22

 まるで、そうなった未来を掴み取ったかのような様子の大司教を、セルジュは冷徹な視線で見つめていた。


 そして、そっと大司教の手を取って、肩から外した。


「……そう上手く運ぶでしょうか。あなたがお世継ぎの外祖父……つまりアネット嬢の父親とは、名乗れないでしょう」

「名乗らずとも、方法はいくらでもある。そのためのお前やアネットではないか」


 大司教の視線が、壁際に飾っていた肖像画に移った。そこに描かれているのは、若く凜々しい三人の青年だった。

 大司教の指が、先代国王……彼の兄の輪郭を強くなぞった。


「同じ国王の血を引いていた我ら兄弟……国王となれたのは、王妃の血を引いていた兄一人。側室の子だった弟は王家と貴族との結びつきを強めるために養子に出された。そして兄と同じく王妃の子だった私は、兄と違って後の権力争いを避けるために教会に入れられ、王位継承権を永久に奪われた……あの日、私が多くのものを失った要因は血筋だった。だが同時に、兄と弟は血筋によってより強く結びついた。国王と宰相として手を取り合う形でな。世代が移り、彼らの息子たちが実権を握っても同じ事をやろうとしていたな。各々の子らを結びつけ、より強固な繋がりを作ろうとしている。だから私も、似たことをしようとしているだけだ」

「……兄弟ではなく、ご自身の血で固める、と?」

「そうだ。私の血を引くお前が宰相に、アネットが王妃に、その子がいずれ国王に……そしてその頃には教会の力も王家を上回っているだろう。民は教会の権威なしでは立ちゆかなくなっているだろう。君の妹のおかげで、な。そうなれば、名実ともに我々がこの国のすべてを掌握することになる」


 セルジュは、急に喉元をさすってコホンと一つ咳払いした。


 先ほどまで感情が浮かんでいなかった顔に、笑みが浮かんでいた。笑いを、噛み殺すための咳払いだったのか。


「……そうなれば、私も胸の梳く思いがするでしょう。私を、拾い子だの卑しい駄犬だのと蔑んだ方々に対する復讐となる」

「そんな連中、処断してしまえばいいだろう」

「それは難しい。そんなことをすれば、王宮から人がいなくなってしまいます」

「は……ははは! 確かにな」


 セルジュの瞳に一瞬宿った暗い光を見た大司教は、愉快そうに腹を抱えて笑った。

 セルジュもまた、それを見て小さく笑った。そして、次の瞬間には再び目元をきゅっと引き締めた。


「まぁ、しばらくは周囲の動きにも注意が必要だがな。特にリール卿……お前の父君はな」

「ご心配なく。父は私のことを信用してくださっています。幼いレティシアが教会に行くことをいつも止めようとしていましたが、私が共に行くと言えば許して下さったくらいです」

「私は、彼にはすっかり嫌われているからなぁ」

「……周知の事実・・・・・というものがありますから」

「ふふふ……言うじゃないか。私を咎めているのかね?」

「まさか……息子が父を咎めるなど、とんでもない」


 セルジュは、神妙に頷いた。僅かに眉根を寄せている。不安を覚えているときの、表情だった。


「ですが、咎めようという者は必ずいます。重臣の方々や、国王陛下……王妃殿下など」

「王妃殿下か……そうだな。あの方は特に潔癖なお方だった。私の行いを知って、それはそれは恐ろしい言葉で罵っておられた。まぁ、だから少しばかり静かに・・・なって頂いたわけだが」

「確かに、以前は国政にも関与されることがあったというのに伏せることが多くなられましたね……あの宴の席で王妃殿下があの料理を口にされてから、ね」

「ふふふ……はて、何のことだ?」


 大司教は、愉快そうに微笑んだ。


「お忘れになられたとは非道い……実の息子である私に、あんなことをさせておいて……」

「そうだな。お前は実に、よくやってくれたよ」

「ええ、そうです。もっと、私の行いを褒めて下さい、父上・・

「ふふ、いいだろう。我が息子よ……」


 セルジュは、ぐっと近づき、次の言葉を待っていた。絵本の続きをせがむように、幼い子供に戻ったように、父に甘える子のように……。

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