22
「アベル様が……倒れた!?」
ジャンの言葉を聞いたアランは、はじかれたように駆け出した。レティシアも後に続き、執務室に入ると、心臓が凍り付くような気がした。
アベルが、床に四肢を投げ出して倒れており、レオナールの必死の呼びかけにもピクリとも応じない。完全に、意識を手放している。
普段冷静で滅多に顔色を変えないアベルの顔が、どうしたことか真っ赤に染まり、唇はただ息をするためだけに小さく開いているだけ。四肢はその役目を果たさず、だらりと広がっていた。
近くにはまだ飲みかけだったであろう葡萄酒の入った器が転がっていて……
「ん? 葡萄酒?」
「ええ、飲んでしまいまして……」
レオナールが、青ざめてそう呟いた。
「確か、アベル様って……」
「超がつくほどの下戸なんですよ」
ジャンまでが、深いため息と共に、項垂れてそう言った。
「どうして……アベル様には水か、すごく薄めた葡萄酒しかお出ししないのに」
「まぁその……俺たちがちょっとからかい過ぎちまって……」
「ええ……それで、アベル様にしては珍しく拗ねてしまわれて……手近にあった葡萄酒を煽ったところ、我々が飲む葡萄酒だったようで……」
レオナールもジャンも、反省しながらひどく落ち込んでいる。何を言ったのかはわからないが、あのアベルが『拗ねて』しまうほどなのだから、よっぽどの事態なのだろう。
「とりあえず横になってもらいましょう。寝室まで運んで差し上げないと」
「それはもう……」
レオナールが率先して抱き起こし、肩を貸した。ジャンももう片方の肩を担ぎ、何とか立ち上がった。支えるのに必死で、二人ともフラフラしているので、アランが支えに回っていた。
(自分で体を支えることが出来ない人間が、こんなにも重そうだなんて……しかもその様子を目の当たりにしたのがアベル様の介助だなんて……)
今日は本当に、衝撃の連続だ。
「いけない、私はお水を持っていって差し上げないと……!」
レティシアはすぐに厨房に戻り、水差しとたらいに水を入れて、手ぬぐいも用意してアベルの寝室へ向かった。
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