22

「アベル様の庭園が戻ったぞ!」

「また奇跡を起こしてくれた!」


 歓声がレティシアとアベルを包んだ。


 その鮮やかな景色が甦ったことを喜ぶ人々に囲まれて、アベルはしばし呆然としていた。もしや、余計な事だったのだったのだろうか、レティシアは思わずそう感じて、そろそろと尋ねてみた。


「あ、あの……いけませんでしたか?」

「いや……そういうわけでは……」


 先ほどまでずっと理路整然としていたアベルが、急に言葉をなくしていた。何故だか、急にレティシアから顔を逸らすようになってしまっている。


「おや珍しい。アベル様が感激で言葉なくしちまってるよ」

「ち、違う……!」

「このお庭、大事にしてたもんねぇ」


 普段と違う様子に、村人たちはにやけ顔が止まらないようだ。


「それはそうだが……せっかくの薬を、畑じゃなくこんな……俺の手慰みの庭なんぞに使ってと、その……呆れていただけだ」

「初めて会った時、激怒していらしたから直さなければと思ったんですけど?」

「まぁ、そうだな……する」


 アベルの声は、最後に向けてすぼんでいったので肝心な所が聞こえなかった……。どうもアベルを囲んでいる人たちには聞こえたようだが。


 首をかしげるレティシアを置いて、レオナールが手を叩きながら、皆を注目させていた。


「はいはい。アベル様の意外な弱点がわかって嬉しい気持ちはわかりますが、それくらいにしておきましょう」

「じ、弱点とは何だ!」

「おや、言ってしまってもいいのですか?」


 レオナールまでが、ニヤリと笑みを浮かべてアベルを見つめた。意味ありげな笑みに、アベルはぐっと歯がみしている。


「さて……では、改めて乾杯といきましょうか我らが聖女を交えて」

「せ!?」


 今、レオナールは確かに『聖女』と言った。正確にはまだ聖女ではないし、レティシアの素性が村人たちにまで知れ渡ってしまうのはさすがに避けたかった。


 一応、人目を忍んでいる身なのだ。


「あ、アベル様……人前で『聖女』関連の発言は控えて頂けると……」

「大丈夫だ」


 アベルは特に焦る様子も悪びれる様子もなく、そう言った。何が大丈夫なのかわからないまま、ちらりと村人たちを見ると……皆、特に気にした様子はなかった。


(良かった。やっぱり大した話題にはならないのね)


 そう、思ったのだが……。


「よぅし、じゃあアベル様。乾杯してくださいよ。美味い芋の料理と、芋の聖女様に!」

「……『芋の聖女』?」

「ああ。最初はお前こそが『聖女』だと持ち上げていたんだが……さすがに当代の聖女である王妃様を差し置いて『聖女』と呼ぶわけにもいくまい。そこで、二つ名のようにしてしまおうかと提案があってな。お前にふさわしい二つ名など、一つしかないだろう」


 目を丸くするレティシアを置いて、アベルは一歩進み出た。そして片手にスープの皿と葡萄酒の器を持っている。


「では皆、我らに新たなジャガイモという恵みをもたらしてくれた芋の聖女に、乾杯!」

「乾杯! 芋聖女様に!」


 あちこちで、葡萄酒の器が高らかに掲げられる。それと共に、歓声が響き渡る。

 アベルによると、こんなにも楽しそうに賑わうのは何時ぶりか分からない、とのことだった。


 だが、今、この時……それらを塗り替える叫び声が、領地に響き渡った。


「私を……『芋聖女』だなんて、呼ばないでーーーーっっ!!!」

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