第20話 魔族だって四つ子育児は死ぬほど大変

 太陽が出ていない朝。


 魔王の仕事で西に東に飛び回っていたら、羽パンダのライライが目を回してひっくり返ってしまった。舌をだらりと出している。


「ライライ、しっかりして!」


 いくら回復魔法をかけても治らない。

 フリーの料理もキョウ君の団子も食べられない。ワイファの歌も効果が無い、吸血鬼が噛んでも反応が無い。心を読んでも無だ。

 どうしたらいいの。ぼくが無理をさせたばかりに。ごめんなさい!


「レッド様が戻られたと聞いて来たのですが──」


「ディアブロさん!」


「ウピー!」


 レッドの友達のディアブロさん。三角メガネでカマキリみたいな顔立ちだけど、愛妻家の優しい人だ。モコちゃんがぼくの肩から飛び立って、彼の顔の周りをパタパタ回っている。


「これは珍しい。ファードラゴンですね」


「ぼくが育てているモコちゃんです。ディアブロさんに懐いたみたいですね」


「なにやら初めて会った気がしません。さて、そちらの問題を片付けましょう。羽パンダが不調といったところでしょうか」


 名称は忘れたけど、お堅い名前のお仕事をしている彼は博識だ。よくレッドと二人で難しい話をたくさんしていたのを覚えている。

 ぼくはその間、レッドの顔だけを見ていた。


「ライライ殿はホームシックと見ました」


「家族に会いたいって事ですか?」


「ええ。羽パンダは家族の絆が深いものです。長らく離れていたので恋しさが募ったのでしょう」


「故郷の場所は分かりますか?」


「ご案内します。今すぐ参りましょう」


 ディアブロさんは縮小魔法でライライを赤ちゃんサイズにしてくれた。抱っこして慎重に連れていく。


 お城の庭にディアブロさんの黒いドラゴンがいた。身長が四メートルはあるかな、大きいけど優しい目をしている。


「ヴィヴィと申します」


 目を合わせて頭を下げて、乗り込もうとした時、キョウ君とフリーがやってきた。同行をお願いされたけど、少数でないと警戒されるとディアブロさんに断られた。


「じゃあ、せめて地図で行く場所を教えてよ」

「同行者のフルネームと住所を!」


「二人とも、ディアブロさんはレッドの友達で、メイド長さんも知ってる人だから安心して」


「トリィ様。お二人の心配はごもっともです。こちら自分の名刺と地図です」


 丁寧な対応に黙った二人に手を振って、空に飛び上がった。モコちゃんはぼくではなくディアブロさんの肩に乗っている。

 ちょっとだけ、妬けちゃうな。


「道すがらお話をよろしいですか?」


「はい。なんでしょうか」


「影武者をしておられるようですが、それは何故でしょうか」


「一日も早く帰ってきて欲しいからです。ディアブロさん、どこかで本物のレッドを見たという話は聞いてませんか?」


 首を振る仕草を見て、分かっていても傷ついた。

 魔界中に散らばっているスライム族にも頼んでいるのに、一度も報告を受けていない。


「もし見かけたら、一刻も早く帰るようにと伝えます。さあ、この頂上ですよ」


 まったく先が見えない事から、無限山と呼ばれている場所だ。何人もの登山家が挑んで死んでいる。


「スピードアップします。しっかり掴まっていてください」


 ギュンギュン風を切って登っていく。目を開けていられない。ライライのぬくもりだけを感じながら、永遠のような時間が過ぎるのをひたすら待つ。


 突然フワッと明るくなった。

 目を開くと、キラキラした水が流れて、花がたくさん咲いている楽園のような場所が見えた。羽の生えたパンダが十頭ほどのんびりしている。


「わあ、こんなにたくさん!」


 刺激しないように端の方に着地した。ライライを抱いて飛び降りる。三十秒後に縮小魔法が解けるようにしてもらい、仲間たちに近づいていく。

 羽パンダは怒ると怖い。

 刺激しないように、ゆっくりゆっくり。


「こ、こんにちは」


 ライライをそっと寝かせて背中を撫でていたら、ボフンッと巨大化した。仲間たちが気付いてワラワラと集まってくる。

 頬をペロペロされている内に、目を覚ました。


「キュウ!」


 本当に良かった。

 振り向くと、ヴィヴィさんがぐったりしていた。ディアブロさんが水を飲ませているけど、息が上がっていて上手く飲めない。

 草原に手を触れながら、回復魔法を施した。


「おかげさまでライライが元気になれました。本当にありがとうございます!」


 仲間と戯れるライライを見つめながら、鞄に入れて持ってきたキャンディをディアブロさんに差し出した。綺麗な場所でほっと一息。


「トリィ様、この山は強い毒素に満ちています」


 いきなり物騒なスパイスが追加された。

 今なんて言いました?


