28

 リュシアンの視線が焦りでうろうろと宙を彷徨っていた。その様子を、国王を含めた重臣たちは、皆冷めた……いや白けた面持ちで見ていた。


「み、皆もう少し長い目で見てやれないのか! 彼女は平民出身で、いきなりこんな貴族社会に召し上げられて心細いに違いない。時が経てばきっと力を発揮できる! そういった優しさこそが、国民すべてを思いやることに繋がるんじゃないのか!」


 リュシアンが、一人一人の顔を見つめて告げた。だが、首を縦に振ろうとする者は誰一人としていない。


 その中で、リュシアンに最もほど近い席に座していたリール公爵が、重い口を開いた。


「……殿下、あなたの仰る『時が経つ』間に、いったいどれだけの民が飢えるか、おわかりですか?」

「そ、それは……」

「もはや猶予はないのです。これほど僅かな期間で、これほどの危機的状況に陥ることは前代未聞なのですよ」

「何を……言いたいのだ、宰相?」

「……これは私があなたの元婚約者の父だから述べるのではない。陛下をお支えする宰相として申し上げる。彼女が今、聖女の役目を果たすことは困難なのでは?」

「なっ……!」


 リュシアンの顔がみるみる紅潮していく。怒りで血の気が集まっていくのが誰の目にも明らかだったが、赤く染まりきるより前に、横から制止する者がいた。この場でただ一人、それが許される……国王だった。


「下がれ、リュシアン」

「し、しかし父上……!」

「下がれ」


 温厚で知られる国王に、そして父に厳しい声音で窘められ、リュシアンは唇を噛みながらも退室していった。


 リュシアンが去り、重臣たちは一斉にほっと息をついた。


「年々、気難しくなられますな……」

「やはり、王太子の地位はあの方には重責なのでは……?」

「平民の娘を受け入れることを認めて差し上げれば、少しはこちらにの話も聞いて下さるやもと思ったが……逆効果だったか」

 

 そんな声が、口々に飛び交い、議場を埋めていく。

 その声を、ドア一枚隔てた場所でリュシアンが聞いているとは、誰も知るよしもなかった。

  

「あの……リュシアン様」

「! アネット……」


 おずおずと、アネットがリュシアンに寄り添うように歩み寄ってきた。王宮という場所がまだ居心地が悪いのか、未だに肩を竦ませている。


「どうしたのだ、アネット? 今日は王宮に呼ばれてはいないだろう」

「はい。呼ばれてはいませんけど……その……私のせいで、リュシアン様が……」


 それ以上は言わせまいと、リュシアンはアネットを抱き寄せた。腕の中に感じる温かさが、先ほどの会議で感じた凍り付きそうな寒さを和らげてくれた。


「いいんだ、アネット……お前はそのままで」

「リュシアン様、そういうわけには……」

「いいんだ。いいんだ、それで」


 温もりを両手に掻き集めるように、リュシアンは小さな背中を撫でていた。


 自分が守らねば、そう思っていた。


 アネットは、彼女と違ってか細くか弱いのだから。

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