置いてけぼり助手の、魔王の影武者奮闘記

秋雨千尋

第1章 魔王の助手トリリオン、影武者として密かに防衛戦!

第1話 ぼっちは辛いよ、守れ!魔王城。

 三日月が三つ並んだ夜。


 ここは魔界の中心にある魔王城の正面玄関。

 一人ずつしか渡れない橋の上に、顔の真ん中にギョロリとした目玉を持つサイクロプスが並んでいる。筋骨隆々な体に気持ちばかりの布をまとい、大口からヨダレを垂らしている。


「城の警備、ザル過ぎる!」


「魔王に捨てられたカワイソウな城だ、俺たちが楽しく使ってやろうぜ」


 手に持つ棍棒こんぼうから血が滴っている。連中がここに来るまでにたくさん犠牲者が出ているだろう。

 怖い。でも戦わなくちゃ。


「赤い髪のガキが両手を広げてるぞ、魔王レッドが帰ってきたのか?」


「よく見ろ、いくらなんでもガキすぎるだろ、髪の色も不自然だし、ニセモノだ」


「一丁前に影武者のつもりか? さっさと逃げねえと頭カチ割れて死んじまうぜ!」


 先頭の一体が走ってきた。ペンダントを両手に乗せて、本来の姿に戻す。

 巨体から振り下ろされた一撃を避けて、胴体を真っ二つに斬り裂く。崩れる死体を蹴って次は首をはねる。空中で回転して縦に真っ二つにする。


「なんだ、こいつは……!」


「ひるむな、相手はたった一人だろうが!」


「オイ、押すなって!」


 一人でも戦えるように、橋の上に来るのを待っていたんだ。順番に首をはねる。心臓を突き刺す。そうして数を減らしていき、ついに最後の一体になった。


「その意味不明な斬れ味、百万殺しの魔剣ミリオンキラーかよ、魔王しか使えねえはずなのに、なんだってこんなガキが!」


 逃げ出すかと思ったけど、向かってきた。

 体も武器も一番大きい。ボスとして引く訳にはいかないのだろう。うう、ヒリヒリする緊張感、心臓がバクバクする。


《オレ様がついてんだぞ、自信を持ちやがれ》


 頭に響く魔剣の声。

 ミリオンキラーは通称で、本名はスカイブルー。

 封印を解いた時から、テレパシーでガンガン話しかけてくる。

 たまにうるさいけど、今はすごく助かる。


 深呼吸をして全身に酸素を行き渡らせる。

 大丈夫だ。ぼくは非力な子供だけど、魔界最強の剣が力を貸してくれているのだから!


「仲間達のカタキだあああ!」


 手と武器の傾きをよく見て、落下地点を予測してギリギリで避ける。破片を食らったけど、気にしてる場合じゃない。体当たりをするようにして、岩みたいな筋肉で守られた腹部を斬りつける。


 スカイブルーは

 刃先を当てさえすれば、誰であろうとも死から逃れられない。


 真っ二つになった体から血が噴水みたいに吹き出して、白い橋を緑色に染め上げた。



 怖かった……いくら武器が強くても、こんなの何回も繰り返したら、いつかは死んじゃう。


 膝を抱えてうつむいたら、涙がボロボロこぼれた。前髪が視界に入る。魔法で染めていた赤い髪が、元の白い髪に戻ってしまった。

 一人は心細い。


 お願い、早く帰ってきて、レッド。



 ぼくは魔王レッドの助手トリリオン。トリィって呼んで貰えたら嬉しいな。


 レッドは、燃えるような赤い髪と目を持つ炎の魔王。孤児院でゴミ扱いされていたぼくを救ってくれて、長生きするように大きい数字『トリリオン』を名前に付けてくれた恩人だ。


 世襲制によりわずか十二歳で即位したレッドは、暴れドラゴンから子供達を守って重症を負ったり、読み書きを教える学校を作っても生徒が集まらなかったりと、たくさん苦労をしてきた。