「ヴィヴィは防御壁バリアを持っているので無事に来れましたが、普通のドラゴンだと途中で落下するので非常に危険です」


「ご忠告ありがとうございます」


「またここへ来ることもあるでしょう、もし宜しければヴィヴィを貰って頂けませんか?」


「そんな、大事なドラゴンでしょう」


「妻が四つ子を妊娠中なのです」


 あまりにも予想外の言葉に、目が点になったと思う。ラブラブな奥さんがいるのは知っていたけど。

 妊娠とドラゴンに何の関係が?


「育児のために退職しましたが、夫婦だけでは難しいと泣かれて、義両親と同居することになりました。しかし先住ドラゴンがヴィヴィと相性が悪いのです」


「それでディアブロさんが我慢しなくちゃいけないんですか」


「妻と子供の命には代えられません」


 三角メガネを直しながら、悲しげな眼差しでそう言った。モコちゃん一人でも大変だったのに、四人は想像を絶する。


 ヴィヴィさんは


『ディアブロと離れたくない。私を捨てないで』


 脳内でスカイブルーが、赤ちゃんを城で引き取ればいいと言ってくるけど、家族で育てたいと願っているのに引き離すのは違うと思う。


「分かりました、少しの間します。夫婦だけで育てられるようになったら迎えに来てください」


「トリィ様……ありがとうございます」


 ヴィヴィさんディアブロさんに頬擦りをした。大きいし皮膚も硬いけど、甘える仕草は子供みたいだった。


 ライライには家族団欒だんらんを楽しんでもらい、先に帰る事にした。ディアブロさんはヴィヴィさんにずっと話しかけていた。初めて会った日から始まり、様々な思い出を語っていく。


 お城について、ヴィヴィさんの寝床を人魚たちに作って貰ってる間に、メイド長さんに頼んでお金を用意してもらう。


「受け取ってください」


「困ります。ヴィヴィを預かって頂くだけでもありがたいのに」


「これは便箋代です。子育ては大変なことばかり。悩みも多くなるでしょう」


「確かにそうですが」


「辛い気持ちは相談するのが一番です。文字にするだけでも効果があります。レッドの代わりにお返事を書くので、気軽に出してください」


 ディアブロさんは三角メガネを直しながら、微笑んで受け取ってくれた。


「では、まずは出産の報告から送りますね」


 帰りはどうするのかと思っていたら、身長が五メートルぐらいあるドラゴンがやってきた。ものすごく人相が悪い。ヴィヴィさんがサッと逃げ出したので、義実家の先住ドラゴンだろう。

 髭モジャおじいさんが降りてきた。


「娘が産気づいたので婿殿を迎えに参りました」


「もうですか!」


「早く乗れディアブロ!」


「分かりましたお義父さん!」


 急いで作った花冠をディアブロさんに手渡す。出産はいつでも命懸け。微力ながら応援したい。


「頭に乗せれば回復します。元気な赤ちゃんが産まれるよう祈っています!」


「ありがとうございます!」


 巨大なドラゴンはバサバサッと飛んでいき、やがて見えなくなった。

 ヴィヴィさんも後ろから一緒に見つめる。


 どうか、みんなに愛されて元気な赤ちゃんが産まれますように。




 後日。

 ディアブロさんから速達コウモリ便でSOSが来たので、ヴィヴィさんに乗って駆けつけた。


「妻が育児に疲れ果てて……」


「ま、まさか!」


「仕事をしていた方が楽だから医者に復帰しまーすと言って、出て行きました」


「奥様ワイルドですね!」


「ノイローゼになった義母は自殺未遂で入院し、義父はその介護に追われています。一人ぼっちは辛いです。助けてください」


「骨と皮みたいになってるじゃないですか、今すぐお城に来てください!」


 赤ちゃんは首が座っていたので、なんとかヴィヴィさんにくくりつけて慎重に連れて帰る。過労による衰弱が原因で回復魔法が効かないディアブロさんは、一階のクリニックで入院してもらう事にした。


「コロンちゃんのお世話で慣れたサリー達に任せて!」


 サトリの子供達の保育士スキルに救われる。メイドさん達もいるし、とりあえず安心してもらえるだろう。


 しかし育児はこうも魔族を追い詰めるのか。

 レッドの愛読書に書いてあった「保育所」を作ってみようかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る