は実戦部隊と補給部隊の分業からはじまり、徐々に理論化されていった。

ナポレオン戦争において大敗したプロイセンが、軍の近代化を推し進める過程で体系化された。

この考え方が普及し、近代化されたプロイセンは、オーストリア・フランスというヨーロッパの列強国を次々と撃破し、ドイツ統一を成し遂げる原動力になった。

誕生から200年近くたった現在でも、この形式が軍隊の基本的なものになっている。

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