 そして、ある日突然、居なくなってしまった。


【今のままの自分では魔界を守れない。修行に行ってくる。留守を頼んだ】


 そんな簡潔な手紙だけを残して、ぼくを魔王城に置いてけぼりにした。ぼくは君と居られるならどんなに危険な場所でもついていくのに。


 言葉を話せず、回復魔法しか使えないぼくじゃ、足手まといだったのかな。


 留守中、魔王城を守るために人知れず影武者をしているけど、正直やっていける気がしない。仲間が欲しいな。


《なあ、トリィ。変な箱があるんだが》


 感傷に浸っていたらスカイブルーに話しかけられた。変な箱か、危険物だといけない。慎重にチェックしよう。


 縦二メートル、横三メートルはある巨大な木箱だ。聞き耳を立ててみると、何かの息遣いが聞こえる。サイクロプスの援軍だったら困るな、箱ごと燃やしちゃおうかな。


《物騒なこと考えんな。開けてみろよ》


 スカイブルーに言われるがままに、かんぬきを外して、おそるおそる扉を開けた。奥の方に何か大きな動物が横たわっている。暗くてよく見えない。

 スカイブルーで箱の屋根部分を斬って壊した。


《オレ様は剣だぞ。便利に使うな》


 星明かりに照らされた箱の中にいたのは、背中から羽が生えた白いクマ……いや、なんか違う。耳と、目の周りと、首の周りと、前足と後ろ足だけ黒い。


《希少保護魔獣の羽パンダだな。高値で売れるからサイクロプスの連中にさらわれたんだろう》


 傷だらけで、舌を出してぐったりしている。こんなに可愛い子に、なんてひどい事を。

 ぼくは植物の力を借りて回復魔法をかけられる。近くの花を摘んで箱の中に入り、羽パンダの体に触れた。


 <千の癒しサウザンド・ヒーリング>


 花は枯れて、羽パンダは目を覚ました。良かった。羽があるからきっと自力で逃げられるよね。飛ぶ姿を楽しみに見ていたら──


 羽パンダは鋭い爪でぼくの体を斬り裂いた。


《トリィ!》


 スカイブルーの叫びが頭に木霊する。

 ああそうか、この子からしたら誘拐犯の仲間に見えるよね。さんざん痛めつけられたんだから無理もないか。


 傷口が全部心臓になったみたいにドクドクいっている。むせかえるような血の匂い。回復魔法は自分には微力しか効かない。これは無理だな。


《諦めるな、全力で回復しろ!》


 痛すぎてもう感覚が薄れてきた。

 スカイブルー、今までありがとう。レッド、帰りを待てなくてごめんね──。


 トドメを刺しに来たのか、羽パンダが顔を覗きこんでくる。ぼくは最後に頬を撫でさせてもらった。フカフカで気持ちいい。自然と笑顔になった。


「キュウ?」


 ペロリと舐められて、鼻を上手く使って背中に乗せてくれた。ああ、白い背中がぼくの血で青く染まってしまう。


 バサッと翼が広がり、温かい光に包まれた。




「トリィ、しっかりするんだよ!」


 目を覚ました時、すっかりお日様が上がっていた。専属メイドのコロンが、チャームポイントのキツネ耳をションボリさせながら顔を覗きこんでくる。


 あれ、ぼく生きてるの?


「ああ、良かった。もう、部屋にいないと思ったら外で寝ているなんて。心配したんだよ!」


 一瞬、夢だったのかと思ったけど、橋はあちこち壊れているし、血の痕も残されている。死体が無いのは魔界の掃除屋マイエナが食べたからだろう。


「反逆者が来たんだよ。警備隊がたくさん殺されたんだよ。本当に恐ろしいよ。トリィが無事で良かったよ!」


 泣かないで、コロン

 言葉を話せないぼくは、心を読む妖怪である彼女に、目で話しかけようとした。


「心配してくれてありがとう。コロン大好き」


 いつも糸みたいに細められているコロンの目が、限界まで開いた。金魚みたいに口をパクパクさせている。

 え、なにこのリアクション。


「いつから話せるようになったんだよ?」


「え……ぼく、話せてる?」


「話せてるよ、奇跡だよ、良かったよ!」


 つぶれそうなぐらいに抱き締められていたら、箱の影からのそっと羽パンダが現れた。こちらに近づき、ぼくの頬をぺろっと舐めた。

 コロンはじっと見つめて羽パンダの心を読んだ。


「“よく見たら一つ目じゃなかったのに、傷つけちゃってごめんね。お詫びに治しておいた“だって!」


 攻撃が強いだけでなく、回復することも出来るのか。体と一緒に喉まで治してくれたんだ。これからは沢山話せるんだ、嬉しい!


「ありがとう!」


 羽パンダの顔に抱きつく。フカフカで気持ちいい。優しいお日様の匂いがする。


「“名前はライライ。お城で暮らしたい”だって」


「ライライ、よろしくね!」


 不安がいっぱいのお留守番だけど、希望が出てきた。ライライと一緒に頑張るから、早く帰ってきてね、レッド。

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