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 父である宰相・リール公爵はリュシアン王子に憤慨していた。だが同時に、娘であるレティシアにも雷を落とした。曰く……


「なにが嫌がらせだ。なにが偽聖女だ! 晴れ舞台に泥を塗られて、謂れのない中傷……しかもそんな子供の言いがかりのようなことを言われて、すごすご帰ってくるんじゃない! 3日……いや1週間は起き上がれないくらいに心を抉って刻んで潰すぐらい、お前なら簡単だろうが! なんと情けない娘だ!」


……とのことだ。

 言い訳など聞いてはもらえなかった。完膚なきまでに叩きのめさなかったことが、そんなに悪いことなのだろうか。


 ちなみにその言葉を聞いた母はこう言った。


「あなた、1週間だなんて……1ヶ月は物音一つにも怯えるくらいでないと」


 やはり自分は、まだまだ両親の期待には応えられていないらしいと、しみじみ感じたのだった。

 二人揃って国家反逆罪に問われそうな言葉で叱り飛ばした結果、レティシアは許可が出るまで外出禁止となった。外出というのは屋敷ではない。自分の部屋のことだ。


 そんなわけで、レティシアは昨日からずっと自分の部屋でだらだらと過ごすはめになっている。だらしないと言われようと、言われたとおりにしているのだから仕方ない。

 開き直ってベッドから下りようともしないレティシアを、ネリーが呆れたように見ていた。


「もう……謹慎はだらだらすることじゃないですよ」

「だらだらしてるんじゃないわ。”反省”してるのよ」

「……旦那様や奥様、それにセルジュ様にも同じように開き直れますか?」

 

 両親と兄の名を出されて、レティシアはのそのそと起き上がった。


「……いいじゃない。深く傷ついた翌日くらいは泣き暮らしたって」

「泣くどころか怒ってクッションを投げつけたのはどこのどなたですか。元気が有り余っていらっしゃるなら、いっそお散歩にでも行かれては?」

「あのね、ネリー……私は、今、謹慎中なのよ。この部屋で・・・・・!」

「この部屋から出なくても、お散歩に行く方法はあるじゃないですか。お嬢様なら」

「何を……ああ!」


 レティシアは急にベッドから下りて、クローゼットに向かった。足取りがいつもと同様、堂々としていて優雅だ。


「着替えるわ。準備をして」

「はい」


 それが何を指すか、ネリーはすぐに理解した。

 理解したら行動が早いのがこの侍女の長所だ。


 クローゼットの奥にしまい込んである箱から取り出したのは、ワードローブに並ぶ艶やかなドレスたちとは明らかに色も素材も劣る、質素な服だった。


 レティシアは迷い無くその服に袖を通すと、今度は床に何やら描き始めた。するすると描かれたそれは、精霊と魔力の結びつきを補助する魔法陣だ。


 レティシアはその魔法陣の中央に立った。


「いつものあそこに行ってくるわ。目印があるし」

「承知しました。あまり遅くならないようにして下さいね」

「わかってる。それじゃあ、留守を頼んだわよ」


 小さく手を振ると同時に、魔法陣がひかりを放った。光はどんどん大きくなり、やがてレティシアごと部屋中を包み込んだ。


 かと思うと、急速に光は止み、集束していく。


 その様子を最後まで見守っていたネリーは、笑って魔法陣を見つめた。魔法陣からは、レティシアの姿は消えていた。想定通りだ。

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